こんこんっ
「こんばんはー夜分にすみませんーー」
「どなただい? おや、リース!」
「こんばんは」
「まぁまぁまぁ! まぁ中へ!」
「ありがとうございます」
 農家の老夫婦に迎えられて、イリースとディルは家に入った。

「これは、私の弟です――ジャック、挨拶を」
「こんばんは……」
「そうなのかい! それで王都に!」
 王都に向かうと言っていたが、理由までは聞いていなかった。
「ええ、それで帰る途中で馬車が事故にあいまして……」
「大丈夫だったのか!?」
「まぁ、一様……それでここまで、歩いてきて……」
「なんと! 今日は泊まっていきなさい!!」
「すみません」
「そのつもりだったんだろ……でぇ!?」
 足先を踏みつけた。
「……ん? にぎやかな子だねぇ」
「ぇえ、本当に」




「ねぇー兄上何してるのー?」
「………」
 弟が不憫(ふびん)でならない気がするのは、気のせいか。
「王、これはいったい」
「さすが、魔法使い。か?」




「失敗だったかしら……」
「このボケ女……」
 姉弟と偽っただけに、同室……。
「まぁ、いいわ」
 昔いた子どもの部屋らしい。双子の男の子だったそうで。ベッドが左右に分かれておいてある。二階は一部屋しかなく、この部屋のみである。
「じゃ、おやすみ」
「おい!!?」
「何よジャック」
「いや、さすがに……」
 さすがに同じ部屋で寝るのは……
「月明かり照らす眠りの女神よ。彼の者に太陽が照らすまでの眠りを」
「おい……ぐーー」
「早………王様?」



「あ、兄上ねちゃったー」
「………」
『王様?』
「ななななんだ?」
『………いつまで、見ていられる気ですか?』
 苦笑するような声がする。
「……そう、だな」
『ちなみに、食事とられました?』
「………いや」
 あのままだったりする……
『……食べてくださいね』
「そうだな」
『では、何かありましたらお呼び下さい』
 そう言って、水晶には何も見えなくなった。



「きえちゃったー」
「そうだな」
「ねー兄様と……魔法……」
「イリース」
「イリース?」
「ああ」
「………」
「どうした?」
「ひっ……」
「!!?」
 普段、泣く泣くなときつく言い聞かせているだけに今度も、怒鳴りつけようかと思った。しかし、
「ローツェ」
 ぽんぽんと頭を撫でてやる。
「イリースは怒っていない」
「……ごめんなさい」

 給仕も兵士も護衛も目を見開いた、王と息子がこんなにも近い距離にいることは、王妃が亡くなって以来だったから。


 しかし、ディル様とあの魔法使いは、どこに行ったんだ?





「ん〜〜」
 日の出と共に起き上がったイリース。
「………おきなさいジャック」
「腹黒!!?」
「誰が?」
「いででで!!! 踏むな! 腹を踏むな!!」
 ひざを落としていた。
「おはよう」
「おはようございます――姉上」
 にっこりと、笑ったイリース。
(怖え!!)
 コンコンと扉がノックされて、開く。
「おはようリース」
「おはようございます」
(ぅっわー態度ちげぇーー)
「いつまで寝台にいるのさっさと着替えなさい」
「は?」
 普段、ディルは眠っている時間だ。



「なんで、俺がこんな事……」
「遅いわ! 早くしなさいジャック!!」
「だから」
「次はあっち」
「マジ」
「ジャックーーそれはこっちよ〜〜」
「だーー!! やってられるかーー!!」
 持っていた肥料を放り投げた。
「ばっかばかしい! なんだよこれ!!」

「農業」

「………ばかじゃねぇ」
「最近の若者は皆そうなんだよねぇ」
 老人が、静かに言った。
「“働かざるもの、食うべからず”よ」
「なんだそりゃ」
「すぐにわかるわ」



「いただきまーす」
「おい!!」
「何よ」
「なんだこれ!」
「朝ごはん」
「これだけか!!?」
 ディルだけ明らかに少ない食事の量。皿の数が違う。ディルは一皿。他は三皿。
「言わなかった?」
 “働かざるもの、食うべからず”。
「なっなっな……」
「早く食べなさい。すぐ仕事よ?」



