〜春祭りの一騒動〜


 この国では、春に祭りが行なわれる。咲き誇った花々の下、一年の始まりの芽吹きを誇る春の祭り。
 実りある秋の収穫祭とは違い、輝かしい春の色とりどりの花のお祭り。城下はかつてないほどの賑(にぎ)わいを見せる。女は特に着飾って、踊る。その日は子供も楽しむ。一家総出で出店に繰り出す。
 逆にその日が、一番忙しい家族もいる。町中が賑わい、楽しむ。春祭りはもうすぐ。
 誰しもが楽しむ祭りを成功させようと、いえ、誰かが楽しめる背景を作る人がいるから、楽しい。そんな優麗国(ゆうれいこく)城内の執務室で、今日も王子はその事に一日を費やしていた。

「こちらの道は一方通行にして、これはもう少し南に移せ」
「はっ」
「民の警備は必要だが、刺激しないように……私服だ私服。だが仕事を忘れるな」
「は!」
「出店の配置は終わっているのか?」
「はい、こちらに」
「わかった、目を通す」
 王子の執務室には、一日中ひっきりなしに人がやってきていた。なんと言っても、そう責任者は王子だから。
 警備も、出店も、人々も、出し物も、音楽も、装飾もすべて――王子の印がないと話が進まないから。
 今日もわんさか人がやってきて並んでいる。あっちからは兵士が、こっちからも兵士が、時々、これを気に王女様の婚姻の話に印を押させようと大臣が書類を混ぜたり割り込んだりするから溜まった物ではない。
「次は――」
 王子の目に留まった書類が、憎しみをこめられて細切れとかした。
「この忙しい時に!」
 細切れの書類の端に、「王女様の婚約者候補リスト」とある。
「王子、少しお休みになりませんか」
「これが途切れたらな」
 そう言いながらも書類を運んできた弦鋼(げんこう)に、王子は首も上げないで答えた。“これ”とは、人の波。だがそろそろ、一度切れそうではあった。先ほどまで部屋の外までいたのだが、もう部屋の中にいるだけだ。そう思って声を掛けたのだが――

「藺志(いし)〜!!! みてぇ!!」
 ようやく人の波が途切れる寸前だった。唐突に部屋に入ってきたのは……
「王女様?」
 そう、王女様。桃色のドレスに身を包み、さらに髪には花を飾っている。お祭りでは女性は髪に色とりどりの花を飾る。それは間違いない。ので、まぁ間違ってはいないのだが――
「ど〜ぉ?」
「お似合いですよ。王女様」
「今回の衣装はそちらですか」
 部屋の中央を陣取った王女は、くるりと一回転。それに賞賛する兵士達。
「でしょう!! そう思うでしょう藺志!」
「ぁあ。かわいいかわいい」
 しかし、王子は一瞥(いちべつ)もくれていなかった。
「もう! 藺志! 見てるの!?」
 そう言って、王女は王子の執務机に詰め寄ってバンッと両手をついた。つみあがった書類が崩れるのではないかと心配した。
「………」
 こそっと、小さな王子のため息。観念したように顔を上げている。
 手をついたままの王女様。王子の目の前には王女様の上半身……しばらく、沈黙した。王子は手を止めたまま、王女様を見ている。
「……回れ」
 ふっと、顔を上げて違和感。目の前には胸、顔を上げればぷんすかと怒ったような瞳。
「こう?」
 王子が言った言葉通り、王女様がその場で一回転した。
 一瞬、王子の顔にひびが入ったように、見えた。
「……――」
 無言で、左手を振った。
 王子の左手が振られた。それは一度だったが、すぐさま兵士達が部屋を出る。旗(はた)から見ればやる気のない手の振り方だが、城の者は心得ている。全員部屋を出たのを確認して、自分も部屋を出る。頭を下げて、重い扉を――閉めた。

