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おかえり

 妹王女(フルーシェ)が結婚し、国を出た。セランジェルで行われた結婚の宴が終わり、急に静かになった城内を走る影が見える。
 今日は、――そう。
 なぜかを知っている者達は皆、静かに姉王女(ナシェ)を見送る。
 廊下を進んで、中庭を突っ切れば、謁見の間はすぐそこにある。だけど、彼女は少し手前で止まった。窓に映る姿をもう一度確認して、息を整える。
 そして、歩き出す――

 ――いた。
 
「おかえり、なさい」
「ぇえ、第一王女」
 にっこりと微笑んだのは――と、その彼がうしろから羽交い絞めにされている。
「何が第一王女だ!?」
「ぇえこの!?」
「どうせのろけられるのはこっちなんだぞ?!」
「そうだ、いいことを教えます第一王女様。隊長は第二王女様にさんっざんこき使われてましたよ」
 彼を越えて目の前に現れた突然数人の兵士に覗き込まれて、そう言われる。目を白黒させていると、彼らは畳み掛けるように話し始めた。
「そうそう、私がどれだけ貢献したと思ってるのとかなんとか」
「っていうかあなた一人で姉さまに取りいろうなんて百年早いとか」
「つーかあんた行動が遅すぎるのよ!? とか」
「そうそう。さんっざん言葉で叩きのめされたあと、」
「まとめのように、だから、あんたに止められるいわれはないわ! と言って」
「釣りがしたいとか」
「船を操縦してみたいとか」
「海で泳ぎたいとか」
「ついでに最後だからと補給の町を歩き回る始末で」
「大変でした。隊長一人が」
 ……フルーシェ……
「お前達、さっさと行ってしまえ!」
 ずいぶんおとなしいと思っていたら、幾分いらだった声が聞こえた。
「ぅわあ、邪魔しないでくれとさ」
「隊長、まだ帰ってきて数時間ですよ」
「そうそう」
「いいから戻れ」
「はいはい」
「ごゆっくり、お二人さん」
 強調するように言われて、どきっとした。
「あいつら……すみません」
「いいえ」
 ぐったりと困ったように言うフランと、どうしていいのかわからない私。
 そういえば、帰ったと報告を聞いて走り出してきてしまったのだが……
「王女――ナシェ?」
「おかえりなさい」
 会いたかったのだ、そう、だって。
「ありがとう」
「いいえ」
 そう言って、近づく距離。
「フラン!?」
「私はランシュールだと、言いましたよ。ナシェ」
 引き寄せられて彼の腕の中にいる。このうるさい鼓動が聞こえるのではないかと心配していたが、それも杞憂に終わる。
 それを、どれだけ待ちわびていたのかわからない。
「ナシェ? ――っ!?」
 喜びが勝って、声にならない。流れる涙は、暖かい。
「ナシェ!? すみません、なにか」
「違う、違うのよ」
「はぃ?」
「――うれしい、から」
 だって、フランがと、言う途中で、言葉を遮られた。目元をぬぐっていた手が取られて、握られる。
「私も、うれしいです。ですから、呼んでください」
「ランシュール……?」
 暖かい涙がほほを流れるのを止められず、包み込まれて暖かくて。
「愛しています、ナシェ」
「――っ」
 そういうことを、うれしそうに微笑んで言わないでほしい。まともに、顔が見られない。私は、どれほど顔を赤くしているのかわからない。
「ナシェ?」
「わたし、も――ん」
 顔を背けることは許されなくて、長い指がほほに当てられて。顔を合わせたかと思うと口づけがふってくる。
「……あの男、刺し殺してやろうかと思いました」
 息が出来ないくらい強く口付けられて、それが離れた直後。吐息を感じながら耳に直接吹き込まれた言葉が遠く感じた。
「は?」
 突然のさっきだった声に、何かに浸っていた私は反応が遅れた。その男が記憶から消え去っていたと言ってもいい。
「――あ、あのヤールスの王子?」
「ええ。それはもちろんのこと……」
「まだいたの?」
「あなたが、宴の間声をかけられるのを、よく見える場所で見せ付けられたので」
「………」
 私がセランジェルに向かったのはフルーシェの婚儀の三日前。そして、フルーシェの護衛であった彼は、フルーシェの婚儀の日までが仕事だった。
 セランジェルでは国王(おとうさま)と会話する姿は見たが、それ以上接点はなかった。
 今日まで、私は王女で、彼は護衛だから。
「そんなに、見てたの?」
 それはそれで恥ずかしい。フルーシェの結婚の儀式の間は、身内しかいなかった。なので、さすが大国と言われるほどの招待客はどうするのかと思えば、その後の宴でもてなされた。
 まだ正式な婚約の発表をしていない私は、妹が先に嫁いだことの同情と、大国とのつながりを利用しようと多々他国の王子や有力者が近づいてきた。
 その場で上座に座るフルーシェの護衛をしていたフランは、人よりも高い視線で宴の様子を観察できただろうが。
「お綺麗でした」
「……ぇっと……」
 そーいうことを、今になって言うな!
「あれは、フルーシェが用意してくれたのよ」
 アージュ国とは違う型のドレス。高く結い上げた髪に花を飾った。それを着せようと決めていたようで、フルーシェの行動は早かった。口を挟む暇もなかったもの。
「ですから、余計に」
 ……視線がそれている時にホールをあとにしたこと、怒ってるんじゃないわよね?
 静かに彼を見つめた。彼がこちらの言葉を待つまで。
 本当は、何を考えていたのだろうかと頭を抱えたくなるが、そうじゃなかった。
 あまりにヤールスの王子がしつこかったので中庭まで逃げた時、助けてくれたのも彼だった。
 実は彼が助けに来たきっかけはフルーシェが作ったらしく、私とフランがその後どうなるかこっそり覗いていたわ。まったく。
 はぁとため息をついて、そのため息をついた自分に驚く。まるで、あの時フルーシェとフルーシェのお目付け役になっていたセランジェルの王子が現れたことが残念に思っている自分が、いることに。
 だけど、そうじゃなくても彼は動きを止めていた。触れる直前で止まった。そういうもの。私たちは。
 そう、あの時の私には、まだ、言えなかった言葉。彼が私の言葉を待つ間、本当はあの時言いたかった言葉は――
「――今度は、隣にいてね」
 何を言っているのだろう私はと目をそらす直前、目の前に意識を持っていかれた。一瞬のことだったが、フランは何を言われたのかわからないというようにほうけた顔をした。
 これではもう私は気恥ずかしいのかなんなのかわからない。
 そして、先ほどから不審に思っていた。ここは自国とは言え中庭だ。誰も通らないのは好意なのか、故意なのか……
 顔が熱いのは先ほどからだが、まともに前が見られないので一歩引いて、背を向けたとたんうしろから抱きしめられる。背中が熱い。
「はい、ナシェ」
 首筋にかかる息が近づいてきた。たぶん、その場所は再び赤くなっているのだろう。
「ランシュール」
 名前を呼んで、向き直った。私がごそごそ向きを変える間、彼の腕は私を包んだままで。
 もし、あの時彼がフルーシェの護衛という任務を忘れて、兵士という立場を忘れて、私の婚約者という立場でヤールスの王子を退けたら、国王(おとうさま)が婚約を破棄すると言っただろう。
 だから、彼は一兵士という立場から私を救い出そうとした。だけど、ひとつだけ、彼は思い違いをしているの。
 見上げた瞳と、重なったもの。
「私も、愛しているわ」
 もし彼がすべての立場を忘れていたとしても、もう、お父様に邪魔はさせない。

