〜平和を求めて三千里〜 後編

「さて、くるか」
 海の向こうに、軍艦が並んでいる。
 港に陣取って、水平線を見つめる王子を取り囲む、四つの影。
「どっどうするのですか王子!?」
「軍事力では負けますよ!?」
「勝てませんよ!?」
「ああ〜もうちょっと税金で遊んどくんだったぁ〜」
 しかし、王子の横に、いつもの、優秀な護衛の影は見えない。
「うるさい! 日干しは夜に出てくるな!!」
 昼間太陽に当たってろ!! っていうかやっぱり減給だ! ボーナスは棒とナスを送りつけてやる!!
「日干し!?」
「王子!? なんということを!?」
「煮干はカルシウムですぞ!?」
「ああ〜予算が余っているうちに遊ぶんだった〜」
「うるさーい!」



「あ〜うめぇ〜」
 やっぱチョコレートケーキはうめえよなぁ〜この前のチョコレートロールケーキ栗入りもうまかった。もっかい食いてぇなぁ〜
「ぶがっ!?」
 と、甘さに浸っていた王子の頭に何かが飛来した。
 チョコレートケーキ(ワンホール)にそのままフォークを突き刺して食べていた王子の頭が皿と机にぶつかっている。
 間にあったケーキは潰れた。
「あーーー!? 俺のケーキーー!?」
「誰のケーキがなんだって?」
「……ぁれ? 藺宇? 何してんだ?」
「“何してんだ?”だぁ?」
「そうか! チョコレートケーキが食いたかったのか! それならそうと言ってくれよなぁ〜いま俺が食べてたのは潰れてしまったが、大丈夫だ。まだある!」
「お前は人が忙しくしているときに何をしてるんだぼけーーー!!!」
「ぎゃーーー!?」

 相変わらず、優麗国の城は騒がしかった。



「まったく」
「あーーすっきりした〜」
 ほかほかと湯気を立たせた藺志がお風呂から帰ってくる。
「で、どーすんだ?」
「待っている」
「待つ?」
「そうよ。明日また、行ってもらうわよ」
「門前払いだって〜」
「そうよねぇ〜」
 あはははーあっはっははーーと、笑い声が響く、王子と王女の私室。
ドガゴン!
「――行ってもらうわよ」
「……はい」
 派手な音が響いたあとは、静かになったそうな。



「おはようございます〜!」
「王女、藺宇?」
 ロール王子のほほは引きつっていた。なんたって、夜明けと同時に真っ白い服を着てやってきたのは王女藺宇。
 予定が狂う。
「いい天気ですわねぇ王子様」
「そうですね。で、ここで何を?」
「だって、今日は王子様と藺志の勝負の日でしょう?」
 ぇえ、すでに始まってるはずの時間なのですが?
「ですから、がんばってくださいませね。これ、差し入れですの!」
 イカの塩辛を持参した藺志だった。



「王子」
「間に合ったか」
「遅くなりまして、申し訳ありません」
「――いや、丁度よい」
 ぇえ、うさ晴らしには丁度いいわ。
 にやりと笑った王子の顔に、弦鋼はため息を飲み込んだとか。



