ママが再婚するなんて、考えてもいなかった。娘の私から見てもパパとママはこっちが恥ずかしくなるくらいラブラブで、激甘で。友達に羨ましがられて、自慢してたぐらい大好きだった。
 だからパパが死んで。静かになったママにまた幸せになってほしいって願ったこともあった。だけどこんな形で、現実をつきつけられると二の足を踏んでしまう。
 ママ。ママには――亜莉栖はいらないの? 「アリス」って名付けたかったのに「亜莉栖」って漢字を当てたパパのこと、本当に愛していたの?



「冷めちゃうから、食べましょう」
 気を取り直して、と言うようにママが言って、カップにお茶を継いでくれた。
 それは、お茶が好きなママのために金髪が特別に取り寄せた香り高い茶葉で――あの時、広がるように染み込んで恐怖を自覚した香りだった。


ガシャーン!!!


 王妃と、その娘が二人きりで食事をすると言って、給仕まで追い出すと言う暴挙に出た。当然陛下が断れる訳なく、出すべき料理を一度に出すと言う衝撃変更に料理長が対応し、二人は食事中。会話が聞こえるほど壁の薄い、隣部屋で護衛をかねて見張りをしていた。矢先、複数の破壊音に瞬時に対応した。
「王妃様!?」
 部屋の中には、立ち尽くす王妃と、部屋の端でうつむいて腕を抱き震えるその娘がいた。どうやら、料理を薙ぎ払って、逃げるように後ずさったらしい。
「アリスちゃん?」
 普段ならば考えられないことだが、娘には王妃の声が聞こえていないらしい。何か、聞き取れない言葉で低く呟いている。
「アリスちゃん、腕。火傷するわ」
 どうやら右腕で思いっきり料理を薙ぎ払ったらしい娘の服は薄汚れていた。王妃がそっと、近づいて――

パァン!!

 乾いた音を立てて、娘は王妃の手を払った。その顔は拒絶を露わにしていて、見ているほうが痛々しいくらいだった。
「――勝手にしなさい」
 衝撃から立ち直った王妃は、今までの優しさはどこに消えたのか不思議なくらい冷ややかに言い放って、踵を返した。それに護衛をつける指示を出して、娘に目を向けた。まるで見えない何かに怯える娘はふるえており、周囲が目に入っているようには見えない。しかし、手当をしなければならない個所もあるだろう。
 どうしたものか。


 家族水入らずと言う言葉を、アリスに教えられたのはいつだったか。間に入ることを許されない関係にいらだちを覚えていた。ことを強引に進める力はあるのだが。しかし、邪魔もできずワカナの希望に従った。
 やり場のない怒りを覚えているところ。――優秀な護衛によって執務を持ち込まれた。結局執務室かと笑う。カリ、と筆を走らせていた所――
「オーディ」
「ワカナ。どうした?」
 急に、今日はもう見ないはずの彼女が現れた。
「どうもしないわ」
 やりきれないと言うように、長椅子に腰かけたかと思えば近づいて来る。
「――アリスはどうした」
 問いかけると、動きを止めた。
 喧嘩でもしたのだろうか。まさか、あれほど仲の良さを見せつけておいて。腕を掴む腕をすり抜けて、立ち上がった。
「どこへ行くの?」
 ワカナが、不思議そうに聞いて来る。
「アリスに会いに――あの娘が友達もいなくてさみしいと言ったのは、お前だろう」


 ひとり、執務室に残された若菜は――月とゆれるカーテンを背景に、笑った。




「何をしている」
「陛下、それが」
 王妃が部屋をあとにして、時間にしてものの数分だった現れた王は部屋に入ってきて顔をしかめた。何かあったのだろうか。部屋の端で震える娘は、今では小さく泣いていた。
「窓を開けろ。それと。それを片付けろ」
 小さく舌打ちした陛下が迅速に支持を出すので、すぐさま従う。部屋の中に夜になって冷えた空気が入り込んだ。風が、ゆれる。
 ふと、部屋の中に充満していた香りが洗い流されたような錯覚。
「アリス、」
 静かに移動した王は娘の傍に膝をつき、名を呼んだ。娘の様子が、王の影になってよく見えない。



