〜はるか未来を待ち望む〜


 光当たる執務室。女王が、快適に仕事が進められるよう造られた部屋では、今日も暗雲が立ち込めている。机に座って、目の前の書類を始末する女王。その横で椅子の背もたれを抱えるように座る王子。―――今は女王の兄?
 量の多さにあきれ返り、乱雑に仕事をこなす女王に、のほのほと話しかける兄。二人は、最近こうしている。よく上る話題といえば……書類の量など目でないように、女王のいらだちをつのらせるようなことである。

「問題は、」
「藺宇(いう)の結婚!」
「あんたもよ、藺志(いし)」
「ちっ」
「なんなのかしらねーーどうせなら、未来永劫小国でいたいのに」

「女王!!」
「なによ」

 今日も、大臣達は嬉々として婚約、むしろ結婚話を進めてくる。しかも、大国の。

「女王、こちらはいかがですか? 地位は第二のようですが……」
「いやいやいや、せっかくならここだろう」
「お前達何を言うか、こっちのほうが……」
「あんた達」
 びきっと、空間にひびが入る。ひくっと、大臣は固まる。
「そうやっている時間に仕事をしないから私の仕事が増えるのよ?」
 最近、徹夜気味。むしろ、休みもない。理由は簡単、大臣共が結婚話に盛り上がっている間は、仕事をしないから。
 ふと、傍目に止まった資料。
「……私の結婚に口を出す暇があったら、半月前の資料を持ってくるんじゃないわ!!!」
 さらに追い討ちをかけるように仕事を言いつけて、追い出した。

「まったく」
 いらだったまま乱雑に大臣達が持ってきた写真手紙その他を睨む。そのまま火がつきそうだ。

こんこん
「燃やせ」
「……」
 普通なら「入れ」と言うところで、“燃やせ”と言ってくる女王。まったく何事もないかのように、弦鋼(げんこう)は持参した袋にすべて詰め込んだ。

「今日は風が強いなーー」
 場違いなほど場違いな藺志の声が、今にも机を投げつけそうにいらだっている女王の後ろから聞こえる。いや、何も聞こえない。今出てきた部屋から助けを求める王子の声が聞こえてくるはずがない。あれは、いわゆる、

「自業自得、ですか?」

「茉衣莉(まいり)」
 いつの間に……
「王子様、火に油を注ぐのが趣味なのでしょうか?」
「……それはないだろう」

 あれは、絶対、無意識だ。

「せっかく王子様のお好きなコーンスープを用意しましたのに」
「お茶の時間にか?」
「ええ?」
 ………時々、この娘の趣向がわからない

 あ、断末魔。そんな茉衣莉の声が聞こえた。王子の悲鳴のあとに。



「まぁ、いいわ」
「そりゃそーーだろ」
 あれだけ八つ当たりを俺にすればすっきりするだろう。
「本当に面倒だわーーぁあ、もっと権力を持てないものかしら? そうすれば、あの邪魔くさい大臣達を一掃してもいいのだけど、外交とか私したくないし」
「右に同じー」
「あんたも結婚したらどうなのよ、ぇえ?」
「あーーなーんか興味本位で来てるけど? 話」
「へぇ?」
「五歳の女の子とか」
「………」
「俺より二周りは歳上そうな未亡人とか」
「より取り見取りね」
「マジ!!? そうか!?」

「「――――冗談じゃない」」

「とにかく私はむしろこのまま小国でいたいわけ、国がでかくなるといろいろ面倒だし」
「俺は別に結婚しなくてもいいんだよなーー子ども産んでくれよー藺宇」
「おいおい、ね。まぁ藺志の結婚話はどうとでもなるし」
「おい」
「今はどう大臣達を再起不能まで陥れるかよ」
「……」
 あっれーーなんか趣旨変わってねぇーー?
「ようはこの国のものと結婚すればいいわけ、私別に夫は二人も三人もいらないし」
「はびこらせそうだよなーーげふっ!」
「何も言ってないわね」
「ぐ……そうでーーーす……じゃぁ手ごろな奴見繕えよ」
「え、いや。私の趣味じゃない」
「……無意味かよ!!?」
 女王の即位式であった有力者、その他大勢。結論、“いまいち”。
「誰かいないのーー」
「つまり、それなりに権力あって、藺宇が気に入ればいいんだろ?」
「そうよ」
 ちなみに、大臣達にはまた眠っていてもらうつもりらしい……
「お前恋愛はーー?」
「そんなもの求めていたら話は進まないわ。あんたがして頂戴」
「おーーい」
 それでも女かーー?
「それ、私に言う?」

