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王女の婚約【2】

 自分を押しとどめようとする仲間をすべて振り切るのは大変だった。
 しかも、そんなことをすれば罰則だと。確かに会議に乱入するのはまずい、しかし――
バァン!!
「何奴!?」
「隊長!」
「グレース!? 何をしている!?」
 口々に罰則だと減俸だという。そんなものにかまってはいられない。
「隊長! 表に第一王女様が!」



「王女様〜〜あああーーどうしよう〜」
「ロウド! 王女はどこだ!?」
「たたたた隊長!? そっそれが今さっきもう遅いから城に戻ると……さわがせて申し訳ないと……隊長?!」
 すでに、隊長は走り出していた。
「王女を城に送ってくる」



「さむ……」
 少し、油断してしまった。昼間は暖かいし、こんな時間まで外にいることはめったにないし。
 腕をさすりながら道を進む。
 月がほとんど真上にある。さすがに、暗いから怖い。
「早く、もどろう」
 そして朝一で、お父様に今日のことで咎めることはないように伝えておかなければ――
「王女!!」
 びっくり、した。
「ふ、フラン……?」
 あの声、後ろから走ってくるあの姿。
 驚いて足を止めてしまう。みるみる追いつく、彼の姿。
「よかった。行ってしまったと聞いて、あわてて……」
「いえ、……こちらこそ突然で、ごめんなさい」
 ほっとしたように穏やかな表情を見せる彼に、あわてて謝罪する。それから、言葉が続かない。
「……用が」
「……ぇ?」
「私に、何か用があったと伺ってますが……」
「え!? ええ!」
 それは、そうなんだけど。心の準備が……
 うつむいてしまう。こんなことになると思わなかったんだもの。
「……もし、差し支えなければ……」
「?」
 控えめな声に顔を上げた。
「……いえ」
 月明かりに照らされた顔に、疲労の色を見てしまって自己嫌悪に至る。彼はこんなになるまで働いているのに、こんな夜遅く、こんな所にまで足を運ばせてしまったのは自分の失態だ。
「――昼間は、ごめんなさい」
 言葉は、心が決まったらすぐに出てきた。
「は?」
 って、何その意味がわからないって顔は。
「フルーシェの……言葉のことです。いくら激昂していたとはいえ、申し訳ありません」
「王女に謝ってもらうことではありません。事実ですから」
 その言葉に、ちくりと胸が痛んだ。ほら、彼はもうあきらめてしまっているじゃない。王命だと。
「いいえ、あの子は、言ってはいけないことを言いました。聞いていて楽しくうれしくもありません。不愉快な思いをさせてごめんなさい」
 彼の言葉は、私にはとても悲しかった。だから、しっかりと前を見据えてそう言った。――目が、あった。
 私は、どんな顔をしているのだろう?
 彼は、驚いたように目を見張ってから。照れくさそうに頭をかいた。
「気を使わせたようで、申し訳ない」
 いいえ、そんなことはない。
「――歩きましょう。城まで送ります」
「いえ、お忙しいでしょうから」
「だめです」
 その、強い言葉に驚いた。
 目を見開いて固まっていると、彼自身も驚いたのか口に手を当てていた。
「夜道は危険です」
「でもここは城内です」
「私は王家の近衛兵です。何かあってからでは遅いのです」
 少しだけ、寂しさを感じた。彼は仕事だから、私を送ってくれるのだ。
「と、言うのは建前です」
「――はい?」
 よく聞こえなくて、もう一度と問いかける前に彼は先立って歩いていた。城の方向に。私はそちらに帰るので、自然追いかける形となる。
 真横に並んで、道を進む。ちらりと横目で見上げると――目があった。あわてて逸らすと、静かな笑い声が聞こえてきた。
 なんなのよ。いったい。

 もくもくと二人で城までの道を歩いた。だけど、その沈黙が夕食の時と違うと、気がついていた。
「――くしゅんっ?!」
 寒い。しまったー
 腕をさすっていると、ふわりと何かがかけられた。
「――?」
 見上げると、顔ごと逸らしているフランの姿。頭からかぶっているのは、近衛の印の重苦しいマント。
「あったかい……」
 そういうと、彼は少しだけうれしそうに笑っている。
 ……よくわからない。けれど……どきどきしてるんですけど!?
 それから、何かをごまかすように足早に進むと、あっという間に城が見えてきた。――っと、しまった。
「ここでいいわ」
「? ですが?」
「いいのよ」
「いえ、お部屋まで」
 しつこいわね。
「いいったら、いいの」
「だめです」
「………」
 このわからずや。
「いいのよ。窓から抜け出してきたから、正面から戻るわけには行かないのよ」
 今から考えても、これはまずかったと思う。
「だから――」
 そこまで言うと、なぜか彼が固まっている。
「フラン?」
「窓から、ですか?」
「――? ええ」
「護衛を、まいて?」
「……」
 この時、初めて私は失言を自覚した。
「侍女と兵士が一緒だと、昼間のことがもれないとも限らないでしょう?」
 彼は、聞いていなかった。突然私の腕をつかんで引っ張る。
「ちょっちょっと?! フラン!?」
 なんで迷わず正面に向かってるの!!?


 痛いくらいに――実際痛い。腕を引かれて部屋まで連れて行かれる。
 すれ違った兵士の怪訝な顔といったらないわね!! そんなの楽しんでる場合じゃないけどね!
 ぎゃぁ!? もう見慣れた兵士の姿が見える。今、あくびをかみ殺してたわね。
「お前達!」
 びっくりした。私が怒られたかと思った。
「「フラン様!?」」
 二人の兵士は、驚いて固まっている。
「お前達は何をしていた! 王女がいないことにも気がつかないで――何かあったらどうするつもりだった!?」
「あっあのフラン――?」
 ひっじょーに、何かがまずい。
「大丈夫よ、何もないのだし。それに私が窓から抜け出したのよ? 彼らが部屋の中に入ってこない限りそんなことには気がつかないわ」
 実は、何度か抜け出しているのだが、それは言わない。
「そういう問題ではありません!」
 怒鳴らないでよ。
 私が首をすくめたのがわかったのか、彼はあわてたように手を離した。ようやくだわ。あー痛かったー
「申し訳ありません」
 腕をさすったのがばれたらしい。
「え? いいえ!?」
「王女はお休みください。彼らは処分を――」
「ちょちょっちょっと!? ちょっと待ちなさい!!?」
「はい?」
「今、なんて?」
 処分、処分つったー?
「職務怠慢です」
「それは、私が見つからないように出てきたのだからしかたないでしょう!」
「そういう問題ではありません」
「どんな問題なのよ」
「――こんな夜に――何かあったらどうなさるおつもりだったのですか!?」
「と、言われてもねぇ……」
 もともと第一王女といえども、護衛の数で言えばフルーシェの方が多い。お父様は言わずもがな。
 まぁ、少なくなるようにおとなしくしていたのもあるんだけど。それはそれ。
「とにかく、だめなものはだめ」
「王女には関係ありません」
 ぴしっと、ヒビが入る。少し近づいたと思った距離が、果てしなく遠い。
 押し黙った私の変化を感じたのか、フランがうつむく私を覗き込む。
「……あなたに、何かあったらどうなさるつもりだったのですか」
「そうね」
 自分でも驚くほど、冷たい声だった。
「私に何かあればあなたは近衛の任も婚約者の地位も失うものね」
「王女……?」
「フランなんか、だいっ嫌い!」



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