4.氷柱の冬王 


「来春国の姫」
 呼び声に、いや、私の訪問を告げる声にきっと前を見据える。後ろにいるのは、桜と、ナズナ、そしてここまで護衛に来た兵士が二人。
(大丈夫)
 例え私が、本物でなくても。
 振り返って、桜とナズナに微笑んだ。


 扉が開いて、まっすぐに進んだ。そして静かにひざを折って、ただ静かに頭を垂れた。
「お前か」
「来春の王女、輪花と申します」
「……りん、か?」
 びしっと、空気が緊張が走る。見下ろしていた国王の威圧的な空気が揺れた。
 私はただ下を向いたまま、石のように動けない。手が震える。
 紙の音がする。国王の近くだ。何か、見直しているのだろうか――書類を。
「第一妃の王女の名は、蓮花のはずだが」
「はい。私の……」
「違うのか」
 口を開くのを、止められた。凍りつくような空気は、外に振る雪のせいじゃない。寒い空気のせいじゃない。
「お前は違うのか!」
 ばんと、紙の束が叩きつけられた。端が、ほほにこすれたようだ。
「私は、輪花です。蓮花は、妹です」
 立ち上がって、前を見た。凍りつくような青い瞳に、白銀の髪。怒り狂うかのような、立ち上る冷気に――足がすくんだ。
 怖い。
「来春はわが国をずいぶん見下しているのだな」
「え?」
「私は正妃の娘を寄与するように書状を出したはずだ」
「……」
 はいと、言いそうになった。
「い、妹は!」
「消えろ」
 心を、冷たい何かで突き刺されたようだ。
「申し訳ありません!」
「まだ言う事があるのか」
「罰するなら、私の首をお切りください」
「――は?」
 ひざを突いて、首をさらした。背後で桜とナズナが声をあげた。しかし、それを手で制した。
「お前の首一つで、ことがすむと思っているのか?」
「蓮花、妹は……来春で育った娘です。この寒さの中では、あの子は生きていけません」
 そんな言葉で、あの怒り、来春の裏切りがすむのだろうか。
「それで、お前は何をしに来たんだ」
「……妹の代わりに」
「お前が?」
「はい」
「お前が」
 二度目の言葉は、とても冷ややかだった。さらしたままの首を通り過ぎる風がとても冷たい。
「だ、駄目です輪花様!」
「ナズナ」
「輪花様の首を取るなら! 私が先です!」
「ナズナ!!」
「そうです。ナズナ、おやめなさい」
「桜!」
 助けてと、振り返った。
「あなたの前に、わたくしの首が先でしょう」
 コツと、靴音を響かせて、私と国王の間に立ちはだかる桜。
「桜!?」
 ちょっと待ってほしい。
「桜! そういう問題じゃないわ!」
「何が問題じゃないのですか」
「桜!」
「桜さんひどいです!」
「何が?」
「い、いえなんでもないです。なら私は桜さんの次になるんです!」
「あなた、私の首が落ちたあとにしゃりゃりでて来る気なの?」
「どうしたらいいんですか!?」
 もうナズナは泣いていた。いろんな意味で。
「頼んだわよ――姫様を」
「は、はい!」
「二人とも、そこで同盟を結ばないで」
「結びます!」
「今回だけです」
「桜さん〜」
「ありがとう。でもあなた達は帰りなさい」
「姫様」
「輪花様!」
「これは私と……いいえ、来春と冬雪国の問題であってあなたたちは関係ないわ」
「いいえ!」
「ナズナ、」
「姫様。仮にそうだとしても、私が使える主があなたである以上私はあなたの命よりあとに死ねません」
「桜!」
 二人で同時に話を始めないでほしい。
「うるさい」
 はっと顔を上げると、国王が目の前にいた。がばっとナズナは私を抱いて、桜が凛と目の前に立つ。
「どいて」
「輪花様!」
「どきなさい」
「……」
 桜が、一瞬、戸惑う視線を向けてきた。
「どきなさい。桜――私に仕えるといったわね。命令よ」
「姫様」
 泣きそうな目で振り返る桜に、鋭い目で退場を促した。これが、私と桜が交わした、最後の言葉。
 桜は、ナズナを立ち上がらせて去っていった。
 これで、一人。
「ぁっ」
 がっと腕を取られて、立ち上がらせられる。反対の手であごをつかまれて、前を向かせられる。
「お前一人、代わりが務まると」
「私も、来春の王女です」
 例え、母が第二妃で生まれたのが先であっても、順列は二位となっていても。
「お願いです。蓮花は、この空気の冷たい場所では生きてはいけません」
 そう、彼女は、この場所で生きるという事を望まず、放棄した。
 こんな言い訳が、通じるのだろうかという心配は捨てた。それが真実だと言い聞かせる。自分に。
「すべては私の一存です。どうか、」
 深く深く頭を下げた。王は、静かに思案しているようだったが、静かに口を開いた。
「まぁいい。お前来春のものであることに変わりない」
「でしたら!」
「だが、あの侍女と兵士は認められない。いいな」
「――はい」
 断れない。
「あのっ」
「なんだ」
「せめて、帰りは無事に――」
 そういうと、国王の表情が険しくなる。ひっと、悲鳴を飲み込んだ。
「いいだろう。明日になれば吹雪も収まろう」
 国王の首が動くのにあわせてまどに視線を向ける。意識していなかったが、外は猛吹雪だった。
 それから、国王は興味が失せたというように私から手を放した。さっさと出て行けといわんばかりに、出口に視線を送る。
「ぁ」
 私がそれを確認すると、王は私に背を向けて玉座に戻りだした。
 ただとにかく頭を下げて、扉の向こうに戻るだけで精一杯だった。
 扉を潜って、空気が遮断されて、――そこから先を、よく覚えていない。


