〜意思の疎通と楽しい夕食〜

「ねぇ思ったんだけど」
「んあ?」
 声をかけた先で、振り返る影。というかその姿の口にほおばられているもろもろ……
「ぶっ!」
 すここーんと、だるま落としよろしく背後から図鑑を振りかぶって叩きつけた。
「あっぶねぇぇーーだろ!? 頭がもげたらどーすんだ!?」
「もどす」
「死んでるよ!?」
「縫う」
「死んでるから!!」
「ゾンビって、倒しても倒しても出てくるんでしょう。邪魔よね」
「まだ生きてるよ!?」
「あんた」
「はい?」
 突然冷ややかな口調にかわり、斜め上から見下ろしつつのその視線。――暗い。
「なんでしょー」
「私はもっと上品だ!」
 再び、藺宇の一撃が藺志を襲った。


「でーーいーいじゃんかよーだれもみてねーしー」
 ちょうたいりょーにあるしー
「そうよ。三時のおやつだとか言ってなんか料理長が首吊るからとか言って必ず出されていたおやつは全部あんたに行ってるもの」
「俺は満足だー!」
「ええ私も満足よ。食べなくてもよいという点においてはね」
「んーなんかーめんどそうだなー」
 片手に手づかみ、片手はスプーンという装備の藺志は身の危険を察していた。
 だが逃げない。
「そうよ。で、なんなの?」
「――お?」
 いくらなんでも、お前はハムスターか!
 再び凶器を振りかぶるそして腕を回し――すかっ
「はっはっは! そう何度もくら」
 ばこーんと、頭を上げた藺志の顔面に図鑑が直撃した。


「きゃー! 王女様! どうしたんですの!? その顔! いつもてれっとしているかわいいお顔が、跡形もないですわ!」
 どこからどこまでを誉められているとするべきなのだろうか。
「扉にぶつけたの」
 泣く泣く、王女―藺志は答える。
「まぁ」
 茉衣莉は目を丸くした。
「ぶつかったにしては叩きつけられたかのように見事な痣ですが……そうじゃありませんわ! すぐに冷やさないと」
「うぇ〜」


「ああ王子、いったいどこに行っていたのですか」
「ちょっと身の振り方を指摘しに」
「はい?」
「こっちの話だ」
「はぁ……そうでした。蔵書にご希望の物が届いておりますので運んでおきました」
「よし」
 最近の愛読書は動物図鑑。新しいのは植物図鑑。



「藺宇、何をおもしろい顔をしている」
 夕食時、珍しく時間に間に合った王子の一言目はこれだった。
「む〜!」
 目と口を残して、その他の場所が包帯でぐるぐる巻きの王女はうめいた。どこか、恨めしげな視線だ。
「なんだ、何かおもしろいこともあったか?」
「もう王子様! 王女様が大好きなのはわかりましたから! そうやっていじめないで下さい。王女様は牛の群に踏みつぶされて顔面強打なのですから」
「むーー!」
「違うって言ってるぞ」
「あら? ドッキリ作戦じゃないんですか?」
「むー!」
「違うそうだ」
「まぁ。王女様の口がふさがれても、二人の意志疎通には全く問題ないんですわね!」
「あるだろ」
「むむむー!」
「ほら」
「む」
 さて、ほほえましい光景だなぁと一言ですませてしまえばそれまでの光景が繰り広げられた。
 微笑んでいた茉衣莉が、調理場に姿を消した。
「それで、夕食は?」
 席に座った王子は、それこそ涼しい顔で何事もなかったかのように問いかけます。
「むに〜」
「鶏肉?」
「むむにむ〜」
「照り焼き?」
「王女様のメインは鳥の照り焼きですね。王子様は?」
 一切目の前のやり取りに動じない弦鋼が、メインディッシュのメニューを聞く。
「牛のステーキ」
「むーー!!」
 王女様。怒りました。
「なんだ」
「むー! むむー! むむむーー!」
 何か大声であろう声で机をばんばん叩いてます。
「うるさいぞ。だいたい、ほうたいぐるぐるで食べられないだろ!」
 ががーんと、王女様の頭に雷が落ちました。
「今頃気がついたのか……」
 だーと涙を流す王女様、その正面で王子様、はぁとため息をついてフォークを持ちます。
 そこへ、料理を持って茉衣莉が帰ってきました。
「あら王女様、どうなさったのです」
 かくかく、しかじか。
「ということで食べられないだろう」
「まあ。後ろのリボンをほどけばとけますのに」
 あっと言う間に、王女様の顔が現れました。
「「紛らわしいわぁ!」」
 二人でつっこみました。

2009.09.27
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