11.雪国の跡形 


「……え?」
「さぁ出て行きなさい! この女狐!!」
 嘘吐きと、罵られて追い立てられる。それは蓮花のせいだとわかった。
 半ば引きずられるように、国王の前に追い立てられた。
「よくも騙してくれたな」
 もう、何を言っても変わらない事はよくわかっていた。
 すべてが、蓮花の……
「私は……」
「輪花、見苦しくてよ」
「蓮花」
 高らかに笑う妹の顔が、いつもと同じ。ぁあ来春を離れ雪に閉ざされたこの世界でも――逃れる事はできないのか。
「……好きに、するといいわ」
 もう、あがく力もない。蓮花ならば――もっとうまく立ち回るのだろう。
「さようなら」
 さようなら……



 帰路はやはり雪に阻まれて、順調には進まなかった。来た時と変わって馬車の中で一人、うつむいていた。
 雪の中に放り出されないだけましだったのかもしれない。


 来る時とは変わって、帰路は簡単で安穏なものだった。
 だけど心は――温かさに解ける事はないのかもしれない。

 来春に入って、適当な場所で馬車を下された。
 声をかける暇もなく、来た道を走り去る馬車。
「………」
 草花が咲き乱れる、立ち込める香り。白いものなど、空の雲しかない。木漏れ日、水の流れ、温かい日差し。
 変わらない、景色。
 歩き始めた体を――異変が襲った。
 ここ最近、食欲があまりなく、同じように出て来た食事に手が付けられない日々が続いていた。移動中もほとんど食べていないのに、胃が逆流したようにムカムカする。
 小川の淵で冷たい水で顔を洗い、気持ちを落ち着けていると――声がかかった。
「輪花様!?」
「……桜……?」
 もうずっと、ずっと、会っていないかのようだった。だけど時間はそう、経っていなかった。


 小川の淵で会った桜は貴族の令嬢らしく侍女と護衛を連れていて、見様によっては私よりも王女らしかった。
 貴族の娘が将来のため城の上がる事は知っていたが、あまりの堂々とした態度に驚いてしまった。
 逆に、その護衛と侍女達は私を見て怪訝そうな顔をしていた。それも桜が「姫様に水を!」と叫ぶとすぐに掻き消えたが。
 ――消えゆく意識の最後に、順列二位……誰かの、声が聞こえた。


「身ごもっておいでですね」
 告げられた言葉に、どう反応していいのかわからず瞬いた。
 ついで、笑いが漏れた。
 ここまで来て、なぜ――?
 もう放っておいてほしかったのに、なぜ、縛られるのだろう。


「姫様。おろしますか?」
「桜」
 桜の屋敷。客室を与えられて寝台に起き上がっていた。隣で城と同じように侍女としてふるまう桜の行動は止められなくて、されるがまま。
 事実をかみしめていた。言葉を繰り返していた時、桜が声をかけた。真剣に、淡々と言ってくるから少し怖い。
「早いうちが母体の負担も減ります」
「――いいのよ」
 ゆっくりと、おなかを撫でた。
「姫様! あの王を愛していたのですか……?」
 言葉が、信じられないと言っていた。
「――いいえ」
 そうではない。だけど、ここにある命を、私の身勝手で殺す事はできない。だけど。
「……晴夏に行けなくなってしまうわ」
「ご心配なく、晴夏の王は来春の姫は二度と来るなとご立腹ですわ」
「蓮花は、何をしたのかしら」
「何もしてないのでは。それこそ普段と同じだからこそですわ」
「そうね」
 でも少し、うらやましいと思うのだ。
 あの、姿が。

「さぁ姫様。そうと決まればゆっくりして下さい。お食事も用意しますわ。食べやすいものを」
 何もかも先回りされる。食欲がない事をすぐに見抜かれる。
「姫様!?」
 いつ以来だろう。誰かにこうやって、こうやって存在を認めてもらえるのは――