 はっと目が覚めると、部屋の寝台に寝かされていた。あれっと思い返す。そう、あの王の視線を逃れ扉を潜った後の記憶がない。
「私……」
 上半身を起こして頭に手を当てる。服が違う。誰が着替えさせてくれたのだろう。
「さ、桜? ナズナ?」
 足を下ろすと、やわらかい絨毯にふかっと足首が沈む。
 部屋の中に響くように声をかけると、部屋の中に三つある扉の一つが開いた。
「桜!?」
 ぱっと駆け寄って――そして期待は裏切られた。
 底知れぬ感情の篭らない目――この目を、少し前に見たばかりだ。
 冷ややかな視線を送るのは、先ほど私を暖めてくれた人。侍女長と呼ばれていた女性。
「おめざめですか」
「は、はい」
 まるで人形のように生気をうかがわせない瞳に一歩足がひく。
「では、お召しかえを」
 言われるがままに、するしかなかった。
 隣の部屋に移動すると、何人もの侍女に取り囲まれた。一様に、表情をうかがわせない。ぞっとした。
 だけどまさか、逃げるわけにもいかない。
 言われるままに着替をして、化粧をされて、髪を結い上げられた。
 着させられたドレスは真っ白で、まるで婚礼衣装だとぼんやり考える。耳と胸元には真珠が飾られた。首を飾るものは一連ではなく、中央に向けて花を飾るように形作られている。
 白い布はとても薄く、軽く、重なり合うように胸元から裾まで流れていく。腰元を占めるように回された布が――きつく締め上げられた。
「――っ」
 息が、止まりそうになる。後ろでは淡々と蝶々を形作るように結ばれている。
 床に流れる布はそのまま、頭にベールをかぶされた。
 鏡の前に立たされて、息を飲んだ。
「これが、私?」
 純白の衣装を着た花嫁が、そこにいた。ほぅっと、息をついてしまう。服はとてもシンプルなものだが、とてもきれいだった。
「姫」
 冷ややかな言葉が、私を呼ぶ。名残惜しいが、鏡から目を離して声がした方向を振り返ると、最初の女性が歩みを促す。そして、彼女が先導する。
「あのっ」
 待ってほしいと、声をかけると彼女は止まった。まるで一分一秒が惜しいというしぐさで、冷ややかに、迷惑そうに振り返る。
「わ、私は輪花です。――あなたは」
 一瞬、彼女の瞳が揺れた。ぁあ生きているのだと、確信する。
「……私は蕗(ふき)と申します」
「ありがとう、蕗」
 言葉を返すと、蕗は動揺した。
「いいえ。行きましょう」
 しかし、次の言葉は動揺を打ち消すものだった。
「彼女達は――」
 あわてて足を進めながら、もう一度質問する。しかし、帰ってきたのは冷ややかな、何かを哀れむような視線。絶えかねて、それ以上口を開くのをやめた。
「ありがとう」
 室内を振り返って、中に向かって微笑んだ。彼女たちの名前すべてを覚えるのが、なぜか困難な気がした。


