〜結局あの人どうなった?〜

「こちらでお待ち下さいませ」
 そう言った男が部屋を出て行く。あとに残されたのは、自分と、警護兵。この前と変わらない。

「………」
 ゆっくりと調度品に腰掛ければ、バタバタとドアの外の廊下を走る音。

コンコン――ガチャ
「……」
 ノックの意味はないだろうと言いたくなるような速さで開かれた扉。

「―――なんでまた来たんだ?」
 呆れたように言う王子―――いや、今や女王の兄として政治に関わる――――事もなく一日を勝手気ままに過ごす男。憂麗国(ゆうれいこく)王子藺志(いし)は言った。

 再びやって来た憂麗国。あの時と同じ警護の兵と、あの時と同じ部屋。違うのは、玉座に君臨する女王と、むしろこちらを相手にする気もない王子だ。


 とりあえず、あっけらかんと女王の即位式が目の前で行われていた。(大臣が一人もいなかったのは気になったが、そこは他国の話であるし。)数ヶ月前の話だ。さらに言うならもうなつかしいと言うか思い出したくないような気もする話だ。泉で水浴びしていた女の裸体を………男が女の格好をして自分を追い出そうと模索していたあの時。

 即位式の途中でばっくれて自国に帰ったがな。

「どうであった?」
 そろそろ結婚相手の一人や二人や何人かは見つけてほしいと影で工作していた父親――王は帰って謁見したときに問いかけた。

「別に、取るに足らない国だと思いましたが」
「――――ほぅ?」
「別段、取り立てて滅ぼす国でもないと」
 むしろ、返り討ちにあいそうだ。はるかに軍事力ではこちらが勝っているのに、無事ですむと思えないというか、むしろあの女王が報復しないはずがないというか……
 そう、“拷問”が好きだと言ってのけた女が。

「まぁ、よかろう。こちらに引き込む価値はそう高くない」
「………」
 見方にしておいて損はないだろうし、絶対に敵に回さないほうがいいだろう。が、あの国が、女王が何かに屈するとは思えない。
 心配する必要はない。どこかの国のものとなる事はない。あの国はあのまま小国であり続けるのだろう。


「……そういえばどこか女王が立った国があったらしいが、愚かなことだな」
「そうでしょうか」
「―――?」
 王が自分の言葉の心意を問う前に、背を向けて謁見の間をあとにした。




「なんでとは、ずいぶんな言いようだな」
 顔を引きつかせながら、回想を振り払い言った。うまく顔を取り繕う事はできていたのだろうか。
「大国の王子様が暇つぶしーーー」
 対して藺志の態度は悪い。
「………お前、」
 その態度に怒りよりもむしろ脱力をこめて、はじめにこの部屋に入ってきた瞬間から突っ込みたかった事を指摘する。
「はい?」
「いまだにその格好なのか………?」
「さすが俺、何を着ても似合う……」
 一人悦に入った男に、今度こそ本当に脱力した。

 なんだって、いまだにドレスを着ているんだ………





「で、」
「え? あの女王?」
「だからどうしたのよ」
「だからどうしたと言われますと……」
 言葉に詰まると言いたげな大臣に女王―藺宇(いう)はずばり言った。

「それくらい、重要じゃないのね」
 口をあんぐりと開ける間もなく大臣の一人が卒倒した。―――久しぶりに。なんたって、藺宇が目を見張ったくらいである。

 と言うのも違和感なく。数ヶ月前のダブルショック(王子→藺宇=女&王女→藺志=男+気がつけば即位していたのは女王)と言うことがあってから、大臣はそう頻繁に卒倒しなくなった。………慣れた?
 と言うよりも、もうこれ以上驚く事はない! って感じ。ご老体は大切にしなきゃ! 表面上。

ココンッ!
「何?」
 誰と問う間もなく内容を問いかける藺宇。慣れたもので入ってきた弦鋼(げんこう)はもう驚かない。
「王子が呼んでおります」
「藺志が?」
 何なのかしらと公務をほっぽって席を立つ藺宇。すばやく王子がいらっしゃるのは客間かとこそっと問う大臣。
 ―――そう、いかに来客に引き合わせるか悩んでいた大臣は、ようやく肩の荷を降ろした。




「お前もか………」
 女王が部屋に入るなり、またも脱力した。政治上の身分で言えば、自分は一国の王子で彼女は女王。大国と小国の差を考えなくとも、はたしてどちらが上になるかわかりやすすぎるものだった。
 だがしかし、問題はそんなどうでもいいことではない。

 言ってしまえば軍服に身をつつんだ女王。

「動きにくいの。着てほしかったらもっと着替えやすくて動きやすいのを準備しなさいって言ったわ」
「で、せっかくなんで俺が着ていると」
(何がせっかくなんだ………)
 ついに頭を抱えた。
「ってか何しに来たのよ」
「…………」
 さらに止めを送る藺宇だったりする。

「いや、海路の一部を借りたいと思ってな」
 目的はある。一応。
「………根回し?」
「娯楽?」
 少し考えた女王の言葉に続いて王子が言う。

「………即位したときに困らないようにだ」
  長く半月を描く大陸の中の海に浮かぶ憂麗国。この海路を通れば、この前属国となって迎えいれられた国まで、別国の領土を通ることなく行ける。

「(海賊に扮装(ふんそう)して襲わせて、積荷の三割くらいは分捕(ぶんど)れるわね)………いいわよ。これを持っている船一隻なら海路を通っても」
 そう言って、女王は腕にはめていた銀の腕輪を放り投げた。
 受け取って眺め、少し驚いた。
「お母様の形見だから、なくしたら殺すから」
 殺しに行くーでも、許さないーでも、殺されないようにーーでもない。“殺す”断言。
「お前が来るのか……」
「もちろん」
 こう……どこまでも追ってきそうな………

「……女王の船だとわかって襲ってくるような者達は、女王の手の者であるんだろうな?」
「………どういう意味かしら?」

 二つの顔が微笑んで、笑顔が二つ並んでる。
 背後におこった雪嵐に気がつきもしない藺志だけが、弦鋼から受け取った台車に乗ったお菓子に手を伸ばしていた。


 それから数年後、尊信国(そんしんこく)に新たな国王が即位した。


 すぐに三十になろうとする王であった。大国に庇護を求めた国を属国として前王がいくつも迎え入れており、膨れ上がった国をいかにしてまとめ上げるかが課題であったと王は言った。
 后と、妃は合わせて三人。子供は二人の王子と、三人の王女がいた。

 長い統治の、安定した生活。新しきことを始め、起こし実行する。戦争と言う名を借りた領地の奪いあいがなく、主だった乱も編も起こらなかった王の統治について、残された言葉が多いのは政策の正確さであろう。人々がすごしやすく、安心する国―――

 後世の人々は、いくつものいくつもの王をほめたたえる本を手にすることができる―――が、ただその本の中に一つだけ必ずと言っていいほど、添えられている言葉がある。



 “あのすばらしい王が、なぜあれほどまでの小国憂麗国を対等に扱っていたのか、理解できない”と――――


ーーーーーー


あとがき
あの人のその後。本人視点なのであえて名前は出してませんが、最初から読んでいただければわかるかと…
この話は“双子”メインの話なので、あまり深く関わらせるのはやめました。
まぁそれでも、後世の人々は謎に思うんでしょうね。本の中の一言を。


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