 ―――ぁあ、確かに。

 王子でも女王でも様になる女だ。


コンコンコンっ!
「女王陛下、王子様。お茶になさいませんか?」
「ええ」
「おう!」





「でもなーー藺宇が気に入ってしかもこの国の重臣って……」
 あほぉーーあほぉーとカラスが空を飛んでいる。
「うまかったなーコーンスープ」
 瞬間、藺志は話をすり替えた。


 そして、数日。


「わかったーーーー!!!!」
「何が?」
 輪をかけて不機嫌な藺宇。
「どうした?」
「あの大臣共、殺す……」
 低い! 声が低い!!
「まぁ、待て、俺の話を聞け」
「なんで?」
「だからなーー」

カクカクしかじか

「………」
「なっいい案だろ」
「悪くないわ」



 そして、三日後。


 弦鋼は廊下を歩いていた。朝の日課である訓練に向かう途中。
「……?」
 なぜだろうか、昨日まで普通に接していたはずの侍女達なのに、今日の朝すれ違う時の視線が、厳しいものと、涙を拭くように走り去るものと、影からハンカチを口にしているものと……???
 なんなんだ?

「あっ隊長が来た!!」
「本当だ!」
「隊長!」
「おはようございます!」
「―――ぁあ、燕雅(えんが)」
 心ここにあらずとは、きっと今の弦鋼のことだ。
「? どうかしましたか?」
「どうも、侍女たちの行動が不思議なんだが、何か知らないか?」
 しーんと、静まり返った。その場にいた兵士達は皆、弦鋼を凝視する。
「? お前達もなのか?」

「え? 知らないのか隊長」
「まさか! んなわけねーだろ!」
「でもよー」
「なんだ、だから」
「ぇえ゛いやだから!」

「おめでとうございます! 隊長」

「何がだ?」
 兵士達を遮って謝辞をいい、ごけっと、燕雅がこける。
「隊長!! 冗談はそれぐらいにしてくださいよ!!」
「なんのことだ、何がめでたいのだ?」
「あのぅーー隊長」
「なんだ」
「ほんとのほんとのほんとーーーに知らないんですか?」
「だから何を」
「城中、持ちきりですよ?」
「何に」

「女王と、隊長の婚儀はいつかって」

「――――は?」

 それこそ、なんの話だ?




「―――女王!!」
「何?」
 またも、机の上に広がっている書類を睨みつけている女王の部屋に走りこんだ。また増えている。大臣達は何をしているんだ――ではなくっ!
「何かよからぬ噂を耳にしたのですが、」
「本当よ」
「そう、本当………何をおっしゃいますかいきなり!!」
 いつ、どこで、誰があなたと結婚する事になったのですか!!
「三日前」
「女王……」
 何を考えているんだこの方は、第一、結婚といえば女性には一生に一度の一大イベントだと前に茉衣莉が熱く語っていた。
「私と、あなたが結婚するというのは、いったい誰が許可したのですか?」
「私」
「………」
「この国のためよ、利害は一致するでしょう?」
 そういう問題じゃないだろう。第一、
「何をとち狂った事を、女王。この国の中には、もっと身分的にも適切な人物が……」
「いやよ、気に入らない」
「女王……ですが、」
「何よ」
「歳の差と言うものを……」
「聞かなかった事にする」
「……」
「聞きなさい。私はね、あの紙の束を見るのはもう許せないの」
 にっこりと言い切った女王の顔がそれはもう怪しく輝いていたので、弦鋼は黙った。

