7.歓喜の破壊 


 しんしんと降る雪の白さに目を奪われる。音を失くした世界に心引かれる。
 怖くて、部屋から出られない。
 侍女達は淡々と食事と衣服、それに薪を置いていく。
 火が絶えないようにするすべてを、私は持ち合わせていなかった。どうにか、薪を足して、消えそうになって、あわてて。
 一度、消えてしまって。縋りつくように侍女に頼んだら。こんな事もできないのかと呆れられた。
 何をしているのか、わからない。
 また消えかかる火に薪を足そうとして……服が燃えた。



 甲高い悲鳴に、はっとした。
 慌てて部屋の中に入ると、誰もいない。驚いて見渡すと、端の方で布に包まって震える姿があった。
「……?」
 その前に消えかかっている暖炉に薪をくべる。外から伺う気配を睨みつける。
「あれだけ人がいて、何をしている!」
 激しい独り言に、震えている影がさらに震えた。
「――ぁあ。違う……ぇえっと」
 呼びかけようとして、しばらく考えた。
「れん……輪花」
 びくりと、影が震えた。
「輪花……?」
 ため息をつきたくなる。ついていた。
「いい加減で出て来い。床にいると冷えて“また”風邪を引くぞ」
 少し、嫌味が混じったのに気がついたのか、震えが止まった。
「……火が……」
「火?」
「薪を……」
「薪? よく聞こえない」
 そろそろと、顔が出てきた。
「薪が、足せなくて」
「そんなもの侍女の仕事だろう」
「……」
 なんで絶望的な顔をする。
「火が、はねて」
「だから侍女の仕事だろう」
 言い切ると、再び布に包まり始めた。
「いい加減にしろ! 言いたいことがあるなら言えばいいだろう!?」
「――っ」
 強引に引き寄せて、右袖が焼け焦げているのに気がついた。
「……?」
 袖を捲り上げると、赤くはれ上がっていた。火傷だ。
「何をしている!」
 ついつい声を荒げていることに、気がついてはいなかった。



「大丈夫ですよ。このくらいではあとも残りません。しばらく熱いかもしれませんが、この軟膏はよく効きます」
「ありがとう、ございます」
 医師に手当てをされている間、壁際でいらいらと腕を組んだ指で腕を叩いていた。
 本当にいらいらする。
 火傷をしたのであれば、そういえばいいだろうが。
「終わりました。陛下」
「ご苦労」
 それではといって、部屋をあとにする医師。部屋の中は再び、重苦しい空気に変わる。
 その、びくびくとした態度がさらに気に食わない。
「火傷なら火傷だと言えばいいだろう」
「も、申し訳ありません」
 この役立たずと、声に出そうだった。
 大体火傷なのに、なんだってあんな声を――……そういえば、悲鳴を聞いて部屋の中に飛び込んだのだった。
 ――心配? まさか。
「……あの」
「なんだ」
 することもなく暖炉に薪を放り投げていると、声をかけられた。
「そんなに入れて……大丈夫なのですか?」
「何が? ……」
『薪を……』『薪が、足せなくて』先ほど言いかかっていた言葉を思い出した。
「そんなに自分で薪を足したいのか?」
「――はい」
 なぜ、そんなほっとしたような顔で頷く。
「消える前に入れればいいだろう」
「そう……なんですか?」
「そんな事も知らないのか」
「そんなっ……申し訳ありません」
「言いたいことがあるなら言えばいいだろう!?」
 はたと気がつく、これでは先ほどとまったく同じだ。
「〜〜〜〜〜」
「あの……?」
 首を傾げる姿に、ある可能性に気がつく。
「来春は、ここよりも暖かいと聞くが」
「あっ……はい!」
「暖をとる必要はあるのか?」
「“暖”?」
「このように、部屋を暖かくする事だ」
「いえ……薪を使うのは厨房か松明くらいでした」
 それで火傷か。っち、侍女達はあれだけ廊下をうろついていながら、部屋の暖もとれないのか。
「明日から侍女を部屋に入れよう。それで薪の調節をさせる」
「えっ」
 表情がこわばった。わかりやすすぎる。
「いやなのか?」
「その」
「いいから言え」
「ひとりが、いいです」
「そうか」
 ならばもう、言う事はない。
 これ以上いてもいらだちが解消されそうにないので、部屋をあとにした。