 部屋の中に漂っていたのは、ワカナの好んだ茶の香りだった。これを用意したのは自分だ。そして、それがアリスの恐怖心に変わるように仕向けたのも自分だった。ワカナは、気がついていたのだろうか。だとしたら本当に、ままならない女――達だ。
 部屋の窓を開けて空気を入れ替える。肺にしみ込むような冷たい空気で満たされていく。茶の容器を片付けさせて、一歩踏み出した。
 そっと近づいて、様子をうかがう。

 ワカナも、はじめて出会った時は泣いていた。


「アリス、」
 声をかけると、膝を抱えたアリスが震えた。
「もう、怖いものはない」
「………ほんと?」
 震えた声が聞こえて、この娘は向こうの世界ではまだ子どもに分類されるとワカナに言われたことを思い出した。彼女が保護していると。
「お前に、嘘を付いてもしかたないだろう」
 ため息をつきそうになって、慌てて飲み込んだ。
「さぁ。着替えてもう休め」
 頭に手を置くと、そっと頭を上げてくる、涙の痕がついた頬を指でごしごしとぬぐって、滑らせる。
「行くぞ」
 答えは期待していない。小さい子どもにでもするように抱えあげて、運ぶ。
 緊張から解放されたのか、しがみついてきた力は強いようで弱く。しっかり抱き返した。


「行かないで……ぱぱ……?」


 どこからが、現実だったのだろう。


 あれは、夢?




 パパが死ぬなんて、思ってもみなかった。いつものように「いってらっしゃい」って言えば、「いってきます」って。「ただいま」って帰ってくるものだと思っていたから。
 でも現実はドラマより漫画より本より映画より、現実的だった。
 わき見運転の車が、信号で。
 なんで、パパだったんだろう。世の中には何億との人がいるのに。なんで? どうして? 他の人でもよかったんじゃないの?
 わき見運転の運転手が死ねばよかったのに。どうして、パパだったの?
 パパがあの日、あの時間、あの場所を選んでしまったからなの?
 通りをあるいているだけで誰かに刺される時代じゃぁ。どこも安全ではないの?
 パパ――



 はっと、目が覚めた。同時に涙が溢れてきて、悲しい記憶と、楽しい思い出が混在した頭は混乱したまま、――?
 もぞりと、動いた影に重ねた面影。
「パパ!? ――!?」

 派手な音に、目を覚ました。
 勢いよく飛びついて、寝台から落ちた私を支えたのはパパではなくて、違う人間だった。

「あんた……なんでいるの」
 受け止められて、床の上。まるで私が金髪を押し倒したかのようになっていた。ぼんやりとした灯がゆれる部屋の中で、固い声をもらした。
「……泣いていたから」
 かっと、頭に血が上った。
「うるさい!」
 離れようと手をついて状態を起こしたのに、逆に引き寄せられた。
「――誰も悪いとは言っていない。俺もワカナにあった頃はもう、父も母も他界していた」
「そ、そう、なの」
 あたたかい。のだ。ママとはまた違って。頭を撫でる手を拒めない。

 漠然と、世の中で自分だけが一番不幸なのだと思い込んでいたことを自覚する。

「俺が王位につく前は、叔父が国王だった」
 話しはじめた言葉を、聞いていた。
「俺を殺して自分の血筋を世に残そうとしていた」
 ……なんで血みどろ争い……
「いっそどうとでもなれと執着なく生きていた時、ワカナに会った。路地の端で泣いていたにもかかわらず――」
 そこで、言葉が切れた。ふと顔を上げると、目がって微笑まれたので気まずくなってそらした。


2014.09.24
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