何に引かれたのか、自分でもわからない。あの勝利した瞬間の笑顔に? あの絶大なる自信を持った姿に?

 ただ一度も、その笑顔は自分に向けられていない。――それが、ただとても苦しかった。

 やはり、歳の近いディルのほうが、いいのだろうか。



「だから!」
「兄上は黙るのー!」
「うるっせぇ!」
「ひどいのーー殴るのーー」
「ぁあーそうね」


「………」
 もう少し近づけば、声が届くだろうか?
「………いや」
 ―――いい。
「王?」
 踵(きびす)を返した国王に、護衛のユーズは声をかけた。じゃれあっている三人は最後まで、王に気がつかなかった。

 その日から、まるで何かを避けるように王は人前から姿を消した―――


「父上は?」
「あれ兄貴はー?」
「今日はまだ、政務が滞っておりまして……」
「? なんでだ?」
「……」
 思い当たる節のあるローツェは、ぽんと手を打った。
「なんだよ?」
「ないしょー」
「このっ」
「イリース! 食べるのー?」
「はぁ……?(王様が来ない……? ちょっと! 私にどうしろってのよ!!)」
 またも、食事。はらはらしている給仕たちとは裏腹に、騒がしく食事が始まっている。そう、ぎゃぁぎゃぁとむしろ叫んでいる二人。
ガッシャン!
 グラスが、落ちて割れた。―――しかし、二人は気にも留めない。ぴきりと、再び不吉な音がした。

「食べる時ぐらい静かにしなさい!」

「「………はい」」
 驚いたように固まった二人はかろうじて返事をした。





「おやすみなさーい」
「おやすみ、ローツェ」
「……おやすみ」
「はいはい」
「………」
 人の部屋(借りた客室)に、湯浴みを済ました二人が押しかけてきた。なんだってこんな時間に人の部屋にと聞くと、名目はボードゲームを持参したローツェの付き添いと言うのが、ディルだ。

 それから数時間。でかいというよりでかすぎる寝台に寝転がって、三人でゲームに没頭した。初めて行なうゲームのルールは簡単ではなかったが、何回か行なううちに覚えた。一番強かったのはゲームを持参したローツェで、次はディル。私はディルといい勝負といった感じで、ローツェとはほとんど相手にならない。父上はもっとすごいーとローツェが言ってきたので、きっと私では絶対勝負にならないわ。

「………ふぅ」
 見送った廊下に一人。ふと、ディルの言葉が頭をよぎる。

『いい部屋だな』
『―――は?』
『本当なのーー!』
『客室にだって、上質に下級はあるぞ』

「どこでも同じにしか見えないわよ」
 どうせ、私は貧乏魔法使いよ。
「さて」
 ぐるりと、周りを見渡した。
「寝るには、早いのよね」
 人々はもう、眠りにつく時間だった。



「さーーここはどこだ?」
 いや、ここは城の中で、帰り道もわかる。しかし、
「外、よねぇ……」
 扉一枚越えると、外に出てしまった。
「………!」
 外に備え付けられた椅子を見つけて、座った。植木は整えられ、花々はその姿を月明かりに隠した。太陽を待つために。風がかすかに吹く。さわさわと夜をゆらし、心地がよい。
「…………ぁふ」
 オリアにいれば、まだまだ眠るわけにはいかない時間だ。だけど、今日はどうも神経がすり減ったような疲れだ。それと風の流れ――気持ちがよくなってまぶたが落ちる。
「……寝よ」
 どうせ、誰も来ない。今はもう深夜だ。




「………」
 眠れるはずもなかった。うろうろと部屋の中を歩くのにもあき、部屋を出た。こんな日は、かつて妻の愛した花園を見るのがいいと、ここ数年で知った。

 コツっと、足音を立ててうろたえる。自分の城であるにもかかわらず。今は、起きていることが不思議な時間だとよくわかっているだけに。結局、食事には行かなかった。何を、逃げているのだろうか……


「………?」
 誰だろうか、人影が見える。あれは、あの場所は――

 まさかと思って、走った。

 あそこは――



ざぁ――
「………ん?」
 風が、動いた。

 むっくりと頭を乗せていた長椅子の端から頭を起こすと――

「フローラ!」

「ぎゃぁ!」
 叫び声にびびった。
「フロー……イリース?」
「……えっと、今晩は王様」
 息も絶え絶えにやって来た王にきまずそ〜にイリースが答えた。
「イリース、ずっとここに?」
「はい……」
 今の今まで寝ていました。
「………そう、だな……」
「? あの?」
「もう、三年も前の話……」
「………」
 ふと、必死なローツェの姿が浮かんだ。――もしかしたら、もしかしたら彼は、父のために……
「いや、すまない。そこは、昔妻が好きだった場所で――」
「え゛?」
 それって、まずいでしょ!
「すみません!」
 あわてて立ち上げると、肩を抑えられて再び座らされる。
「気にするな」
 ――なるって!!
「ですが……」
「いい」
「……はぃ」
 おとなしく椅子に座った私を見て、王はそのままその場に立ち尽くした。動いた風はいつの間にか消え、音もしない。静かな沈黙。―――気まずい。
(………ぁぁあの〜?)
 どうしたらいいものか。

「「………」」

「あのっ」
「やはり、」

「「………」」

「寝ないのか?」
 話題に困って、とりあえず聞いてみた。
「まだ、オリアでは眠らない時間なので」
 色位を上げるためなら、なんでも、いくらでもしなければならないことはすべてやってやる。
「ずいぶん、夜更かしだな」
「王様こそ」
「……ここは、フローラが好きな場所だったんだ」
「フローラ、様とは……」
「ローツェの、母親だ(……なんでこのようなことを話しているんだ、俺は?)」
「ローツェ様の……」
「隣に?」
「どっどうぞ!」
 あわてて端によけて、王が座れるだけの場所を用意した。
「礼を言う、ローツェとディルのことだ」
「ぇえっと、はい……」
「そう、緊張するな」
(無理です!!!)
 自然自分より背の高い王の顔を見上げる。その目は何も見ていなく、その表情には何も浮かんでいない。

「あの、王様」
「………なんだ?」
(ぅわっ)
 こちらを見下ろした王の顔は月明かりに照らされ、少しだけ、微笑んでいた。その美しさに、顔が熱くなるのを止められない。
(落ち着け!! 私!!)
 ちょっとカッコイイと見ほれてしまったのを悟られないように、一度目をそらして言う。

「私を、何のためにここへ――――ぇ?」

 疑問はそのまま、あごをつかまれて上げられた顔、奪われた唇の中に消えた。



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