 そのまま自室には帰らず、とある部屋に向かった。そこには、吹雪のあと見つけた来春の花の彫られた馬車から運び出された、二つの長筒だった。
 ひとつは、衣類が納まっているということであけていない。
 もうひとつは――ぼろぼろの本や、針と糸、ぬいぐるみや貝殻など、取り留めのないものが入っていた。
 同じくこれを見た侍女長に簡単に説明をさせると、おそらく刺繍が趣味なのでしょうと言ってきた。



 はぁと、ため息をついた。
 まるでそこに人がいないかのように扱われるのと、相手の行動の調子に合わせた受け答えを強制されるのは、どちらもつらい。
 蓮花なら、もっとうまくやるのだろう。
 だけど、あの王の氷のように冷たく、先の見えない闇のような瞳で睨まれると、何を言ったらいいのかわからない。
 今頃、蓮花は晴夏(セイカ)に嫁いでいるはずだ。――泣き言を言ってはいられないのだ。
 だけど、何ができようか。
 外は寒くて、うまく体が動かないし。眠たいし。
 もとよりできることなど、ほとんどないのに。――ほとんどない?
 何もできないの間違いじゃないの?
 ここに来て、体調を崩して伏せっていた時間のほうが長いでしょう?
 王妃として、すべきことはひとつであるはずなのに。王に呆れられて。
 泣けてきた。



 次の日。
「あの……これは」
「陛下からです」
「え?」
 突然渡された箱を開けるのと、差出人を聞くのは同時だった。白い細工のされた鍵つきの箱を開けると、入っていたのは見慣れた裁縫道具と、真新しい銀色の糸だった。
「これ……?」
 光にかざしているうちに侍女は出て行ってしまい、部屋の中に残されたのは白い布。
 それと、作りかけの一枚。そこには、来春で、国花を刺繍していた布。蓮華の縫い取りが途中だった。
「どうしよう……」
 でも、うれしかった。とりあえず、部屋の壁に掲げられた見慣れない文様を縫い取ってみる。
 中心から枝のようなものが伸びて、円形を刻んでいる。
 白い布に銀の糸で縫い取りをはじめると、まるで雪のようだった。



 正方形の布の端に、大・中・小と先ほどの形を三つ縫い取り、周りを蔦のように縫い取る。角にも、小さく文様を縫い取ろうと決めていた。
 作業に没頭すると時間を忘れ、時々侍女が暖炉に薪をくべていた事に気がついたのは、お昼になってからだった。
 侍女がお昼を準備する間、どこか気恥ずかしくて文様は伏せるようにテーブルに置き、昼食を食べた。
 午後も、ひたすら針を動かし続けた。
 ほかにできることがないと、気がついてしまったから。



「輪花、が?」
「はい、話しかけても届いてません」
「そうか」
 今度は、侍女が慌ててやってきた。なんでも作業に没頭していて、食事もロクにとらないという。
 なんなんだ。


「おい!」
 扉を荒々しく叩き、中に入る。驚いたように目を丸くして、あわただしく椅子から立ちあがる――紬糸が、転がった。
「ぁ」
 ころころと転がって、糸が伸びていく。銀色の糸が細く、何かを繋ぐ。
「……」
「申し訳ありません」
「いつも謝ってばかりだな」
「も」
 口を、閉ざした。
 ずかずかと中に入って、机の上にある布に目が行く。
「それは!」
 慌てる声を無視して、広げる。

 一面に咲く、蓮華の花。

「……美しいな」
「え」
 なぜこの国は冬に覆われているのだろう。もう、生きることに苦労も、疑問も持たないが。やはり街道を遮り、人を飲み込む雪崩の被害がないことをうらやんだ。
 どこか、物寂しさを含んだ、雪。
 ぁあ、だから、いらだつのだ。
「……陛下? ――!!?」
 気がつくと、いらだちを紛らわすように白い布を引き裂いていた。刺繍の糸が切れ、紫の花が散って行く。そして落ちていく残骸を追って、振り返った。
 力がぬけたように床にへたり込んだ、その影。
 残骸に変わった布を放り投げて、部屋をあとにした。



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