なんだ。なんなんだ。
 腕を掴んで引きずられていた。ので、地味に歩く。ちゃんと歩くとちゃんと速度が落ちた。なんだこのエスコート状態。いつまで腕を掴んでいるのだろうか。べしべし叩いてみる。
「ん? ……」
「取って」
「ああ」
 とれた。
「着いたぞ」
「ん?」
 どーんと、でかい建物が見えた。
「ええと……」
 思いだせ。確か町の地図を覚えこまされた気が……うーん。うーん。忘れた。
「さぁ。ここはどこでしょう!」
「……期待していません。教会です」
「なぜ教会?」
「……入ればわかります」
「はぁ」


「……」
「口は閉じましょう」
 ぽかーんと開けていた口に手を当てた。
「すてきね」
 どこの文化財かと言いたくなるほど素敵なステンドグラスがあった。ああいうの、好き。お城は豪華だけど、……豪華は豪華でいいんだけど。あういうシンプルなの好き。
「どうぞ」
 椅子をすすめられた。すとんと座って、口は閉じて。ぽけっと前を見つめた。周囲に誰もいないことに、はじめは気がついていなかった。ステンドグラスに差し込む光に、七色が浮かび上がる絵。何かの神話がモチーフなのか……あ、それもなんか習ったな。
「……」
「あの白い鳥が創世の鳥です。それを受けた黒の騎士が赤の巫女と世界を作り上げた。それがあの葉の数が表すように三十七日です」
 視線を動かしたら子どもでも分かるように書かれた絵本の内容を語りはじめた。地味にむかつく。でも聞く。
 しばらくしたら終わった。思い出した。そう言えば言語の勉強用に積んであった本に書いてあった。
「あの花は」
 周りを囲むように白い花がいっぱいだ。数に意味があるならなんかあるのか……
「あれは創世の鳥が恋をした赤の女神のために持ってきたんです」
「へぇ……でも巫女のおねーちゃんは黒い騎士様が好きなんでしょ」
「はい」
 即答か! やめてー神話の世界で血みどろの争いは止めて〜どうしてそうなった!
「続きは城に戻ってから詳しく説明します。今聞きますか?」
 ………やべぇ。何か逃れられない気がする……
「あとでいいです」
 黙って、口を閉ざす。再び、ぽけっとステンドグラスを見る。しばらくして、ふと視線をそらす。ちょっとあきた。
「上に登れます」
 なんだその気づかいの完璧さは。
「行く」
 教会の上は、鐘があって、空が近くて。左手に城が見えた。青い屋根が輝いている。右手には広くて深くて長い川がずっと遠くから流れてきて続いて行く。それから道と民家の赤い屋根が続いている。道行く人ごみ、露店。馬車。喫茶店。緑の木々。イメージはヨーロッパ。
「素敵」
 観光なら。現実に住むのもいいけどさ。いや電気がなくても生きて行けるのは知ってるよ。知りすぎましたよ。けどね。
 私が作ってきた関係は、ここでは家族と言う足かせだけ。ママが大好きな最高権力者。よそよそしいメイドさん。張りつめた空気をまとう兵士たち。時折スパルタの言語の先生。
 ママは必要とされているのに。私はなんでここにいるのだろう。私がいなければ、きっとママはずっとここにいて、私が生まれることもなかったのだ。パパがいない今では、それを望まれていることが否定できない。ママが、ここにいるから。
「気に入りましたか?」
 ふと声にふり返ると、柔らかな光を浴びて微笑むその男――の姿に、見惚れた。この私を知らない世界で。私のことだけを考えてくれているのだから。
 ちょっと待て。待て自分。
「なし、今のなし!!」
 弱ってる時にやさしくしやがってこの男。ちょっと顔がパパに似てるからって……
「どうされました?」
「なんでもない!? 近づいてこないで!!」
「は?」
「いいから!!!」
「はぁ」
 全部ママのせいだ!!