「それに、あなたでなければ私は首を立てにふらなかったわ」
 小さな藺宇のつぶやきは、驚きと理解不能で思考が停止していた弦鋼には聞こえていなかった。

 さて、呆然としたまま女王の執務室を追い出される。ショックがでかかったらしく、燕雅には、むしろ今日は帰って頭を冷やしてくださいと言われた。

 久しぶりに、自宅に帰って絶句した。
 いつの間にか、家にも親戚にも連絡が行っていたらしく、母親と父親からすぐさま伝達が来ていた。

『よくやった、式はいつだ? 若い娘のほうがいいぞ』
『おめでとう、ぜひ、馴れ初めを聞かせてね』

「………」
 両親よ……。父上、あなたは何を言っていらっしゃるんですか老人にもなって。母上、話は、一生無理です。

 呆然と立ち尽くす間に、服の採寸と、式の日程を暗記させられる――こんな時でも間違いなく覚えてしまう頭。しかも、女王はさらに忙しくなったらしくあれから顔も合わせていない。というか、むしろ追い出されている。


 そして、婚儀の日。あの日から一週間。―――異例だ。

 ちなみに、後の史書にはこう書かれている。『その日はすべてに恵まれたかのように太陽のきらめく日。憂麗国(ゆうれいこく)初の女王とその夫の姿は、人々の目に忘れられる事はない……』
 もっと長いが省略しよう。とにかく当事者にはうそ臭く、事実にはおひれがつく。


 式は、滞りなく進んだ。なぜかと問いかけたくなるくらい順調に。


「………」
 式も終わった。さぁ帰れない。湯浴みをすませ夜着に着替える。やってきた、女王の部屋。少し前から女王と王子の部屋を別にしようと考えていた。前王の部屋をそのまま女王が、双子の部屋は王子が使うことになった。
「……」
 扉は、厚く重くでかい。なぜだろうか。前王より見続けてきた扉が、これほどまでに障害になった日があっただろうか?
 扉を開けられずに呆然としていると、大臣達がジェスチャーをはじめた。――曰く、早く行け。
「………」
 心を決めて、扉を開く。薄暗い室内に足を踏み入れて扉を閉じた。


 もとからこんなに暗い部屋ではない。足下は見えるように照らされているが、薄暗い。暗いところもなれているので、困る事はないが……この趣向……誰の趣味だ? 誰の?

 開いていた二つ目の扉をくぐれば、天蓋のついた寝台が見える。カーテンの向こうに映る人影。

「…………女王?」

しーーん

「………?」
 ゆっくりと近づく、分厚い絨毯が足音を吸い込んでくれるにもかかわらす、なおいっそう音を立てないように。伸ばした手で、薄手の寝台のカーテンを開く。

す――――

「………」
 寝て、いる。
 暗い闇になれた目は、女王の顔をよく映す。
「……」
 寝顔を見るのは本当に久しぶりだった。はるか昔のようだ、寝かしつけに行ったのも、朝起こしに行ったのも。いつの間にか、それは侍女の役目になっていた。

「―――」
 引かれるように近づいて、さらに顔を覗き込んだ。

「………」
 そう言えば、女王はまだ二十歳にもなっていなかった。あどけなさの残る顔に、疲労の色が濃いのに気がついた。今日一日、ここ数週間、気がつきもしなかった。確かに、大臣が無能なのにさらにこの式のための来客だの、準備だので、追われていた。
「………」
 ―――無理を、している。
 まさか、こんな事になるとは。誰が想像しようか。

 寝返りと共に流れた髪。“王子”に合わせて短かったが、少し長くなっている。
 いきなり、あっという間に、“臣下”の肩書きが“夫”に変わってしまったが、きっとこれまでの……あの邪魔者処理、八つ当たりの対象、その他。な、関係が変わるとも思えない。

 ずれおちた毛布をかけなおすと、暖かさに安心したように女王の顔がほころぶ。
 何年も、前から――
 誰よりも近くで、王子と王女を見ていた。なつかしく思い出す日々。―――その時の王子が王子であるのか王女であったのかわからないが。

 誰よりも、何よりもこの国のため。そして、双子の王子と王女のために。


 ―――これからも、ずっと、この女王に仕えるのもいいかもしれない―――


 ふと笑って、口を開く。言葉は小さな呟きとなって、夢の中の藺宇に届く。

「おやすみ、藺宇……様」





 藺宇が双子の女の子と男の子を産むのは、まだずっと、先のお話―――








 ……婚儀から二日後、女王と夫は手紙を残して逃走した。




やっぱり双子!!?
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