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王女の婚約【4】

 お父様に呼び出された。
 当たり前ね。
 ついでに問い詰められたわ。――お願いだから、一日に何度も怒鳴らないで、怒らないで。
 どうして?
 本当に、私が悪いの?


「――はぁ」
 今度こそ、監禁状態だ。人と会うことですら制限される。部屋の中に侍女がいる。
 それが、本来の姿だといえばそれまでだけど。
 なんで、こんなことに?


 次の日、朝一で侍女に聞かされた言葉。
「フルーシェが婚約を破棄するですって!?」
 そんな馬鹿な! あわてて部屋を出ようとして、阻まれた。――邪魔!
「フルーシェに会うのよ!?」
「ですが」
「邪魔しないで!?」
「陛下とフラン様の……」
「どういうことよ?! お父様はまだしもフランの命令を聞くいわれはないわ!?」
「ありますよ。王女」
「フラン……」
 なんで、いるのかしら。
「私はあなたの婚約者です。――未来の夫の命に従ってもらいましょうか?」
「嫌よ」
「困りましたね」
「フルーシェに会うのよ。邪魔しないで」
「心配されなくとも、第二王女様はセランジュルに送り届けますよ」
「そんなことを言っているんじゃない」
「それを、破棄しようとする第二王女様を説得しに行かれるのでしょう? 私が第二王女をセランジュルには送り届けるので必要ありません」
「あんた、ほんっとーに嫌な奴ね」
「そうでしょうか?」
 ぎりぎりと歯を噛んだ。本当に、なんだってこんなことに――
 周りにいる人々の距離が遠い。目の前にいるというのに。しばらくあっていなかったフルーシェとの距離は、あんなに近かったのに。毎日のように顔を合わせる人々の距離が遠いのはどうしてだろう。
 あの夜、共に夜道を歩いていたときは、まだ、距離は近かったじゃないか。
 寒かったけれど、暖かかったじゃないか。
 何が、狂ったのだろう。
 フルーシェが幸せを捨てようとするのが嫌で、つかまれた腕は痛くて、私の自由がなくなったことが悲しくて、そして、何より――
「王女?」
 苦しいのは、フランが――
「おう、じょ?」
 どうやったら涙を止められるのか、忘れてしまったみたいに泣き続けた。




「姉さま? 姉さま?」
「フルー?」
「ぁあよかった。私がわかりますか?」
「フルーシェ? どう、して?」
「フランが、頼みに来たんです。姉さまを――助けてほしいって。なんのことかと思いました。嫌がらせかと思ったんですけど、とても真剣だったから。来てみたら姉さま、人形のように泣いているし……」
 フルーシェの声を、まるで人事みたいに聞いていた。ここは、私の部屋で、私が寝そべっているのは私の寝台だ。
 部屋の中は、何も変わっていない。
「何か飲み物! 持ってきます!」
「フルーシェ!」
 かすれていたけど、必死で呼び止めた。
「はい? 姉さま?」
「戻って、くるでしょう?」
 問いかけると、フルーシェはきれいに笑った。
「はい、姉さま!」


