「隣のシェルファに行って来い」
「……? なんで?」
 あまりに唐突な言葉に、私は敬語を使うのも忘れた。
「魔法使いが一人、必要だからだと」
「別に、私でなくても……」
「お前が、一番の適任だろう?」
「……」
 その言葉に、反論できずに頷いた。



Magic is working !



「でかい……」
 なんだって、魔法の使えない人間達は、こうでかいものを作るのかしら。

 え? 私? ――アイリリスよ。似合わないって? 知っているけど。母親はアイリーって名づけたくて、父親はリリスって名づけたかったんだと。ここまで言えばわかるでしょ? わかってね。

 私は魔法使い。いちおう、黒の最高魔法使い(ハイザード)に、なれればいいなって思ってる。今? 紫(し)の魔法使い。次の位は黒だから、頑張りどころ。
 は? 女は“魔女――ウィッチ”だろって? いちいち細かいわね。だって“ザード”のほうがかっこいいじゃない。
 ってのはまぁ私の意見だけど、私の出身国――魔法国(オリア)は、女も男も魔法使い(ザード)なの。なんでってそんなの歴史振り返ってみてみれば考えた人がいるのかもしれないけど、この国ができて一万年みたいだから記述なんてあるのか? 昔からそう、ってかむしろ常識。

 しかし大きいわね、隣の国シェルファ国。魔法の使えない人間が住んでいる国。なんでも、王が魔法使いに会いたいんだってさ。ものずきよね。







「顔をあげよ。オリアの魔法使いよ」
「はい陛下……」
「? なんだ」
「え? いえ、何も……」
 なんで、睨(にら)まれているのよ私。豪華(ごうか)に飾られた謁見の間に堂々と存在する国王。はじめてみた、一国の王を。
「よく来たな」
「はぁ……」
 生返事を返すしかない。だって、なんで来たのかよくわかんないのに。ってか絶対睨んでるし!!
「……」
 待って!! お願いだから黙んないで!!
「兄貴!」
 どがんと、扉が蹴り開けられた。
「………ディル。ここではそう呼ぶなと言っている」
「げっ! すみません陛下」
 口で謝るほど悪いと思っているように思えない男が、軽口を叩きながら入ってくる。王を“兄”と呼ぶって事は、“王弟”?
「おーーお前が魔法使いか」
「………はい」
 余計な事を言うなって言われていたし、言葉少なく返す。今の黒の最高魔法使い――オリアの代表、イクルに。オリアは王政とかじゃなくて、一番力のある黒の最高魔法使いが代表を勤めて他国との関係を持って、国をまとめ上げるの。私はその地位に就きたいけど、イクルみたいに他国との関係を取り持つ役は御免(ごめん)だわ。
「よし、何か魔法を見せろ」
「…………は?」
「ディル!!」
「いいじゃんかーー見てみたくねぇ? だいたい、オリアにしか魔法使いはいないんだぜ?」
 そう、魔法を使うことができるのはオリアの先祖の血を一定以上受け継いだ人々のみ。他の血と混じると魔法を使うことのできる血は無効化されてしまう。だからこそ、オリアは血縁の血が濃く、親縁関係がとても深い。しかし、それはよい点であり難点である。
 他の国々ではオリアを危険視する国、友好関係を持とうとする国。他国にない魔法の力を持つだけに、孤立する事は多い。オリアをでた魔法使いはその力を畏怖として見られるか、重要視されるか。最近の人々の視線は、自分達の持つ以上の力を、恐れた。だからか、今ではオリアの魔法使いは国を出ることが少なくなった。オリアの孤立は進むばかりだ。
「なーーなんか魔法を見せろよーー!」
「…………国王陛下」
 いままで睨みつけられていたと思うかのごとく厳しい視線の王を、ゆらりと睨んだ。
「な、んだ?」
「私の魔法は見世物になるためにこちらに呼ばれたのですか?」
 なら、帰る。誰がなんと言おうと。
「いやっ」
「でしたら、私でなく適任者を紹介しますが?」
 知ってるから、一人、こういうのが大好きな目立ちたがりの女好きを。
「父上!」
 また、別の少年が部屋に入ってくる。
「王子様っ」
 うしろから青年も入ってくる。
「ローツェ。……セルス」
「申し訳ありません!」
 すまなそうに頭をたれる青年。今度は、目の前に少年が立った。王と、私の間に入るように。だから、その時の王の顔は見えなかった。
「……ねぇ、あなたが“魔法使い”……さん?」
「そうですが……?」
 声をかけてくる少年……五歳くらい? ……? なんで、そんな夢が壊れたみたいな顔してんの?
「いっしょにきて!」
「え?」
 首を傾げる間もなく、右手を引かれた。
「ローツェ!!」