「ママ!!!」
「なんだ」
 王妃の部屋は何部屋もあって、続きの間で繋がっている。最後の寝室の一個前の部屋で、金髪が優雅にお茶を飲んでいた。背景に似合いすぎてむかつく。
「なんであんたママの部屋にいるのよ!」
「ワカナは寝ている」
「まだ夕方だ!!!」
「……とにかくだ」
「うっさいこの色欲魔!!」
「変な単語を披露するな」
「……今のは止めてるの? 呆れてるの?」
「あえて言うならお前がいなければワカナは俺の」
「いやママはパパ大好きだから別に私がおなかにいなくてもあんたふられてたんじゃない」
 そうとでも思わなければ――
「………いや」
「今考えたでしょ。負けよ負け」
「そんなことは!」
 オーディルドは思い出していた。はじめからずっと、ワカナの心はこちらを向くことはなかった。それでも諦めず思いを伝いていた矢先――ワカナが子を宿していることが発覚した。そして、知るのだ。異界と言う距離では測れない別の場所にいようと、最初からずっと、ワカナの心は彼女の愛する愛しいあの人に注がれていたのだと。
 その人が死んでも愛は変わらず。慈しみはこの娘に注がれている。
 なぜだ。なぜなんだ。
「ワカナに愛されているお前が羨ましい。――いっそ殺してしまいたい」
「…………」
 亜莉栖の背筋を。嫌な汗が伝った。注がれる視線は現代では普通ありえないほど殺気立っていて、蛇に睨まれた蛙とかきっとこんな感じとか余計なことを考えることもできず。ぺたりと床にへたりこんだ。こんな風に誰かに、怨まれるなんて――
「逃げたほうがよかったんじゃないか?」
 金髪が一歩近づいて来る。ふと気がついた。いつの間にか彼に給仕をしていたメイドさんがいない。――いつ? どこで!?
 恐怖に身がすくんで這いずるように、ただ恐ろしさから逃げたい一心でうしろに後退する。体を動かすのがひどくもどかしい。悲鳴でも上げれば誰かくるかもしれないのに、歯がカチカチ鳴るだけで言葉にならない。
 ガツン、と。背がワゴンに当たった。すがりつこうと手を伸ばして、かけられていた布を掴む。
 オーディルドがはっとして、走り出した。空気が変わる。
 亜莉栖がただすがりつく先を求めて伸ばした手が掴んだのは布で、力に引きずられるように動く。上に置いてあるものを道ずれに。
 ティーセット一式が布の動きに一拍遅れて動き出す。――熱い茶が入ったままの、ポットも――
 派手な音を立ててソーサーとカップが床に落ちて行く。すがりつく先を求めたのに引きずり出してしまった亜莉栖は、近づいて来るオーディルドに怯えた。けれど、ふと急に視界が陰ったことを不思議に思い、固く瞑っていた目を恐る恐る開いた。まず、見えたのは――
「だい、じょうぶか?」
「……?」
 ワゴンの端に手をついて、まるで何かからかばうように目の前に存在する男。息を飲む自分自身におどろきならが、視線をさまよわせる。割れた陶器の破片。散り落ちた花。自分が引き寄せ抱きしめている布。荒く呼吸をする金髪。そして、不自然なほど立ち上る白い湯気。
ピチャーン
 水音に、はっと顔を上げた。同時に、がくりと力を失ったオーディルドの体が亜莉栖にゆっくりとのしかかってくる。その背は、熱を放出するかのように湯気が立ち込めていて。広がる香りが、それがお茶であったことを知らせ、彼の背に引っかかっていたポットが床に落ちて割れる、音。
「ぃやぁぁぁぁああああーーー!!!」
 こんな声も出せるのかと思うほど、絶望に満ちた声がのどをついて出ていた。


 医師の治療の邪魔になるからと部屋を追い出されたアーベルは、王妃に支えられ、言葉をかけられながらも心ここにあらず呆然と扉を見つめる亜莉栖を見てため息を飲み込んだ。
 侍女は早々に退出を促され、部屋の中で何があったのか知るのは彼女のみ。正直肩を掴んでゆさぶってでも拷問にかけてでも吐き出させたいが、王妃の手前そうもいかず。しかし王の容体が回復しなければ、ことと次第によっては――
「アリスちゃん。何があったの?」
 と、王妃がはっきりと問いかけていた。さすが王妃様。王の選んだ方だ。
「……ぁ」
 呆然と扉を見つめていた娘が、母を見た。
「……あの。布……ひっぱったら、……落ちて……お湯が」
「それでオーディが?」
「ぜんぶ、かぶ、って、くれ、た、の」
 いやあれはお茶だった。自身がしでかしたことを知らしめるように広がり染み渡る香りに吐き気を催しそうだった。
「そうなのね。……魔法瓶じゃあるまいし。熱湯って訳でもないと思うけど」
「でも、熱かった」
「そうね。痕にならないといいけど」
「――だい、じょうぶ、かな?」
「あら平気よ。オーディは私を幸せにする前に死んだりしないわ」
「……その自信、どっから……」
「だから、大丈夫よ。あとでオーディにも話を聞かないとね。もう休みなさい」
「でも」
「オーディには私がついているから、だから休みなさい。アーベル。アリスちゃんを部屋で連れて行って」
「――は」
「でもママ!」
「ママのいうことを聞いて頂戴。あなたは王に危害を加えてものとして、牢屋に放り込まれてもおかしくないのよ」

『異世界ファンタジーだ』と、こちらにはよくわからない言葉を呟いたあと、王妃の娘は自分のうしろをおとなしくついてくる。王妃の娘だ。王の娘じゃない。どちらかを取るとすれば、決まっているのだ。歩み始めたことをほほえましく思ったこともあるが――ことと次第によってはこの手で首を掻っ捌く必要が出てしまった。早く王の意識が戻るといいが。
「――そっか」
 と、小さな呟きに足を止めた。こちらより数歩遅れてついて来ていた娘は今足を止め、うつむいていている。間の距離が、開いていた。
「私より。王様の命のほうが重いんだ」
 人類皆平等なんて、幻想よね。――また、よくわからない言葉を吐く娘。
「ひ……アリス様」
 名を呼ぶと、はじかれたように顔を上げた。
「王が目覚めるまではどうぞ部屋に。真偽のほどがしれぬとあらぬうわさが立ちます。惑わされぬように」
「惑わしているのは、私じゃないの?」
「あなたはワカナ様のご息女です。すべては、王のご意向のままに」
 そうだ。王の意識さえ戻れば。また、はたから見れば親子のような穏やかな空気が、流れてほしい。――あれでいて王も、楽しそうだったから。


2014.09.18
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