 さて、王女は一回転したのはいいが何も言われないことに首を傾げていた。そうこうするうちに部屋には二人きり。――つまり。
「……それ、私の服」
「ぁあ部屋にあったからよぉ〜どうだ? 似合うだろう?」
 さて、何かが先ほどと違う。
「春祭りのために新調させたのよ」
 しかも、当日は侍女達も忙しいから自分ひとりで着ることのできる型にしてもらった上で、装飾つけさせた。
「いやぁ〜もう今日見た瞬間に着たね〜」
 まったく、話を聞いていない王女(藺志)に、
「………」
 じろりと、もう一度上から下までドレスを着た人間を見つめる王子(藺宇(いう))。
「さっすが春祭り! かわいいドレス着ほうだい!!」
「………い」
 上から下まで見つめて、やはり何を感じとったのか藺宇が呟く。しかし、うきうきと頭に飾られた花が霞むくらい花を頭の上に飛ばす藺志は聞いていない。
「しかも出店だろ〜ぅお〜たのしみだ〜」
「………ない」
 低い声に、さらに怒りがこめられている。
「なにぃ!? 出店が出ないのか!!?」
「私はそんなに胸はない!」
 ぼけた藺志に、藺宇は怒鳴った。怒りと苛立ちのこもった声を直で聞いたせいか、きーーんと、耳鳴りがする。
「……は?」
 しばらく耳を押さえた藺志は、間を空けてそれだけ言った。
 藺宇の口元がひくりと上がる。――怒っている。しかも、顔は赤い。
「……お前、発育悪いのか?」
 ごすっと、何か鈍い音がした。それはもう容赦(ようしゃ)なく、藺宇のひじが藺志の腹に突き刺さっている。
「なんだって?」
「………い、え……なに、も」
 息も途切れ途切れに、藺志は呟いた。
「そう」
 ふっと、藺宇は力を抜いた。
「でげっほ!? ぜぇ……はぁ……わかったよ」
 とにかく小さくすりゃいんだろ〜
 そう言って、(その言葉にも藺宇はまゆを上げている)藺志は胸に手を突っ込む。
「こんなもんか?」
 そう言いながら、詰め物を取り出す。ある程度とった後、形を整える。
「………そうね」
 複雑そうな顔で、藺宇は言った。
「しっかしまぁなんでこんなもんがついてるんかね〜」
 そう言って胸当てに手を当てる藺志。
「重いし、肩こるし、ないほうがいいんじゃっ!?」
 再び、何かがめり込むような鈍い音がした。先ほど肘鉄を食らった藺志の腹に、再び何かがめり込んでいる。そう、シンプルで使いやすさだけを求めた、銀色に光る短剣――もちろん、鞘(さや)に収まったまま。
「何か言った?」
「いえ、なに、……も」



 それから数週間後、春祭り当日。


「いってきまぁ〜す!!」
 元気に手を振って城を出て行ったのは王女様。
「ようやく行ったか……行くぞ」
「「「「はっ!」」」」
 城から、二つの影が出てくるのが見えた。



「……王子」
「なんだ」
「少し、祭りに参加してはいかがです?」
 ここは、大通りの真ん中にある宿の一番上の部屋。ここは、いつも祭りの時の警備本部となる。だって、祭りが行なわれる城下から城までの道が見渡せるから。
 そして、その部屋に王子はいる。椅子に座ったまま、何かアクシデントが起こった時の対応をするために。
「祭りに……」
 ふと、祭りに参加するなんて何年ぶりだろうと考える。そう長くは生きていないはずなのに、記憶が出てこない。まぁ、いいか。
「そんなことより、守備は――」

 パァン! と、一際大きな音がした。さぁ、踊りの始まり――



「ふんふん〜おーまっつりっ!」
 わたがし! フルーツ! 菓子パン! ドーナツ!
 沸き返る祭りの楽しむ声に紛れるのは、藺志の食欲。お小遣いを握り締めた藺志が、最初に狙いを定めた出店は――
「これはこれは王女様、奇遇ですね」
「へっ!?」
 藺志は、男に行く手を阻まれた。



「………」
 王子は、相変わらず司令室の椅子に座ったまま眼下を見つめていた。と、何を思ったのか双眼鏡を手にとり、踊り踊る町の様子に視線を向ける。
「……」
 ぴっと、左手を双眼鏡から離して、振った。何か? と、弦鋼が一歩進みでる――
「あの笑顔の寒い男は、誰だ?」
 取り外した双眼鏡を護衛に突き出す。その視線の先に、踊りの流れに混じった半身の姿を捉えていた。



 この国のこの春祭りの踊りは特徴的だった。城下と城を繋ぐ大通りを、町の端から王城の入り口まで踊りながら進むのである。
 共に混じる音楽隊や、指揮者。さらには子供達。恋人同士手を取り合う物もあれば、夫婦。先日告白したばかりの娘と、その相手。
 くるくるくるくる。音楽に合わせて踊りながら、人々は道を進んでいく。
 と、その中に桃色のドレスに身を包んだ女性(?)と、金髪に白い歯の輝く何を言っても滑りそうな男。が、手を取り合って踊っていた。
(あ! あのクレープうまそう!)
「ぁあ、夢のようです。こうやって王女様と踊ることができるとは」
(おっあっちの果物ジュースもうまそう!)
「今日はなんといい日なのでしょう」
 先ほど説明したとおり、二人は歩きながら踊っている。つまり、
(あ〜!? 俺のジュース〜〜!!)
 出店も過ぎ去っていくのである。
「そう。この春祭りの中出会った二人……共に手をとり踊る……まるでどこかのお話のように!」
(ぉお! あの店はなんだ〜?)
 さて、さっきからしゃべり続けるこの男。この男の目には、時折うつむきながら(たまにステップを間違えそうになるので)、視線をさまよわせて(いい出店を追っている)踊る王女様は、自分と踊れることに緊張して声も出ない。ということになっていた。



