8.花名の二姫 


 きれいに裂けた布を抱きしめて、何度目かかわらない涙を流す。どうしてだろう。
 せめてこれだけは許されたのかと思ったのに。
 ――なのに。
「馬鹿な私」
 一片の自由に、浮かれたのね。
 立ち上がる力を振り絞って、必死になって刺繍した布を握り締めた。
 涙が溢れる。体が震える。
「馬鹿ね……」
 この国で、生きていけそう、なんて――
 燃える暖炉の火は、相変わらず、暖かさを伝えていた。そして、火の役割を私は知っていた。



 朝一番、目覚めが悪いまま執務に向かっていた。ぁあ、まだ怒りが収まらない。
「あの姫は刺繍が得意なんだって?」
「知らん」
 今、一番聞きたくない言葉だ。
「侍女が噂していたぞ」
「だからどうした」
 来春の、花など。
「白い布に銀の雪模様なのだろう?」
「……なに?」
「違うのか?」
「――……。俺が見たのは緑と明るい紫の――来春の国花が縫い取られていた」
「? 侍女は声をそろえて雪の結晶をほめていたぞ?」
 そういえば、花畑の横に、何枚か布が置いてあった。一目見ても白に近かったので――まさか、な。



 まさか。





「失礼します。――?」
「なに? どうしたの?」
「あ、いえ……」
 朝食を運んできた侍女の動きが止まった。彼女たちにしては珍しいので、声をかけると、戸惑ったような声が返ってくる。――変なの。
 ……泣いたのが、ばれたのかしら。でも、今まで泣いていても放っていたのだから、関係ないわね。
 きょろきょろと辺りを見渡す侍女の手がおぼつかない。何をそんなに気を取られているのか、疑問。
「ねぇ」
ガシャン!
「――も、申し訳ありません!」
「大丈夫」
 この国に来て、私の失敗を望むように一挙一動を見張っていた彼女の行動としてはおかしい。
「私は平気よ。それより、変よ。あなた達」
 さっきから、みんな、なんで辺りを見回して――
「――王妃陛下」
「なに、改まって」
 ごくりと、のどが鳴っている。
「あの、刺繍は?」
「刺繍?」
 うまく、笑えているだろうか。大丈夫、落ち着いて。
「そんなもの、どこにあるの?」
 きっと簡単よ。すべて、無かった事にするくらい。



 だけど、耐え切れなくなってしまった。だから、全員追い出した。
 最後にしようと、いつも思うのに。
 泣くのはこれで最後だと、何度も言い聞かせるのに。
 なのに――




「蕗……さっきから部屋の前をうろついてますよ」
「氷河様」
「なにか、あったんですか? 陛下の機嫌が悪くって悪くって」
「姫様が、これを」
 差し出した蕗の手が震えていて、こちらが驚かされた。
「これは?」
「……姫様の部屋の、暖炉の灰から――」
 焦げて、役目を失った。糸巻きの糸は燃え尽きて、無くなっていた。


 兆しは、訪れていた。けれど。


「ひょーうが!」
「……風花(かざばな)様」
 いつでも、彼女は後回し。




「風花。早かったな」
「ぇえお兄様! さみしかったー!」
「ははっ。あいかわらず元気だな」
「当たり前でしょう! それより、お義姉様に会いたいわ」
「――」
「お兄様? ど、どうしたの?」
 ひどい顔をしていたのだろう。妹が怯えていた。
「ああ、すまない」
「お義姉様と、仲良くないの?」
「――いや。会ってみるといい」
「? ぇえ」
 微笑む妹のほうが、ずっとずっと大切だ。



「陛下の……妹君?」
「ええ。風花様がお呼びです」
「風花様……」
 最初は、少し、嬉しかった。もしかしたら、友達になれるかも、って。


「はじめまして! 私は風花!」
「輪花、です」
 国王と同じ銀色の髪が光に溶けていた。白いドレスがまぶしくて、目を細める。氷色の瞳が楽しそうに笑った。
「輪花も私も“花”が入るのね! 素敵!」
 いやでも蓮花を思い出すこの名前に、そう言ってくれた。
 だから、少しだけ、うれしくて。そして。


「輪花!」
「風花様」
「もう、“様”はいらないって言ってるわ!」
 ころころと笑う笑顔に、心が温かくなる。それは、この寒い冬国の中で、一輪の花と温かさをもたらしていた。
 相変わらず、窓の外には雪が降り続き、暖炉の火が絶えないように絶えず薪を足しているのに。


 きっと冬は明けるのだと、そう、信じていた。



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