〜相手は五歳の女の子〜


「はじめまして、おじ様」
 ぴょこんと両サイドで二つに結わわれた髪をゆらして、儀慧国(ぎえこく)の第一王女留美奈(るみな)はお辞儀をした。
 そのうしろで、お供の侍女とお付が青ざめている。そりゃ確かに、先々月五歳となった王女様にしてみれば大人の男の人は、兄と父以外は、おじさんであるかもしれない。しかし! だがしかし!!

 その目の前で微笑んでいる憂麗国(ゆうれいこく)王子――藺志(いし)は、確かまだ、二十歳前……
 いや、この国と戦争をしても、兵力で劣るはずはない。つまり、負けるはずがない。

しかし、なぜか勝てる気がしないのは、あの女王の所為(せい)――?

「はじめまして。でも“お兄さん”って呼んでくれないかぃ?」
 この日の藺志は寛大だった。珍しく。朝食にコーンスープが出た影響が強いはずだ。ちなみにそれが出た理由は女王の進言で。だって、男装なんだもの今日は、せっかくもらってきたドレスを着る予定だったはずなのに。と、ふてくされなくていいように。

「お兄様?」
 かわいらしく小首をかしげる少女。そして、“お兄様”。まるで妹のようだ。

 ぁあ、本当の妹(藺宇)と似ても似つかない。





「なんですって?」
「――へ?」
 今は会議の途中。確かに、これから南大臣が第一声を言うつもりであった。
 しかし、まだ誰も、何も言っていない。
 そこへ、不機嫌極まりない女王の一声。

 さて、何がばれたのだろうか……?
 背中に冷や汗を大臣達がかいているのだから救えない。

「ぁあ、なんでもないわ。――藺志は?」
「王子様ですか?」
「そう」
「今頃、若い者二人で楽しみあっていることでしょう」

 それって、どうなのよ?






「あのねーー留〜ねぇ〜」
 城の庭に、人影が見える。「あとは若い方たちで〜」とさっさと二人きりにさせられ、放置。藺志に向かって走ってくる留美奈。
「なんだ、どうした?」
「お馬さんで遊びたいの!」
「よし! そうか」
 そう言って、用意したのは木馬。

 すぐあきた。

「逃げるの〜」
「待て〜」
「追いかけっこはあきたの〜」
「じゃ、鬼ごっこだな」
「うん!」

 もうあきた。

「あのね〜留ぅがお母さんなのーー!」
「じゃぁ、俺はお父さん……」
「違うのーー森のきこりなの〜」
「じゃぁ、木を切らないとなー」
「でねぇ〜この子が家なの〜」
 それ、岩ですけど。
「きこりさんは、森に入って行くんだね」
「そうして、帰ってこないの!」
「そう、俺はそのまま世界を廻る冒険に!」
「お母さんは結婚して幸せになるの!」
「そうして、伝説が!」
「ねぇ〜お水で遊びたいのぉー」
「よっしゃ! 川に行くか」

ってってって。

「川〜〜!」
 一昨日雨が降ったので、軽く増水中。
「こっからあっちが留〜の川!」
「じゃあっち行くか〜」
「あれは〜?」
「ボートだな」
「漕ぎたいの!」
「いいねー」
 それ、他人の。
「わーい! 早いの〜」
「おーらくちんじゃね!」

 流されてるっての!!

「わーーーい!」
「いぇーーい!」

 誰か、この二人を止めてくれ。






「あっ」
「女王陛下」
「こんにちは」
「このたびは、留美奈様が」
「ぁあ、あの子。で、ここで何を?」
 主が出かけているにもかかわらず、やって来たお付は全員城の中でくつろいでいる。
「……実は、あまりのお転婆に相手にするのも耐えかねまして」
 王も、王子も。侍女もお付も。
 一段と低い声で囁くお付。
「それで、いっそどこか嫁に出せなくとも、訪問させてみるのはと……」
「あっそう」
 興味ない。
「? 関心が薄いようですね」
 怒り狂うとか、あきれるとか。
「別に」
 ってか勝手に話したのそっちじゃない?
「女王様!!」
「何?」
「それがっ王子様が行方不明で!!」
「いつもの事でしょ?」
 ただ一人藺宇は動じない。


 さてさて周りは大慌て?





