「今日もいい夕焼けだと思わないか?」
 赤く染まりはじめた空を見上げて、弦鋼(げんこう)に声をかけた。―――憂麗国(ゆうれいこく)王子藺志(いし)。
「は? ―――そうですね」
 かけられた護衛はなぜそのような事をいきなり問いだすのかわからずも、同意した。

 ようやく、一日が終わる。ようやく。――長い!! なんだってあんなに謁見があったわけ? 書類は少なかったからもう終わったけどさ。終わりよ、終わり。寝る!!

「こんな日は、何事もなく………」
 ―――待った。最後に、私と、藺志(いし)と兵士と侍女と料理人と商人以外は、廊下を走るなとふれを出すべきね。

「ぉぉお王子!!?」
「大変です!!」
 素っ頓狂な声をあげてドアを突き破りそうに大臣共を……

「終わるはずもないんだ」
 ……殴っていいかしら?



〜今日は多忙な一日で〜



「で、どういうことか説明してもらおうか」
 その前にまずは窓から落ちてもらっとくべきでしょ、二人ぐらい。
 机にひじをついて、かったるそうに王子が言う。―――当たり前だ、なんたって、今日の執務はもう終えそうであったところに、未処理書類が……おお怖い。

「……い、いえその……」
「あのですね」
「さっさとしろ!」
 今更取り繕うな!
「はぃ!!!?」
「あ、明日はまた訪問者がやって来るので……」
 また婚約者? ってか謁見以外にこの城に来る奇数な人間なんてそれしかいないし。
「で?」
 ぁあ、寒い……
「そ、そちらの予算を…」
「予算?」
 何につかったのかしら? 第一、どこから?
 氷が刺さる……ピキシと、大臣様達が固まった。
「いえ、あの……」
「それは王子…」
「過去にくすねて来た税金をそこにつぎ込んでいるのか」
「「「…………」」」

 雪崩が、おきた。

「つまり藺宇(いう)を結婚させるならやっぱり是が非にでも大国にと目論んでなおかつ訪問したいとの書状にこれぞ好機!! とドレスを用意させて城の外装を整えて部屋の調度品を一式そろえてうまい具合に二人をどうにかそれっぽく持っていくにはどうしたらいいかあれこれ模索したわいいが結局これといった案も出なかった上にただ見処理の書類が溜まっただけか!!!」

 王子が目を通すものはすでに大臣による選別が行われたものである。―――とはいえ、“今”の王子には誤魔化しはきかない。なのでまずは先に目を通しているのである。だが、全部見る時間がないのでとりあえず重要そうなのを先に………処理していたはずだったのだが。

「返す言葉もないといいますか……」
 かろうじて、大臣の一人が言った。

「―――まぁ、いい。“今”は、先にこれだ。で、期限はいつだ?」
「明日です」
「………なんだと?」
「明日なのです……」
「どれが?」
「そちらのものすべて」
「………」
 机の上、ざっと百単位?
 ―――ちょっと待ちなさい? 最低でも一か月分はあるわよ? ってことはねぇ。重要そうでないものを溜め込んだって話? ―――言っとくけどあんた達が重要視しないものってけっこう重要なのがあるんだけど?
「………おい」
 大臣共が王子の声に震えた。

「いったい、いつから計画を立ていたんだ!!!!」
 大体、私になんか言ったか一言でも言ってないわーー!!



 それで最近、必要以上に会議を早く終わらせたがったのね。




「あら藺志は?」
 食堂にやって来た弦鋼(げんこう)に、憂麗国王女藺宇(いう)が問う。
「それが……大臣様達が…」
「大臣?」
 またなんか怒らせたのかーーーばかじゃねーぇーのーー
「まぁ、何をしでかしたのかしら?」
 今日は夕食を一緒に取れないとの事なので、目の前の食事に手を伸ばしながら聞く。―――うめぇーーこのコーンスープ。
「未処理の書類を大量に」
「あ! これいらない」
「王女様?」
 質問の答えを聞いていないような気がするから声をかけたのか、それとも嫌いな生魚を給仕に突っ返した事を咎めたのか。
「なんで魚と野菜一緒にするわけーー」
 “カルパッチョ”だ。
「ってか書類? ふ〜ん何枚くらい?」
「二百はあるかと」
「………あらま」
 そりゃ切れるなぁ。―――第一、今日の仕事はもう終えるはずだし。なんだか最近は書類の数が気持ち少ないから早く終わるって言ってたものな。久しぶりに着替えなおして食事にするか? って聞いたら、そうね〜とか言っていたのに。