 さて所変わって、ここは本部。双眼鏡で目的の物を視界に捉えた弦鋼は言う。
「あれは……南大臣の一人息子ですね」
「………南大臣の……?」
 うめいた王子の声。その手が目に当てられる。―――が、
 しばらくして、口元が、上がった。笑っている。
 無言で王子は立ち上がって、部屋を出て行く。その場の誰しもが、あとを追いたくない衝動にかられた。



(あ〜〜あ〜あ〜俺の饅頭(まんじゅう)〜……)
 さて、いまだに踊り続ける藺志は過ぎ行く出店に泣きそうになっていた。だって、おいしそうなのに、食べられない。買いに行けない! 藺志には拷問に等しい……
 この踊りは道の端から端まで踊るので、踊り続ける時間が半端なく長い。しかも、パートナーの交代は禁止。途中で縁を切るならいざ知らず。最後まで踊りきるのが普通だ。
(め〜し〜〜ぃい〜)
 藺志はもう泣きそうだ。だって、今日は出店でたっぷり食べるために朝食を抜いてきたのに! この仕打ち(踊り)。
「さぁ王女様! わたくしのもとに!」
 しかも、男はまだ語っていた。
「うう……」
「王女様?」
 それでも藺志はよく耐えたほうだ。普段に比べれば。それは、城内の者ならばわかる。――つまり、王子(藺宇)にもよくわかったもので――

ててて……にゃァ?

「あ、かわいいねこさん〜!」
 踊りながら、突然足下に擦り寄ってきたねこに藺志は気を取られてしゃがみ込んだ。
「王女様!?」
 突然、ダンスを中断させられた男はよろめき――
がんっ! ゴキュ!? ぎゃっ!? ゴン! でぇ!? ばっしゃーん!
 なぜか、足下にあった木箱に足の小指をぶつけ、痛みに飛び上がったところに足下注意! の看板に頭をぶつけ、くわんくわんと頭が鳴っていたところ足がよろめき、そのまま噴水に落ちた。
 しかも、その噴水、なぜか、いつもの三倍のスピードで水が流れていた。

「あ、まってぇ〜」
 藺志の腕の中を飛び出したねこは踊りの輪を外れていく。それを、追いかける藺志。踊り続ける人々はそのまま進んでいく。

「……ぐ……が……」
 水と一緒に、いろいろなものまで流されそうになった男がしばらくして生還した。
「王女様!?」
 第一声、それ?
「こんな所で何をしている?」
「何奴――これはこれは王子様。お久しゅうございます」
 髪も服もぼろぼろ(水にさらされたせい)で、装飾品もない(水に持っていかれた)男は丁寧に頭を下げた。いっそ丁寧すぎて逆に無礼なくらいに。
「お元気そうで何よりですね」
 挨拶を続ける男。しかし、焼肉をほうばる王子は聞いていなかった。
「時にお前――藺宇と踊っていたな」
「おやまぁ。王女様の踊り手は、いつ王子様がお選びになる事になったのですか?」
「………」
「妹君がお大事なのは重々承知ですが、あの白い翼を手折られることは我慢なりません」
「貴殿、ずいぶんな口を聞くな」
「お気に触ったのならば申し訳ありません。ですが、わたくしの気持ちを知っていただきたいと――」
キィン! ぱしっ
 男の手に、剣が飛んできた。それは、王子が右手持っていた剣。焼肉の串を燃えるゴミ入れのために設置したゴミ箱に放り投げて、王子は腰に刺した剣を、引き抜いた。
「まず、お前の実力はいかほどだ?」