「ここはどこ〜?」
「知らねぇ〜」
「じゃぁ、留〜の森なの〜」
「おっいいね」
「小人さんがいるのー」
「へ〜」
「ほらぁ!」
 声と共に、リスが逃げた。
「………」
「ねぇねぇ、お兄さまぁ。おなかすいたぁ」
「そうだな〜あれ食えんじゃね?」
「とってぇ!」
 実のなる木。
「おう……ん?」
 ふと、視線を向けると、がたがたと馬車の音がする。
「何の音〜?」
「お迎えじゃね?」
 二人は、森の脇の街道に出た。

「ばぁ!」
「おっと!」
 馬車の前に飛び出た留美奈。金の髪が光に舞う。
「おやおやおや、こんにちは」
「こんにちわ!」
「よ!」
「どこまで行くのかな? 森の妖精さん」
 あまり金の髪が眩しかったので、ふと老人はそんなことを言った。
 これに、気をよくした留美奈。そして藺志。
「妖精さんは歩くのに疲れたの!」
「持ち前の羽根は?」
「羽根はみだらに出しちゃいけないの!」
「ってことで乗せてくれ」
「おやおや」
 人のよすぎる農夫の荷馬車に乗って(乗り込んで)、二人はそのまま揺られ続けた。

 そのうち、農夫に二人の寝息が聞こえる。


「で、どこに帰るんだい?」
 ちょっと、苦笑いの農夫。




 運のいいことに、農夫の家はお城の近くだった。




「うにゅ」
「ぐげっ」
 寝返りを打った留美奈の頭が、藺志の腹におちる。目覚めた藺志。
「おいじーさん」
「なんだい?」
「なんか食いもんねぇ?」
「もうすぐ家に着くからあとちょっとの辛抱だよ」
「ぃよーーしっ!」





「あららあら、かわいいかわいい小鳥さん?」
「違うのー森の妖精さんなの!」
「あらららら。ごめんなさい妖精さん」
「妖精は腹へったーー」
「こっちの妖精さんは、ずいぶんと食いしん坊さんね」
「ちょっとカッコ悪いのー」
「おい……」

 農夫の家で、二人は遅いお昼ごはんにありついた。



「おなかいっぱいなの〜」
「ごちそうさま」
「はいお粗末さまでした」
「妖精さんは満足かしら?」
「満足なの〜でも妖精さんはもう帰る時間なのー」
「おやまぁ、それはそれは」
「残念さねぇ」
「へぇ、そうなんだ」
 ちょっと黙って、藺志。


「またねーなの〜」
「じゃーーなーー」


「あわただしいねぇ」
「本当に、ねぇお前さん。あの方はどちらの方なの?」
 ずいぶんと、身なりのよい。二人とも。
「森に帰った妖精だろぅ?」
「まぁ」





「ただいまー留〜の川〜」
「おーー」
 奇跡だよ。きた場所に帰ってきたのって。
「あれぇ〜? ボートがないの〜」
「先に帰ったのか〜白状だなーー」
「ほんとなの〜」
 えーー? お二人さん。あのボート流れて行っちゃいましたけど? ってゆーかこっから川を下って行ったでしょ!

「しょうがないの〜」
「しょうがねぇな〜」
 お前ら、実は兄妹か?


 さて、日が沈み始めてきました。半分が昼の終わり、半分が夜の始まり。長く白い雲。沈みきらない太陽。白く白い月。二つの世界が重なって、空を二分する。
しかし、この二人に空を眺めて楽しむ思考はない。

「もう妖精さんはいなくなっちゃう時間なの〜」
「へぇ、ドコに行くのかな」
「違うの〜妖精さんは一日しか生きられないの」
「じゃぁ、また明日会おう」

 そう言って、二人は手をつないで歩き出した。

「どっちに帰るの?」
「ぅう〜ん? 悩みどころだな」

 ―――大丈夫かよ……






「「ただいまー」」
 あ、無事だった。それが藺宇の第一声。
 回りにいた儀慧国の人たちも、憂麗国の人達でさえ引いた。えーー女王――?



「ゆ〜と〜」
「留美奈様!」
 てててと、侍女に向かって走っていく留美奈。と、
「きゃん!」
 もはやお約束。“何もない所でこける”。
「あぶねっ!」
 しかし、あっさりと藺志に抱き上げられる。ふわりと浮いた体。
「……ありがとうなのっ」
 留美奈はそうお礼を言った。
「どういたしまして」
 侍女の癒都(ゆと)に、藺志は抱き上げたままの留美奈を手渡した。その腕に抱き上げられた留美奈は、離れようとする藺志の服を引っ張った。
「ちょっとカッコよかったの〜」
「そうか?」
「またねなの!」
 一生懸命引っ張って、それにあわせて一歩近づいた藺志のほおにキスをした留美奈。そして、そのまま帰った。

「また遊びに来るの〜〜」

 がらがらと音を立てて、馬車は遠ざかった。


 それを、見送る双子。

「……なー藺宇」
「なによ?」
「あの子、何しに来たんだったっけ?」
「当初の目的を忘れてどーーする!!」


 藺志は完璧に忘れていた。





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