12.味方の支援 


「一人で育てる!?」
「ぇえ」
「いえ、城に帰らない事は想定内です。けれど、おひとりで?」
「そう。どこか家を借りて、仕事を始めようと思って」
「姫様」
 桜が呻いた。
「無謀です」
「知っているわ」
「わかっておりません!!」
「桜……」
「姫様は!」
「落ち着いて下さいお嬢様」
「弥月! 落ち着けるわけないでっ!」
 壁に控えていた弥月が突然、今にも沸騰しそうな桜をうしろから羽交い絞めにして口をふさいでいる。驚いた。
「姫様。行くあてはあるのですか?」
 ぐったりしている桜を抱きしめたままの弥月の静かな言葉に、いいえと、首を振った。
「働くとおっしゃいましたが、妊婦では雇ってもらえませんよ。仮に雇っても、半年もすれば役に立ちませんし」
 ぐ、と、言葉を飲み込んだ。
「――子をおろすと言うなら、仲介をしてもかまいませんが、」
「んんんーーーー!」
「でっ!? お嬢様、噛まないで下さい」
 そう笑っていいながら、弥月は手を離さない。桜は呻いたまま口の中に入っている弥月の指を噛んだままだ。ちょっと怖い。
「どうされるのですか? まさか、身ごもったままどこかに転がり込めるとでも? そんな虫のいい話はありません――っ!?」
 突然、弥月ががくりと膝を折った。……桜が何かしたらしい。
「姫様になんて事言うのよ!!?」
「〜〜〜すみません」
「いいのよ。桜」
「よくありません。姫様。――ちょっと失礼します」
 桜が弥月を引きずって行った。後半の声が低い。音を立てしまった扉の先で、――怒声と何かが壊れる攻撃を受ける音が聞こえる。
 ……ナズナが桜に怒られている時より激しい。
「お待たせしました。姫様!」
 キラキラとした汗をぬぐう桜がむしろ怖い。

「それで、姫様は、私を置いて一人で出て行く気ですの」
「桜……だって……わたし」
「姫様。わたくしは姫様が王女だから共にいるのではありませんわ」
「うそ」
「そりゃぁきっかけは姫様が王女であったからかもしれません。けれど、仮に蓮花様でしたら、一日で逃げ帰ってきましたわ」
 言い方が本気で、おかしくなってきた。
「桜、それじゃぁお父様がお困りになるでしょう」
「知りません」
 しれっと、言ってのける。
「わたくしは姫様だから――お役にたちたいのです」
「でも桜のほうがよっぽど、姫らしいわ。桜が、姫だったらよかったのに」
「……姫様。姫様はもう少し、ご自分を大事にされるべきですわ」
「でも……?」
 廊下の外が、騒がしい。
「来たわね」
 桜の声が低い。
「桜?」
「輪花様ーーー!!」
「ちょ、ま」
 制止の声がそのあとから聞こえた。
「ナズナ……?」
「輪花様ーーーーー!!?」
「うるさい」
 目の前で、ナズナが桜に吹っ飛ばされた。
「桜!?」
 いい音がした。あーちゃーと弥月が額に手を当てていた。
「輪花さま〜」
「姫に泣き付かない! まったく、姫は大事な体と何度言ったらわかるの!?」
「桜さんがいじめます〜助けて輪花さま〜〜〜!」
「ごめん、無理」
「輪花さま〜〜〜」
「ほら、見なさい」
「桜さんのいじわるーーー!!」
 見慣れたやり取り、見慣れていたやり取り。うれしくて、安心して、涙がこぼれた。
 ナズナは桜にお説教を食らっていて、弥月さん(呼び捨てでいいですこんなのと、桜が言った)がそっとハンカチを差し出してくれた。


「輪花様、食べないと桜さんが怒りますよ」
「そうね」
「あ、それとも果物食べます!?」
「ナズナ、あなたナイフを持っては駄目と桜に言われてなかった?」
「忘れました!」
「……」
 数分後。
「………いいんです輪花様。何も言わないで下さい」
 果物は何がどうなったのかさっぱりわからないが無残に潰れていた。
「姫様。お食事は進んで」
「桜さーん! 果物むいてくださーい!」
「ナズナーーーーー!!!!」

「輪花様。聞いて下さい!」
「どうしたのナズナ?」
「このお屋敷の侍女さん達とっても優秀で! 私が何かお手伝いする事はないって言って下さるんです!!」
「……あとで謝りにいかないといけないかしら……」
「なんの話ですか輪花様?」
「いいえ、桜がいっぱいいるみたいよね」
「そうなんです!」

「……桜、大丈夫?」
「……平気です」
「なんだか疲れてるわよ」
「いいんです、姫様のためな」
「桜さーん!」
「来た……」
「お庭の水まき手伝ってきましたぁ!」
「おとなしく姫の傍にいなさい!!」
「ぇえーお手伝いしたいですー」
「あなたは姫様のお相手をしてもらうために呼んだのよ」
「姫様のお話の材料を作らないとー」
「いらないわ!!」

「姫様」
「桜、これは?」
「……わたくしからは申し上げられません」
 それは、父である国王からの手紙だった。
「輪花様? それは?」
「お父様が、手紙を下さったの」
「国王様、輪花様の事お好きですからね」
 ふっと、あいまいに笑った。それでも、優先順位一位は蓮花なのだから。

 手紙には、無理に帰ってくる必要はないと綴ってあった。桜が気をきかせたため、子を身ごもっている事は公にはなっていない。――父にも。
 時折襲う吐き気と、体調を崩した時のようなだるさ――
 赴くままに、筆を走らせていた。


『産みたいなら産みなさい。育てられなくても、こちらでどこか静かな所で育つように取り計らおう』
 戻ってきた父の手紙の内容は、けして私を責める事はなかった。
 産みたいのだと、ただ、愛せる自信がないのだと。笑ってこの手で、抱きしめられない時は――母を知らない子として、育つのだろうか。
 あの国の出来事は、いつか、過去の事として父に笑いながら話せるだろうか。
 母に支えられたのに、私が母になった時に子を支えられないのだろうか。
 母は、後宮で第二妃として、正妃にはなれなかったけど幸せそうだった。


「なんとおっしゃいました」
 桜のこんな顔を見たのは初めてかもしれない。
「だから」
「産むとおっしゃいました」
 聞いていたじゃないと思う。
「言ったわ」
「だから、ここに置いてほしいとおっしゃいました」
「ぇえ、桜、あなたの助けがいるの」
「喜んで、姫様!」

「喜んでましたよ」
「弥月さん?」
「姫様。弥月で結構です」
「でも」
「お嬢様は呼び捨てなのに、その使用人の私に敬称を付ける必要はないでしょう」
「でも……」
「わかりました。お嬢様が姫様から自分を呼ぶ時の敬称を取るのに半年かかったと言ってましたから、気長に待ちましょう」
「詳しいんですね」
「ナズナはもっと早かったと悔しがってました……」
 思い出して遠くを見る目がとても遠い。桜の八つ当たりは結構辛い。
「ごめんなさい」
「いいえ。ぜひ早めに呼んでくださいね。お嬢様より時間がかかなければいいです」
「……」
 やっぱり、桜の使用人だ。



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