「さぁ、なんだかていよく調子を狂わされた気がするが、行くぞ!」
「はっ!」
「上陸だ!」



 軍艦が向かってくる。
「来たか」
「王子」
「ぁあ、武力行使は最後の手段だ。まずは……」
 分厚い紙を取り出して、王子藺志はにやりと微笑んだ。



「ロール・スフレ・クリーム!」
「わが名を呼び捨てにするものは誰だ!?」
「俺は優麗国王子藺志だ!」
「――王子藺志、このような場所で会うとは」
 まだ、船は上陸していない。上陸寸前。そう、甲板と陸地で言葉のやり取りができる距離。
「だが! お前には負けない!」
 剣を掲げるロール王子。その後ろで兵士達がおおおーー! と声を上げている。その声に負けないすんだ声。
「ペンは剣より強し!!!」
「何?」
 ロール王子は首を傾げた。よく見ると、王子藺志は腰に剣をさしていないし、隣に護衛を一人つけただけと言う軽装。そして右手に羽ペンを掲げている。
 誰がどう見ても、戦いの最中とは言えない。
 その藺志王子に、隣から紙が一枚渡された。
「ロール・スフレ・クリーム、二十四年前、クリーム国長子として生まれる」
「なに?」
 ロールは耳を疑った。
「カマンベール国王による命名“ナチュラルチーズ”は、女子が欲しかった王妃により却下。もとい国王は王妃にそうじゃなきゃ離婚してやると脅され、王妃の好物であるロールケーキとチーズスフレから由来する名を付けられる」
「???」
 それは自分の命名の話である。確かにわが父は母に頭が上がらず、命名の時にはかなりもめたと言う話は聞いている。
「しかし、その五年後生まれた子は女子で、ガトー・ショコラ・ココア・クリームと名づけられる。その二年後に生まれた女子はマカロン・マシュマロ・キャンディ・クリームと名づけられる」
「おいしそうな一家ね〜」
 ひょいと首をつっこんだ藺志。
「いったい、なんの真似だ王子藺志!?」
 意味がわからないか、ふっと、王子は笑った。ぁあと、弦鋼は視線をそらした。問題は一枚目ではない。自分が手渡す二枚目にある。
 一枚目のないようにざっと目を通した藺宇が、一枚目を放って二枚目を求める前に弦鋼は二枚目を手渡した。
「よく聞け! ロール・スフレ・クリーム!」
 王子―藺宇は、高らかに言った。
「これを見ろ!」
「そっそれは!?」
 突然掲げられた紙に、ロールは慌てふためいた。しかし、
「王子、こちらから文字は読めませんが」
「ポトフ将軍……」
 後ろから現れた屈強な男に冷静につっこまれていた。
「ポトフ!?」
 夕飯は決まりだ! と、藺志は思いをはせはじめた。
 ポトフ? おいしいわよねと思った藺宇は、びしっと腕を伸ばしてロール王子を指差した。
「お前は! 七歳までおねしょをしていたな!」
「なななななにぃ!?」
「あまりにひどいので付いたあだ名がシーツに地図描きだ!」
「なな!?」
「これがその時の姿絵だ!」
「わぁ〜かわいくなーい」
 その王女の言葉に、ロール王子はかなり凹んだ。
「総じて、子供と言うものは愛らしい。だが、だがしかし」
 何か、重大発表をするのかと思いたくなるほど間を空けて、王子藺志は言う。
「こいつは太りすぎだ」
 その姿絵は、若かりしころ、かつてのロール王子の姿。かなりふくよかだ。
「やめろーー!?」
 ロール王子のダメージ5!!
「見苦しいわね。着ぐるみ?」
 そして、王女の批評も辛らつだ。ロール王子にダメージ20!
「はじめて出た舞踏会では女性のスカートの中に隠れたらしい」
「変態ジャン」
「子供と言うのは、何をしても許されると勘違いしているのかもしれない」
「え〜さいってい〜」
 さらにロール王子にダメージ23!
「おおお王女、しかしそれは子供の頃の話でしてねぇ」
「え〜でもぉ〜」
「初恋は十一歳。メアリーという女性らしい」
「だぁーー!?」
 ロール王子は頭をかきむしった。
「あら、名前は普通」
 名前はと王女は言う。
「ただし三十二歳だ――年増が好みなのか?」
「ひどいわ! 私のことは遊びだったのね!!?」
「遊ばれたんだ、早く忘れろ、藺宇」
「ぅわ〜ん!」
 王女―藺志は王子―藺宇に泣きついた。
「違います王女!? だいたい、いつの話ですか!?」
「愛に時代は関係ないのよ!!」
 びしっと、ロール王子を指差して王女は言う。
「子供ですよ!?」
「ひどいわぁ〜私を弄んだのねぇ〜!」
「王子、女性とは総じて、過去の恋愛壁を掘り起こすのですよ……」
 どことなく遠い目をして、ポトフ将軍は語った。
「ちょっと待て!?」
「好物は菓子。とくにコットンキャンディ、好きな動物はウサギだそうだ」
「似合わないわねぇ〜顔に」
「王女!?」
 ロール王子にダメージ31。
「嫌いなものはにんじん、ピーマン、魚全般だそうだ」
「どこの子供?」
「ああああ〜〜!?」
 ロール王子にダメージ11。
「今でも父をパパ、母をママと呼んでいるらしい」
「本当ですの!?」
 目をきらきらと輝かせて、王女はロール王子に問いかけた。
「ちがっう……?」
 そのきらきらオーラに押されて、ロール王子は嘘をつくのに失敗した。
「走り転げて階段から落ちた回数百二十五回。何もない所ですっころんだ回数は三十五回」
「へぇ〜すごいわね。数えた人が」
 藺宇のトークスピードが上がっていく。
「初めての告白で黄色いチューリップを持参して平手打ちを食らったそうだ」
「ふぅん」
「次の告白では告白する前に失恋したそうだ」
 王子―藺宇の声が澄み渡るたびに一段階ずつ沈んでいくロール王子。
「愛馬の名前はマシューとナッツ」
「カシューナッツ?」
「マシューとナッツ」
「え〜マッシュルームきらーい」
「……」
 聡明な優麗国の王子は、王女の存在は無視することにした。
「好きな色はピンクで、部屋のカーテンがピンク色だそうだ」
「趣味悪!?」
「ちなみに今は食堂のおばさんに興味があるそうだ」
「やっぱり年増好きなのねぇーー!!」
「違います王女!?」
 藺志が力いっぱい投げた扇子がロール王子の顔面に命中した。
 ロール王子、ダメージ64。HPはマイナスだ。
「王子ーー!?」
 仰向けに倒れて泡を吹くロール王子に駆け寄るガナッシュ大臣。
「ポトフ将軍! 何をしている!? あやつらの暴挙を許す気か!?」
「許す気かと言われても……どう思う?」
 そう言って、将軍は副将軍に問いかけた。
「どうと申されましても……精神攻撃は立派な攻撃手段となりますし、王子には絶大な威力を持っているようですし。何より、かの王子は丸腰も同然ですしなぁ」
 こちらから仕掛けるつもりでしたが、剣も持たずにペンを持つ者を攻撃したらあとで何を言われるか……
「そうだ、それがあちらの王子の戦略なのだろう、が……」
 ちらりと下を覗くと、瓜二つの影が楽しそうに紙を読み上げている。
 初めての舞踏会での失敗! とか、山で迷って猪に追いかけられて泣きながら帰ってきた! とか、いたずらをして怒られて暗闇に閉じ込められてから真っ暗闇で眠れなくなったとか。
 ……主の意思を尊重するならば、止めるべきなのだろうが……
「ビーフシチュー師匠!」
「ああ、デミグラス・ソース、トマト・ソース。守備はどうだった?」
 こちらにもいる双子の兵が報告をしに来た。
「はい、優麗国の兵士達ですが……」
 そう、姿が見えないから偵察に行かせたのだが……
「海岸で焼肉をしていました」
 ………どこまで非常識なんだ、この国は。
「はっ!? 王女!?」
「あああ王子! おいたわしや……」
「気がつかれましたか?」
「――ぁあ、なんだかひどい悪夢を見ていた……」
「悪夢、ですか?」
 いやーな予感がして、ポトフ将軍は問いかけた。
「ぁあ、愛しの王女に――扇子を投げつけられるような……」
「それは――」
「王女藺宇! 私はアナタのためなら火の中水の中!」
 王子の頭の中は丁度いい所でリセットされていた。
 しかし、
「あら、起きたの〜ねぇねぇ! 犬に噛まれて逃げ回って木から下りられなくなったって本当!?」
 ずががーん! ロール王子の頭の上に雷が落ちた。
「それだけじゃない」
 ふっと笑って、王子は四十九枚目を読み上げようとしたが……
「だーーやめろと言っているだろう!?」
「ふっ本性が出てきたな。だが、これはすべて事実だろう?」
 にやりと、悪役が笑うかのように王子藺志は笑った。
「……どうする気だ?」
「他国にうっぱらう」
「やめろーー!?」
 ロール王子は本気で叫んだ。
「さて、これを売られたくなければ……」
「するっ!? なんでもする!?」
「帰れ」
 今日一番の、王子藺志の笑顔だった。