 自分の足より遅い少年に手を引っ張られて道を進む。あっという間に城を出た。通りを歩く人々が振り返るのが見える。驚く人々、見守る人々。うしろから追ってくる気配を感じたけど、でも。

 一国の王子が走っている。例え自国と言っても、確実に安全であるといえないのが現状だ。

「風の女神よ、風の息子らよ。彼(か)の少年を守れ」
 小さく、詠唱する。風は、守りには持って来いだ。ふわりと風が吹きつける。くるくると回る風。了承するように少年の周りを囲み始める。その様子に安堵して、手を引く少年を見つめた。

 なんなの、いったい。



 ――着いた場所は、そう、墓地だった。



 全力で走ってきたのだろう、少年の息は上がったまま。ある場所で止まった。

 ――フローラ・アルセ・シェルファ――

 刻まれた名前、それはこの国の、
「生き返らせて」
「――っ」
 少年の願いは、あまりに残酷なものだった。

「お母さんを生き返らせて!」

「王子、さ、ま」
「ねぇ! あなたは魔法使いなんでしょう! なんでもできるんでしょう!!」
「それ、は」
 無理。
「生き返らせて!」
「なぜ私にそんなことができると?」
「だって、ばばが読んでくれた本にかいてあったよ! いだいな魔法使いはなんでもできるって!!」
 その本の作者、首絞めてきていい?
「ねぇお願い! お母さんを生き返らせて!」
 私の腕を、服をつかんでゆする少年。追いついてきた王と、ふざけた青年の顔が少年の願いを聞いて歪んだ。周りの侍女も、大臣も兵士も。ただ墓石の前で、一人の女に願いを伝え続ける少年。―――その願いは、
「ねぇ、お願い! 魔法ならできるんでしょう!?」
「……っ」
 唇をかんだ。伏せた目を上げればすぐに、少年と目が合う。そらすと、叩かれた。

「お母さんを生き返らせて!」

 今にも泣き出しそうにゆれる目、私だって、私は泣きたい。何が、希代の魔法使いよ。こんな小さな少年に、何もしてやれないのに、どうして。

 視界の端に、王が動いたのがわかった。立ち尽くす人々と違って。だけど、これは私(魔法使い)の問題。地にひざをついて、少年と視線を合わせた。
「……できません」
「………?」

「私には、私にも、いえ誰にも――死んだ人を生き返らせることはできません」

「? なん、で?」
 そう、言われても……
「なんでぇ!!」
「っ!」
 がん! と、肩に拳が落とされた。
「なんで! なんで! なんで!!」
 どかどかと拳が当たる。少年と言えど、力いっぱい下ろされた拳が痛い。まるで、私の心臓に突き刺さるようで、息ができない。怒りの涙を流す少年にあわせるように涙が流れる。それは、自分の力のなさか、不甲斐なさか。

 私は、何もできない。

「――お前なんか魔法使いじゃない!! 嘘つき!!」

「ローツェ!!」
「!!」
 ビクッと少年が震える。
「……ぁ」
 ずんずんと近づいてくる父親に、打って変わって怯えたように少年が震える。さっと、とっさに少年と王の間に入った。
「「………」」
 睨み付ける視線が二つ絡んで、空気が冷える。少年は怯え、私を叩いたその手で私の服を握る。
「なぜ庇(かば)う」
「王様こそ、なぜお怒りに?」
 少し、声が震えた。―――怖い。私も、この王が怖い。視線が、威圧感が。
「………怒らないのか」
 少し、意外そうに王は言う。そっちはそっちで苦しそうだ。ふと王とその息子の間に、深い溝があると私は思った。すべてを飲み込んでしまうかのように、間に。深くて、端は見えなくて。声は届かない。
「………」
 怖い。
「………」
 王は黙って、何も言わない私を見つめていた。
「……お前は、」

