「なんですか? あの魔法使いは?」
「さぁな」
 一緒に水晶を覗き込んでいた護衛のユーズが言う。面白いと言うように俺は笑った。
「王弟に対して無礼な……」
「そうだな」
「王! 少しは気にして下さい」
「…………」
 その時、王の意識は水晶の向こうのイリースの笑顔に言葉を失っていた。
「王!」
「………はっ!! なんだ?」
「話を聞いていて下さいましたか……?」






「あと、どのくらいここにいられるのかい?」
「ぐふっ!」
「ちょっと、汚いわ!」
 噴出したディルに、イリースは怒鳴った。ここに来て一週間もう、気がついたみたい。最初からかも。だって、いつか行かなければならないもの。だったら、
「明日よ」
「は?」
「明日。帰ります」
「………」
「そうか……」

 そのあとの食事は、あまりおいしくなかったわ。おいしいはずなのに、変ね。

「なら今日は夜の仕事はいいよ。早めにおやすみ」
「ありがとう」

 夜になっても、仕事は終わらなかった。野菜で十分な収入が得られない代わりに、夫婦は籠(かご)を編み、縄を作っていた。

「明日なのか……?」
 部屋に入って開閉一番、扉を閉じてディルはすぐに言ってきた。
「いつでもいいんだけどね。だからこそ」
 とりあえず誘拐容疑がかけられる前までにはね。
「そうか……」
「寂しい?」
「バカいうんじゃねぇこの怪力女!」
「……」
「すみません姉上ごめんなさい俺が悪かったです!!」
 無言で寝台を持ち上げたイリースに、大慌てでディルは謝った。

 長い長いと思っていた夜が、こんなにも短いものだと。思い知った。

「ではまた、いつか」
「さようなら」
「……さよ、なら」
 こみ上げてくるものを隠すように、うつむいたままのディルと私は、次の日の早朝にその農家をあとにした。

「泣いているの?」
「うるせぇ!」

 そのまま、黙って街道を歩いていた。ディルの気持ちが落ち着くまで。



「……悪かったよ。農業を営む民を悪く言って」
「そう」
「なんだよ! これでも人が!」
「何?」
「〜〜〜なんでもねぇよ!!」
 朝日に染まるイリースの笑顔に、再びディルは言葉を失っていた。
「さっ、帰るわよ」
「どうやっ」
「風の息子らよ、飛ばせ我らを。光り輝くあの城へ」




「父上――もうだめなのーー」
「何?」
 そういうローツェに気をとられると、水晶を奪われた。
「なっ」
「陛下、少し集中してください。ここのところ一日中でも水晶を睨まれておりまして、政務が滞(とどこお)っております」
「すまん……」
「ですから、あれはローツェ様の遊具とさせていただきます」
「おい! 割りでもしたらどうす……」
「それは、言い訳です陛下」
「………ユーズ」
「しかし、そろそろ一週間です。さすがに城の者達は不審がっております」
「……そうだな」
 だが、水晶を見ている限り、悪い方向に向いているとは思えない。
「せめて幾人かの城のものに、この様子が伝わりでもすれば……」
 あとは早い。噂(うわさ)が流れるまでは。
「……お前」
「なんですか? 私だって、こんなに楽しそうなディル様を見ていれば考えを改めますよ」
「そうか」
「しかし陛下。なぜあの――」
「陛下! たったいまディル様が――」

「兄貴!!!」

 ノックもそこそこに部屋に飛び込んできた兵士を押しのけて、王弟――ディルは城に帰還した。




「………ふぅ」
 まさか、いきなり王城内に入るわけにもいかず、風の息子達には城門前で下ろしてもらった。相変わらず門は通れるものの、全力で走って行くディルの向かう先が王の執務室だと知り足を止めた。いや、止められた。どうやら、この一週間で私の評判はだいぶ下がってしまったらしい。城で働く人々の視線が冷たい。――当たり前か。誘拐容疑で縛られないだけましかもしれない。しかしどうしたものか、王の用事を済ましていないだけに、勝手に帰るわけにも行かない……

「だから、私はなんのためにここに呼ばれたのよ?」

「イリース!」
「ぎゃ!?」
 ぼーーっとしていると、うしろから王子に飛びつかれた。
「王子、様?」
「ローツェ!」
「ローツェ様?」
「むぅ〜〜」
「どうされました?」
 ひざを地について、視線を合わせるようにして言った。
「あのね、」
「リース!」
 ローツェの言葉を聞く前に、ディルがやって来た。
「はい?」
 だから、何よ?
「じゃましないの!」
「それはお前だ!」
「!!?」
 目の前でローツェとディルが言い合う。いったい、何がしたいのかわからない。ただそのうち、二人とも私に話しかけてきて、私達は三人でふざけあった。久しぶりに誰かと腹の探りあいをすることもなく、ただただふざけて話すことができた。

 ――楽しかった。

「………」
「……王?」
 ディル様の帰還を知ると、いきなり走り出した王子様。あわてて追いかけるようにディル様も部屋を後にし、王もそのあとを追った。
 そして今、目の前ではどうだ。
 イリース・エリアを中心に、ディル様とローツェ様がしゃべっている。
 調べによるとイリース・エリアは二十歳。今年十九歳となるディル様とは歳も近いし、ローツェ様にしてみれば姉のようであるらしい。和気藹々(わきあいあい)と騒ぐ三人。笑い声とこぼれる笑顔を目にして、王はその場を去った。まるで、その光景を目にしたくないと言うように。三人は、王に気がついてもいなかった。



Back   Menu   Next