「え〜帰しちゃうのぉ〜」
「仕方ないだろう、自ら、帰りたいと言うのだから」
 言ってないから。クリーム国側の誰もがつっこんだ。
「そう思うなら、お願いしてみたらどうだ?」
「ロール王子、帰ってしまいますの?」
「ぁあ愛しい人……私は……」
 そう言って感激の涙を流しつつ、船を下りて王女の前まできて手を取って、その手の甲に口付けようと……
「年増好きなんて……不潔だわーー!!」
 派手な打撃音が響き渡った。
「ちくしょーー覚えてろよーー!」
 ほほを押さえながら帰っていくロール王子のいわゆる負け犬のお決まり文句に、
「そんなことのために空けておく記憶容量はない」
「え? いいの?」
 と言う言葉で二人は答えた。



「だけど、ホントに帰すと思わなかったなぁ〜いいのかよ」
 夜、もちろんポトフな夕食を済ませた二人は寝台に寝転がっていた。
「何が?」
「だって、お前が何事もなく帰すなんて、おかしいだろう?」
 首を傾げる藺志に、藺宇は笑顔でテーブルの引き出しから一枚の紙を取り出した。
「ん?」
 “突撃☆ロール王子”と題打たれた紙の内容は……
 おねしょの話ではじまり、初恋の話が挟まり、そして今回優麗国の王子に負けたと言う話で終わっていた。
「これ、何枚作ったんだ?」
「三万枚」
「………」
「もちろん、クリーム国に号外でばら撒いてあるわよ」
 ロール王子が戻る頃には、配り終わるでしょうね。ほら、他国には売ってないでしょう?
「………」
「ぁあ、それにしても平和よねぇ〜もっと面白いことはないのかしら」
「平和?」
「平和じゃない。もっと、もっと、面白いことがほしいわ」
 そう言って、藺宇は眠りについた。




個人情報がだだもれだ……
コットン・キャンディ=Cotton Candy=わたがし
命名は2人の友に手伝ってもらいました。
題して「おいしそうな名前、名前だけどおいしそう」
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