 だけど、このことはないしょよ。








※   ※   ※




「フルーシェ、何を書いているんだ?」
「きゃぁ!? セシル! 勝手に入ってこないでよ!?」
「俺の寝室でもあるんだが……」
「うるさいわね!」
「で、何をしているんだ?」
「ちょっと、邪魔しないで」
「………そんなに故郷が恋しいか?」
「それはあるけど……きゃぁ!?」
「そんなに恋しいか?」
「――ちっ違うわよ! ……フランに、ね」
「ランシュール・フランにか? なんでまた」
「絶対、わかってないから。教えてあげるの」
「……?」
「姉さまがどれだけ、心を傾けていたか」
「どういう、事だ?」
「お父様も知ってるはずだもん」

 もし、あの時、ヤールスの王子に婚約の二文字を迫られつつ侮辱されたナシェ(あね)を助けるため、フランが王子に反感を買ったとしても、護衛という立場を越えた行動にヤールスが敵に回ることが会っても、きっと彼は今のままの地位を持っていたから。

「だって、姉さまが――」

 ランシュール・フランを、愛しているから。
 それに姉さま。姉さまが自分のことをなんと思っていようと、私の姉さまを侮辱する奴を私は許さないんだからね。



 数週間後、アージュ国に届いた二通の手紙は、きっと、喜びの中に幸せを運んでくれる――




・・おわり・・



【目次】




甘い後日談が読みたいとの希望がありました。
甘く・・・なったと・・・思うよ?(疑問?)
ほらっ背景色も甘いし!(関係ない)
相変わらず卒論を書く日にページ作ってます・・・なにしてるんだ自分・・
丁度一ヶ月前にこれを書いたんだな〜と思うと不思議。