「だか、ら、なんで俺がこんな事……」
「さすが若い子がいるといいねぇーー」
「助かるねぇー」
「息子がいなくなってからはねぇー」
「今のうちよ、なんでもこき使ってしまえ」
「姉貴!!」
(……地が出てきたわね)
 だがしかし、いやいや言いながらもそれなりにやっている。
(よっぽどおいしかったのね)
 食事が。でてきたものは王城ででたものに比べればだいぶ見た目で劣る。しかし、味は違う。それに比べて空腹。
(食が進むわ)
 私のほうにフォークを伸ばしてくる手を叩き落としていると、自分の分を分けてくれていた老婆。
(まったく)
 まるで息子が帰ってきたように嬉しそうだ。
(でも、)
 また、彼は行ってしまう。
(………)
 イリースは、笑えなかった。



「おい!!」
「………っと、何?」
「昼飯は?」
「………ないわ」
「は?」
「知らないのね、農業を営む民は一日二食よ」
「マジ……?」
(知らないのね)
「はらへったーー」
「おやまぁ、じゃぁ、休憩にしようか」
「え?」
 驚いたのは、イリースのほうだ。
「よっしゃー!」
 小さな敷布を畑の端に広げ、お茶を取り出す老婆。
「え? 茶だけ?」
「………」
「おや、不満かい?」
「腹減った!!!」
「……じゃぁ、はい」
「え゛!!?」
 渡されたのは、根野菜。
「………は?」
「お食べ」
「生!!?」
 ツッコミ所はそこか。
「ぇえ〜〜」
 このまま?
「まるかじり。さっき洗ったわよ」
「いや、俺……」
 この野菜嫌いなんだけど……
「な〜にを考えておる!」
 豪快に老人がかぶりついた。
「うん。今年はこの野菜だけはよくできておる」
「……」
 真ん中にかじったあとが……
「い、いただきます」
 “背は腹に変えられない”。
 恐る恐る、大嫌いなはずの野菜を食べた。
しゃくっ
「………」
しゃくしゃくしゃく……
バン!!
ごくっ!?
「ななにしやがる!!」
 いつまでも飲み込まないので、背をぶっ叩いたイリース。
「おいしい?」
 ふわりと、微笑んだイリース。
「な……」
 ちなみに、水晶の向こうでも王が絶句していた。
「さて、そろそろはじめますか」
「ゆっくりお食べ」
「あとからおいで」
「いやいや……ちょっと」
 老夫婦の声にあわてるディル。
「残すな」
「……はい姉上……」


 それから日は高くなり、低くなり。ついにいなくなった。


「だーーもう動けねぇーー」
「おやまぁ、食事の前にお風呂に入ってきてもらわないとねぇ」
「でないと食事抜きよ」
「行って来る!!」
「おじいさんも」
「そうじゃな」
 二人は、近くの温泉に向かった。


「いい子だね」
「そう? 文句ばっかりよ」
「なれないことなのに、一所懸命だ」
「……ど下手だけど」
「手厳しいねぇリース」
「当たり前よ」
「さて、腹ペコさんにおいしい料理を作りますか」



「いただきまーす!!」
「はいどうぞ」
 あるものに端から手をつけていくディル。
「………ぐっ!?」
「おいジャック?」
バン!!
 容赦なく背中を叩いた。
「げほっ」
「おやおや、まだまだあるから。急がずに」
「この怪力女」
「なんですって?」
「いえ、なんでも……」
「仲がいいねぇ」
「「どこが!!」」



「なぁ」
「何よ」
 もう、真夜中だった。食事をすませて、部屋に戻ったディル。イリースは老婆と共に温泉に向かい、帰ってきたところだった。疲れて寝ているものと思っていたディルに声をかけられて、少し驚いたように返事を返した。
「………」
「……?」
 答えたものの、何も言わない。不思議がって振り向くと、寝転んだまま天井を見上げていたディルと目が合う。
「…………なんでもねぇ!」
「は?」
 そう言ってこちらに背を向けて、ディルは眠った。

「――なんなの?」



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