「ごめんなさい!!」

「「!?」」
 声に驚いて、私と王が一点を見た。震えて、顔を下げる少年を。
「ごめんなさい……」
「謝るくらいなら、最初からするなと言わなかったか」
「!」
 王の声が固い。
「ぁ………」
「王様! もう、もういいですから」
 お願いですから追い詰めないで下さい。はらはらする光景を見かねて、私は声を張り上げていた。
「………まぁ、お前がいいなら……ローツェ、今回だけだからな」
「はい、父上……」
「帰るぞ。――行くぞローツェ」
「……あのっ」
「黙れ」
「どうされました?」
 私は一蹴(いっしゅう)された少年に、ひざをついたまま声をかける。王が嫌そうな顔をしたけど、無視。だって、この少年は今にも崩れそうだから。
「まだ、ここに……」
 ここにいたい。
「………わがままを言うな。お前の護衛だって、必要なんだ」
「私では、いけませんか?」
「お前……」
「名乗るのが遅くなって申し訳ありません。私はイリース・エリアです」
 え? アイリリスじゃないのかって? 魔法使いは本名をそう簡単には名乗らないわ。
 少し思案した王は、どうあっても息子が動きそうもないのを悟って、ため息をついた。
「………では、イリース。お前にローツェの護衛を言い渡す。日暮れまでに戻れ、いいな」
「畏(かしこ)まりました」

 王が城に向かい、その場に残ったのはイリースと少年になった。

「あの………」
「はい?」
「……」
 声をかけたまま、少年は止まってしまった。どうやら、何か考えている。

「ありがとう……」
 それは、謝罪を続けるか、感謝をするか、どっちか。

「いいえ。まだ日暮れまで時間はありますから。私は――……入り口の所にいますから」
「え? ここにいるんじゃないの?」
「それは……邪魔ではありませんか?」
「………」
「あ! 護衛は大丈夫です。何かあれば風が守ってくださいますし、私もすぐ来ますから」
 そう言って背を向けた。

「待って!」

「は? わ!」
 振り返ると、少年がぶつかってくる。立ち上がった私の腰下までしかない背丈で、腕を回してしがみ付いてくる。
「あの〜?」

「………おかぁさん……」

「っ」
 何も、言えなかった。

「ひっく……」
 小さく啜り泣きを始めた少年の頭を抱いて、ずっと撫でていた。いつしか泣き声は大泣きに変わり、そして少年は眠った。






「!」
「お持ちします」
 日暮れが近づいていたのがわかって、少年を抱え上げて道を進んだ。ふと、木に視線を向けると、影からセルスと呼ばれていた青年が出てくる。
「誰も、いないわけないと思ったけど……」
「私しかおりません。……あの場所に、入ることができませんでした」
「ぁあ〜〜風たちが……」
 たぶん、細やかな事が苦手な風の息子達はまとめて周りに結界を張ったんだな……
 言いよどんでいると、抱きかかえていた少年が彼の肩に担ぎ上げられる。ちょっとほっとした。

「ありがとう」
「いえ」
 さっさと先を進む青年。あわててついていった。



「イリース」
「……はい!」
 城に帰ってきたのはいいものの、きっと少年の部屋に向かう青年のあとを追うわけにもいかない。どうしたものかと入り口付近で(門は通れた)立ち尽くしていると、声をかけられた。何を間違ったのか王に。
「今日はすまなかった。部屋を用意させているが、夕食をどうだ?」
 いや、どうだとかそういう以前に……
「何しに来たんですか? 私は」
「………」

 え? なんで言葉につまっているの?



Menu   Next