 さて、ここに数分前から笑顔の張り付いたおばさんがいた。
「う〜んと〜え〜っとぉ〜」
 おばさんは、今日は、夫と共に春祭りで出店を出していた。揚げたてのドーナツ。さくっとしてふわっと、かりっとしてしっとりと、とにかく食感と味に自信のある一品だ。改良に改良を重ねた結果。味も五種類用意したのだ。シンプルなシュガーから変り種カレーなど。大人から子供まで、甘党から辛党までカバーできる! その長所が災いした。
「う〜んやっぱり〜シュガー? あ、でも〜ココナッツもおいしそう〜」
 もう数分以上前から、出店のまん前に立ち尽くす姿。
「じゃぁ! 黒ゴマ〜ぁあ!? でも待って……でもやっぱり……」
 すべて買うという提案はまだ食べたいものいっぱいあるの! 一言で却下された。
「ねぇ〜おすすめわぁ〜」
「やはり、シュガーでしょうか」
「シンプルでいいわよねぇ〜でもぉ〜」
 さっきからずっとこれだ。他の人々は遠巻きに眺めている。緑色の目、髪。桃色の服、花飾り。なんたって、この国の王女様。
「う〜んと、う〜んと」
 いつまでたっても決まらない。決まらなさすぎる。しかし、文句も言えない。夫なんて転寝(うたたね)をし始めている。誰か! 誰か助けて!!
 そう思っても、思いは伝わっても誰も突っ込めない。
 揚げたてのドーナツを目の前に、真剣に悩む王女様の前では。
「!!」
 と、そこに救世主が現れた。緑色の髪、瞳。その姿を見てさらに細められた目。
「店主、カレーとシュガーと、ココナッツをひとつずつ」
「はい!」
 おばさんは寝ていた夫をたたき起こして、ドーナツを渡してくれた。お金を払って、隣を見る。
「う〜ん。でもぉ〜ってあなた! 私の順番っむぐっ!?」
 カレーのいい香りのするドーナツを加え、順番を抜かされたことに怒り振り返ったその口に、シュガーのドーナツを突っ込んだ。ついでに残ったココナッツも手渡す。
「行くぞ」
「むぐー!」
 おばさんはほっとして、立ち去る姿を見つめていた。――ついでに、「王子様と王女様も代絶賛ー!」と、客寄せの言葉に一言加わったことも記しておこう。



「むぐぐぐぐきゅ!?」
「あそこだ」
 口をもごもごさせながら問いかけてきた言葉に、藺宇は首を振って短く答えた。その先には、「命の綱渡り! 彼の命は貴方の手に!!」の、文字。しかも人だかり。合間をぬって先を見ると――
「んんーーーー!!?」
 壁に縫い付けられた男の、必死な叫び声が聞こえる。しかし、口は塞がれている。の後ろの壁には数字。その正面に距離を開けてお客。お客の手にはナイフ。今、壁に縫い付けられた男の頬をナイフがかすった。
「さぁいらっしゃいいらっしゃい! ナイフ投げだよぉ〜」
 そんな声が聞こえる。


 数十分前……

「かくごぉーー!」
 と、王子に与えられた剣を王子に構える男。迎え撃つ王子。しかし、ここは往来。祭りの真っ最中。周りには人、出店、人人人。
「でやぁー!」
 男が剣を持ち、鞘から抜いて振った、その瞬間。
かぷぉん!
 まぬけな音と共に、びよよよぉ〜んと伸びるまぬけな風船。
「………へっ!?」
 剣の柄の先にあるはずの刃はなく、びよよよよぉ〜んと風船(顔つき)が伸びるだけ。
 まぬけなまま固まった男の後ろに、わっせわっせと運ばれる、壁。男はまだ気が付いていない。
「てぃ」
 王子は、隙ありとばかりに男の足元に短剣を投げた。
「なぁ!?」
 男が驚いて飛びのいた、その瞬間。
カカカカカッ!!!
 王子のマントの下から出てきた短剣が男の服を壁に縫い付ける。
「ななななんだぁ!?」
 おおーー!! と、周りからは歓声。どーもどーもぉ〜と、手を振る王子。
「ぃいったいなんのまねだ!?」
「敵から武器をもらうなど、愚の骨頂。まぁあきらめるんだな」
 じゃぁーなぁーと手を振って立ち去る王子。
 まてぇーーこれをとれぇ〜という言葉は、すばやく後ろに回った兵士に口を塞がれてかき消された。
「さぁさお立会い! 世にも珍しい的人間(まとにんげん)ナイフ投げ!!」
 今日はお祭り、無礼講(ぶれいこう)。


「ねえ藺志! 私あれ食べたい!」
 王女は、何も見なかったとあさっての方向を指差した。
「いいぞ」
 王子も、何もなかったとその場をあとにした。


 祭りの喧騒は、夕方を越えて夜まで続く。


 双子はどこまでも進んでいく。
 藺志の手には、お土産、お菓子、お面に、アクセサリー。
「ねぇねえ! あっちも!」
 指差した先にはカステラが。口にくわえていた冷えたパイナップルを噴出しそうになる藺宇。
「まだ食べるの!?」
 私が大喰らいだと思われるわっ!!


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