 この二人、食事は交換したまま行う事が多い。だって、現実そうする事が多いので必然的に。つまり、王子の嫌いなもの=藺宇の嫌いなもの。王女の嫌いなもの=藺志の嫌いなものである。元に戻って食事をしようものなら、その役職に合わせた食べものしか食べられない。―――まぁ、たまに戻って食べているけど。

 これも早いうちから交換していたおかげだねーー子どもの頃は同じ物が嫌いだったけど。
 それに藺志は甘い物が好きだから、王女になればいくらでも、引かれる事なく食べられるし。
 藺宇はこれと言って好き嫌いは激しくないけれど、王女でいると必要以上に甘い物が出てくるので嫌がるし。


「おそらく、徹夜になるかと。」
「………ん〜おいし」
 メインの肉料理。やっぱり肉だ! 肉!! うまい〜〜鶏肉! 皮こんがり!!
「あ、わかったわ、今日は部屋にも戻れないって事ね。」
「………」
 まぁ、まとめは。
「私はここで夕食だけど、あなたは早く戻ったら? そろそろ藺志がていのいいパシリがいなくてさらに機嫌悪くなるわよ」
「……………。」
 長く沈黙した弦鋼は、一度嘆息したのち、一礼して出て行った。

 さ〜て今日のデザートはなんだ?

 いつも、王女には二、三皿用意されていた。




「―――王子」
「なんだいったい」
「………。」
 ああ、機嫌が悪い。どうしてくれる。この部屋から立ち去った大臣達は知らない。――――この怒り狂った王子の怒りの矛先が、めぐり廻って大臣達をどうひねりつぶすか考えている事になっている。そして、その計画を自分が聞くことになっているのだから。
「食事は……」
「あとでいい」
「では、飲み物だけ用意させます」
「どうして、後ろからコキュっと首を閉めてやれないものか」
「……」
 つっこまないあえて触れない。さわらぬ王子にトバッチリイなし。
「そのほうがこの国のためだと思わないか?」
 いや、きっとこの王子もいないほうが……
「なんだと?」
「あ、いえお!! 王子! お茶の用意が!!」
「―――あ?」
 いい香りたつお茶。だがしかし。
「………おい」
「はい?」
 問題があったのか…絶対。
「眠気を誘うものは却下だ却下」
「…そうですね。―――申し訳ないが…」
 ぺこりと、侍女はお辞儀をして出て行く。
「(…あ、まずったわ。だって、彼女に怒ってもしかたないもの。コイツに怒るならいざ知らず。)………待て」
 なんつー扱いなんだ弦鋼に対しては。
「なんでしょうか王子様?」
 いつも、大臣と弦鋼の扱いを見ては笑いをこらえている侍女は振り返った。―――そういえば、彼女ももう長いほうだ。
「―――食事にする」
「こちらでなさいますか?」
「………」
 ちらりと、机の上。紙の山。―――どうして、同じ紙なのに燃え上がってくれないのかしらねぇ?
「食堂に行こう」
「でしたら、まだ王女様がいらっしゃいますわ」
「………」
 うわ、失敗したかも。




「―――あら〜」
 食堂に入って行くと気付いた藺志がフォークをふっている。
「………」
 気持ち悪。なんだってそんなに甘そうな物が……四皿目?
「もらっといたわ」
「……俺の分か」
「もっちろん!」
「好きにしろ」
「王子様、今新しいものを」
「そのままでいいだろう?」
「何をおっしゃいますか!!」
「王子様に冷めたものをお出ししたなんて総料理長が悲しみますわ!!」
「……そうだったな」

 新しい料理が用意されて並ばれる。この場で食事を取るのは私か藺志しかいないから、どっちかしか食べていないとつまらない。―――それを知ってか、藺志は私が食べ終わるまで食べていた。デザートを。