「お嬢様」
「食事の準備はあとでいいわ。姫様はお疲れの様子だし。ぁあでもあとで気が付いてもいいように苺と、飲み物――ハーブティーがいいわね」
 姫様の目から涙が零れ落ちて、すがりつかれた。どこまで姫様を傷つけたのかと冬雪の王に殺気立った。この手で首を絞められないのが残念でならない。
「はい、お嬢様。こちらで準備致します」
「……そうね」
 腕まくりを始めた桜に侍女が制止の声をかける。手持無沙汰だと、桜は不満そうに声を上げた。
「お嬢様」
「弥月(しょうげつ)」
 桜の前に現れた男は、一度礼を取った。
「冬雪の追っては来ていないようです」
「本当に、姫様を捨てたのね。蓮花様にも困ったものだわ(だけどそれに従う輪花様も――いいえ)」
「顔は同じでも、ずいぶん違いますね」
 主の娘の葛藤を知ってか知らずか、男が声をかけた。
「当たり前でしょう。もし姫様でなければ断ったわ」
「蓮花様であったかもしれないのに」
「あんな女、嫌いよ」
「お嬢様」
「いいでしょう、弥月。私に逆らう気?」
 くすりと笑って、距離を詰める。爪先立ちをして、桜は男の首に手を回した。
「いいえ」
 楽しそうに男は笑って、桜の腰に手を回していた。


 目覚めると隣に置いてある机の上に苺とすぐ飲めるようにお茶が置いてあった。
「桜らしい」
 疲れた時、一人になりたい時、さみしい時、ふて寝した後には必ず桜が何か置いておいてくれた。
 ここでは、桜が姫のはずなのに、と。思うと、自分には何もないのだと、ただ王の娘に生まれたというだけで、この扱い。
 あの時の、桜の姿。
 侍女服を着ていてもにじみ出る高貴さが隠しきれなかったのに。あのように共を従えて出てくればなおさら――
 ………。
 また涙があふれて来た。今度は、自分のみじめさに悲しくなっていた。
 だけど涙は枯れて――おなかが鳴った。
「おなか、すいたな」
 ふと、ふくらみのない腹に手を当てる。
「あなたも――おなかすいたよね。ごめんね。こんな母親で」
 第二妃だった母は父に愛され――正妃より先に私を身ごもった。とてもうれしかったのだと、あなたを授かって、例え正妃に疎まれようと、もういいのだと。
 どれだけあなたの命が大切で、愛おしかったかを教えてくれた。
 ――けれど、私は――
 どうしたらいいのだろう。
 もうある命は殺せない。でも、本当に育てられるのだろうか、愛せるのだろうか。母と同じように慈しめるのだろうか。
 決して、愛しているとは言えない人の子を。


 そっと扉を開けると、廊下は薄暗く、等間隔に明かりが灯してあった。やっぱり、桜はもう寝ているわねと諦める。
「お目覚めですか」
「!?」
 驚いて、すくみ上った。
「すみません、驚きましたか」
 正面に回った男性が、頭を下げた。
「すぐ、お嬢様を呼んで」
「いらない!」
 はっと、した。
「あのっ、そうじゃなくて、……あの、その」
 にっこりと、ほほ笑まれて顔が赤くなる。桜と同じだ。まるでなんでも知っていると見透かすような笑み。
「どうされました」
 やわらかい声にほっとして、息を吸った。
「桜、寝ているでしょう。起こしたら悪いわ」
「起こしたら知らせるように厳重注意を受けています。むしろ報告しないと怒られます」
「……桜らしい」
「本当にそうです。姫様から言って下さい」
「えっと……」
 にこにこと微笑まれている。
「何か温かいものを用意させましょう。大丈夫、うちのお嬢様は頑丈ですから。寝不足になっても肌が荒れるくらいですみます」
「………」
「それにあなたは、一人の体ではないのですから、優先されても誰も怒りません」
 それでなくても、優先されるのだ。誰かに迷惑をかけないで済む方法は、ないのだろうか。


「姫様! もう起き上がって平気ですか?!」
「大丈夫」
「さぁどうぞかけて、寒くはないですか?」
「平気よ。桜」
「いいえ、姫様。姫様は基本的に本当に本当に困っても何も言いませんから、言わせて頂きます」
「桜……」
「お嬢様、そう責め立ては姫様も困りましょう」
「弥月」
「どうぞ、姫様。温まりますよ」
「ありがとうございます」
 温かい粥に味が付いていて、細かく切った具材が混じっていた。
「おいしい」
 本当においしい。味わっていると、桜がお手上げだと息をついた。
「どれがいいですか」
「?」
 山盛りの果物を指して、ナイフを握っていた。
「お嬢様。わたくし達がやりますから」
 侍女が困っていた。
「何を言っているの、ここは譲れないわ」
「桜。彼女が困っているわ」
「姫様の侍女はわたくしです」
「………」
「なんとか言ってやって下さい」
「無理かも」
「弥月! どういう意味よ」
「なんでもないです」
 やり取りがおかしくて、知らず微笑んでいた。
 結局、桜がむいてくれた桃を食べて、まだ朝まで時間があると眠った。



戻る 目次 進む