 フルーシェは約束どおり戻ってきた。だけど――
「だって、ひとりでなんて、言われなかったから」
「フルーシェ」
 低い声で睨みつけた。
「ごめんなさい姉さま。だけど、そのほうがいいと思ったから」
 フルーシェは、小さくなって、今にも泣きそうになってしまった。
「余計なお世話かもしれないけど……でも姉さまにも幸せになってもらいたくて……」
 フルーシェはティーポットにお茶を入れたまま部屋を走り去ってしまった。
「フルーシェ!?」
 あわてて起き上がって、体中が悲鳴を上げた。その間に、フルーシェは部屋を出て行ってしまった。
 伸ばした手をしかたなく下ろすと、こぽこぽとお茶が告がれる音。甘い香りが漂ってきた。
「どうぞ」
「………」
 のどは渇いたし、お茶に罪はないし。
 気を使われたのか寝台の横のテーブルに置かれたお茶に手を伸ばす。私がお茶を飲み干す間、――フランは何も言わなかった。
 暖かさが身にしみていって、ほっと息をついた。あれからどのくらいたったのだろう? 私はどのくらい泣き続けたのだろう。ひどい顔をしているのではないかと思う。
「おかわりは?」
 静かな言葉に、小さく首をふった。
 カップを両手に持ったまま、ぬくもりを逃がさないように包み込む。
 しばらく目を閉じて、深呼吸した。
 目を開いて、カップをソーサーに戻した。そして、見上げた。背の高いフランを見上げるにはちょっと首が悲鳴を上げたけど、気にしない。その瞳を捕らえてから、口を開いた。
「申し訳ありません」
「ごめんなさい」
「「………私がっ」」
 私が謝っているのに、なんであんたがうなだれてるのよ。
 あきれていると、フランはひざを折って目の前に跪いた。見やすくなった〜って違う!?
「申し訳ありません。勝手なことをしました」
「いいのよ……私も、せっかく送ってくれたのに“だいっ嫌い”なんて言ってごめんなさい」
「あれは……かなり堪えました」
「は?」
「私が、……王命だからあなたとの婚約を断れなかったとでも?」
「そうじゃないの?」
「いいえ、王には変わりはいくらでもいると言われました」
 ……お父様。誰でもよかったのね実は!?
「そうなんだ」
「ええ」
「そうだったんだ」
「はい」
「先に言ってくれない?」
「無理です」
「そうね、期待するだけ、無駄ね」
「……王女」
「事実でしょう」
「………あなたが、兵舎にひとりで来られた時」
「うん?」
「いえ、その前、すれ違った時」
「うん」
「どうしたらいいのか、よくわからなかったので」
「……へぇ」
「第二王女様に怒鳴られて、ずいぶん嫌われているのだと思ったものですから。あなたが謝罪に来られた時はとても……」
 ぅわあーー恥ずかしいこと暴露しないでくれる!?
 顔が赤くなるのが止められなかったので、そっぽを向いた。それでも空気が和んだままで、フランは笑っていて。
「……暖かかったわ」
「王女?」
「もう言わない」
「――勝手に部屋を出ていると聞いて、何かあったら困るとあわてるくらいに」
 に? 言葉が途切れたので顔を向けて……失敗した。なんでそう幸せそうに笑っているのかしらねぇ。あんた。
 ひっぱるわよ。そのほほ。
「なので、あの言葉は堪えました」
「“だいっ嫌い”がね」
「……」
「別に、今あなたに言ったんじゃないわよ?!」
 なんで私がフォローしなきゃなんないのよ!?
「実は、第二王女にも言われたので」
「“だいっ嫌い”って?」
 だから、へこむな。
「第二王女の護送が終わるまでは、婚約の正式な発表もしないと言われまして」
「そうなんだ」
「第二王女の護送の結果によっては、考え直すとも言われまして」
 お父様、何脅してるの?
「その間、あなたに何かあったら困ると思いまして」
「それであのあり様?」
「はい」
「過保護って知ってる?」
「知ってます」
「理解してる?」
「それなりに」
「嘘付け」
 ってそこでまたへこむのね。
「久しぶりに暇ができたので顔を見ようと思ったら、出てきてももらえなくて」
「あの時か」
 私が脱走した時。
「実力行使に出ようとしたところ、声が違う気がしたので」
「フルーシェに怒鳴りつけたのね」
「申し訳ありません」
「私は、お父様にも怒鳴られたのよ」
「それは、王女が私に気がある振りをされたからでしょう?」
 ――はっ?! 何か怒らせた!?
 そう思った時には、遅かった。
「あの時、朝あなたに謝ろうとしたのに聞いてもらえなかった。しかし、陛下には仲が良くて結構なことだと言われました」
 うわぁ、怖いよぉ。って近い!? 近いから?!
「どういうことでしょうかねぇ。王女?」
「さぁ〜?」
 逃げるなら早くしろと何かが告げている。
 だけど逃がさないと押さえつけられる。あの時、腕が痛くなったのを思い出して、びくりと震えた。
「――すみません。あなたがいけないんですよ。不安にさせるようなことをいうので。ですが、腕を隠さなければならないほどひどかったとは知りませんでした」
「痛かった、わ」
「申し訳ありません」
 力が緩んだので、開放されるのかと思ってほっと息をついた。
 が、
「あの、フラン?」
「なんですか?」
「どいてくれない?」
「――そうですね」
 いつの間にか、フランは寝台の上にいる。
 そしてしばらく、フランは何かを考え込んでいた。
「あの〜フラン?」
「私はランシュールですよ。ナシェ」
 え? 誰あんた? そっちが地?
 対応しきれずにほうけた瞬間、フランが笑った。
「私と結婚してくれますか? ナシェ?」
「え? ええ、はい」
 断ったら殺されそうだった。
 ってあんた、だからなんでそううれしそうに――!?
 唇がふさがれて、そして首筋に痛みが――
「何するのよ!?」
 見なくても、たぶんわかる。手で押さえた首筋には赤い痕が残っているのだろう。
「すみません」
 あのさ!? 本当に悪いと思ってる!?



・・おわり・・



【3】【目次】




他サイトのとある小説に触発されて書き出したものです。
何にって「護衛×姫」で結婚ってところだけですけどね。
内容は……違うよ。うん。
っていうか人形は泣かない……
卒論を書く予定だったんだよなーーこの日……
目次の「あなたが〜」というのは、ナシェにとってフルーシェが幸せならって意味です。