「ぁあ、まったく」
「………」
 夜も更ける中、執務室には王子の怒りの愚痴が流れる。部屋には机に座ってひたすらにペンを走らす王子と、自分しかいない。王子の後ろ、右側にある窓から下を眺め、見下ろす。そろそろ、部屋の外の見張り兵の交代時間だ。
「―――明日の仕事は?」
「謁見依頼が二つ、それに書類の類はこちらに。」
「一つは断れ」
 どうせ王女への求婚者だし。まぁ、今回ばかりは藺志に任せようっと。うまくやってくれるでしょ。
「もう一つは」
コンコン!
「入れ」
 部屋に入ってきた兵士のもつ手紙を、言われたとおり弦鋼が開き見る。
「もう一つは、西大臣様がどうにか延期してもらうよう手配したそうです。」
「でなければ本気で首を絞める」
「………」
 沈黙した弦鋼を無視して、さらに王子は執務ペースを上げた。
 無視された弦鋼のほうといえば、もう何も言うまいと心に決めていたり。




ちゅんちゅん
 ―――鳥の声が聞こえる。もうすぐ、カーテンから心なし光がもれるはずだ。
「………もういい」
 終わりだーーおわりったら終わりよ!! もう寝る!!

 その声に、壁に背を預けていた弦鋼が目を開ける。――――彼は眠ってはいないことを、誰よりも藺宇はわかっていた。

「これで支障はないだろう。」
 王子の下にやって来た書類。政治、経済、税金。土地。その他、国に関することすべてだ。
 文句がある奴は自分でどうにかしろ!
「俺はもう休む。お前も休め」
「いえ、私は……」
「休め、いいから二時間でも三時間でも眠って来い!まかり間違っても部隊に指導しに行こうものなら、次から徹夜の時の部屋の中の警護は別の兵士にするからな」
「……」
 この男の忠義がどれほどか、計るのはできないことだ。
「いいな」
「は」
 その言葉を聞いて、藺宇は自分の部屋に向かった。



「ねーーむーぃ…」
 自分の部屋の寝室で上着とズボンを脱いで、胸当てを外す。楽な格好になりつつある途中で、藺宇はベッドで寝てしまった。
 ―――時間は、そろそろ藺志がおきだす頃だ。

 この国の王子と王女の寝室は三つある。部屋に入ってまたさらに二つ扉をくぐった先。向かって右が藺志の寝室。左が藺宇。真ん中が二人の寝室である。―――どの部屋も、確実に四人は眠れるくらいでかいベッドがあるのだが。

 部屋に王子が入ったのを確認した弦鋼が自室に引き上げた。そして、城の人々が朝だから起きだした。

 それから数時間。

「ん〜〜よく寝た」
 藺宇はおきた。真っ昼間に。

 寝室を出ると(藺志と藺宇が寝室で眠っている時は、緊急時以外誰一人として部屋には入れない。)に行くとテーブルには水差し。―――今日はピンクの花びらが浮いていた。水差し表面に水滴が流れる。
「………。」
 まったく口もつけいていない水を替えにこなくても…

 そして気がつかなかった。うん。よく寝てる。


 さて、着替えて王子になったあと、食事を頼もうと部屋を出ると、聞こえてくるお話。……ろくでもない。
 今更ながらに王女様と大国の王子の進展を!! と目論む大臣共に近づき黙らせつつ、弦鋼の変わり(弦鋼は大国王子を追い出すために奮闘中)にいる護衛の兵士に気がついた。まぁ、いつも誰かしらいるが。

 一度部屋に戻って再び眠っているふりをした。
 ちなみに、朝ごはん(昼兼用)はサンドイッチだ。




がざがさがさ……
 木の多い森を、藺宇は小走りで走っている。手には大き目のタオル。
(みーずーー)
 藺宇は水浴びが好きだった。もちろん、今の季節氷ははらない。この国はどちらかといえば一年を通して暖かい。空気は乾燥している。―――しかし、問題は風が強い事である(時々)。
 水浴びをするために密かに部屋を抜け出した藺宇は、昔よくこっそり藺志と遊んだ泉にきた。

 早々と服を脱ぎ、
ぱしゃん!
 昨日はお風呂にも入れなかったので、ゆっくりと水に浸かる。
「ん〜〜〜」
 まずは身体をならして。

「はーー」
ざばん!
 見た目より深くなっている中心に、藺宇は潜った。

(きもちいい〜〜)

 水の中でゆれる視界、底にある岩。砂。水草。息が続くぎりぎりまで潜った藺宇は、水面に戻る―――

ザバァ!
ガザァァァ―――

「こちらですわ〜〜」

 そして、そう言ってやってきた藺志と、訪問していた王子に出会う。



あとがき
そこまで多忙でもなかったですね。ま、いっか。
ちなみに最後!最後書きたかった〜〜♪


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