 室内を一歩出て進む。むき出しの肩を通り抜ける風が、とても鋭く、冷たいというだけでは足りなすぎる。
 しかし、先導を行く彼女、蕗はただ静かに、まるで口を開く事を拒むように進んでいる。
 ただ、凍える寒さに震えるしかなかった。
 両手で、心細い肩を抱く。
 少しずつ、冷え切っていくようだ。

 片側は外という長い廊下を進みながら、突然蕗が足を止めた。
 現れた人物は、私の姿を見て驚愕したように目を見開いた。しかし、蕗の視線に押し黙った。
 彼から手渡されたものは真っ白い花の花束だった。受け取る瞬間、手袋越しに相手の手に触れてしまった。私の凍るような冷たい、手で。
 花束は、茎が短いのか、全体的に小さく、短く、かわいらしい。
「これは」
「行きましょう」
 なんの花か問いかける暇も与えてもらえなかった。
 何か言いたげな男に会釈をして、私は蕗が進む後ろを、ついていくしかなった。


 吐く息が白く、肌に突き刺さるように風が吹き付ける。歩きながら、震えていた。
 と、再び蕗が止まった。
 絶望的な目で振り返った彼女を見ていると、花束を取られた。白い花は心の救いであったから、抵抗した。
 すると、目の前に手袋を突きつけられた。
 まるで、今気がついたといわんばかりの、その態度。付けろと、いうことか。かじかむ指先を一生懸命動かして、長い時間がかかったがなんとかはめられた。ひじ近くまで覆う長く、白い手袋。手先から腕を手袋で覆うと、蕗は花束を私につき返した。
 そしてまた、歩き出す。
 吐く息が白く、頭も真っ白になりそうだった。


 目的地についたのは、それからすぐだった。雪を覆う屋根が付けられた、外にできた廊下を進み、扉の前に、幾人もの兵士が立っていた。
 彼らもまた、私を見て驚愕していた。
 もう体は冷え切って、動かしている感覚がない。
「侍女長」
 一人が、蕗に話しかけている。よく、聞こえない。かすかな震えを収めようと必死になるが、意味がなかった。
 そっと目をむけると、庭は真っ白に埋もれている。
 ぁあいっそ、あの雪に埋もれてしまおうか。
 心が凍り付いて、正常な思考ができない。まるで、誘われるように足が外に向かう。
「姫」
 逃がさないと、鷲づかみにされたようだ。
 視線を向けると、開かれた扉の中に進むように促された。
 蕗にしたがって中に入ると、扉が閉じられた。薄暗い室内は、また先に進むように絨毯が敷かれていた。
 ただ、この場所は暖かかった。本当に、外でないだけで救われる。
 すると、蕗が腰を折って礼を取った。あわてて習おうとして、彼女の視線が突き刺さった。
「前へ」
 蕗が手を伸ばした先に、真っ白いマントに身を包んだ人影が見えた。
「――ぇ?」
「壇まで、お進みください」
「ぁ、は、い」
 私は、足を進めた。


 こつ、こつと私の白い靴音が響き渡る。体の震えは止まったものの、冷え切っている事に変わりない。
 うまく、体を動かせない。
 それでも、なんとか進んで。壇の前まで来た。
 そっと見上げると、凍りつくような視線で私を見ている国王と目があった。
 ひっと、悲鳴を飲み込む。
 舌打ちでもしそうな様子の彼に腕を取られ、引き寄せられる。抵抗する暇もなく荒々しく唇が重なる。
 これが、世に言う婚礼の儀式であり、私の儀式であったのだと、私はあとになって知った。



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