〜今日も“仕事”に励みます〜


「あはようございます、王女様」
 廊下ですれ違った大臣が、にこやかに挨拶をしてくる。
「機嫌がいいわね……」
 また、何か思いついたのか〜?
 まったく気に書けたこともなく(自分が楽しいので他人の楽しみなど二の次)、真新しい白いドレスを着たまま通り過ぎる藺志(いし)。
「おおお王女様!」
「どちらに!?」
「あっち」
「何をおっしゃいますか! 今日は呈施(ていせ)国から紀導(きどう)王子が王女様に会いにこられるのですぞ!!」

 つまり、今日もまたその王子を追い返せばいいのか。



「はじめまして、王女藺宇(いう)」
 やってきた王子は、まぁそれなりにおそらく女性に聞けば百人中九十人はかっこよさにくらりとくるであろう容姿をしていた。そしてさらに、出会いがしらにひざまずいて手を取って項に口付けしてくれるんだから。――しかし、
「……」
 ほら、藺志は男だし。男に興味もないし。女装は好きだけどね。
「……王女?」
 王子様、なんの反応もないことにがっかり。これまでなら、あらまぁって、赤くなったり得意になったり微笑んだりしてくれたのに、女性たちは。

 だから、藺志は男。

「おっ王女様!」
「よっろしければ城の中など案内してみればよろしいのでは!?」
 大臣、フォロー頑張るねぇ。
「お願いできますか?」
 またも微笑んで、紀導王子。
「あーーどちらに向かいましょうか?」
「あなたの好きな所に」
(………食堂?)
 藺志はおなかがすいていたらしい……




「そろそろ王女様の(朝の)お茶の時間かしら? あ、弦鋼(げんこう)様」
「何か?」
「王女様がどちらにいらっしゃるか、ご存知ではないでしょうね……今日はまた多いようですし。少しお持ちしましょうか?」
 一抱えもある書類を、腕いっぱいに抱えたままの弦鋼。もう前も見えない。
「いえ、お気遣いなく。この順番で王子様にお渡ししないといけないので。それと王女様は、今日は求婚者と一緒だと思いますが」
「まぁ、求婚者と」
「それでは、失礼」
「はい」
 急ぐようで、足早に立ち去る弦鋼。一つお辞儀をして見送る茉衣莉(まいり)。
「でもどうしましょう。そろそろ王女様、おなかをすかしてしまって甘いものを求める頃じゃ――」




「いただきまーす!」
「……」
「食べないのですか?」
「いや……」
 ちょっと困るよね! でてきた料理がどっかで見たことあるようで食べるなんて考え付きもしないような動物の姿焼きとかね!! かぶりついて食べる王女様とかね! 意を決っして食べてみればすっごい甘口とか!!
「………おいしいですね……」
 それ本心!?
「そうでしょう!」
 ここで微笑んでいるよ藺志! そこ! 一緒になって嬉しそうに微笑まないで! 騙(だま)されているよ!! 微笑めば可愛いもんね! 一応! 藺志って!!
(あ、違った。追い返すんだった)
 おいおいおい。



「次は、どちらに連れて行ってくれるんですか?」
「どうしましょう?」
 立ったまま、ほおに手をあてて考え込む藺志。そのしぐさの可愛らしい事。
「悩まれる姿も美しい」
(……バカじゃねえ?)

 とりあえず、無言で(ことごとく紀導王子との会話をぶった切って)廊下を歩く二人。




「王子。持ってまいりまし……王子?」
 ようやく弦鋼が最後の書類を部屋に運び込むと、部屋の中は無人だった。三階の窓に取り付けられたカーテンが、ただはためく。
「……鬼ごっこですか?」
 しかし、窓から下を見下ろせば、すぐ近くに王子はいた。その顔は一点を睨んでいたかと思うと、次に笑った。
 口の端を上げて。とても楽しそうに。

 またも、何かよからぬ事を思いついたらしい。




 さて、それなり(現実)に御見合い状態な二人の会話を聞いてみよう。

「王女のご趣味は?」
「食事」
 食事? 一瞬ひるんだものの、それでも表情ひとつ変えない紀導王子。
「……お好きな食べ物は?」
「とうもろこし」
 ピンポイントだ。
「なら、今年の夏に贈らせましょう」
「生嫌い」
「……料理していただければいいのではっ?」
「どんなものが入っているのかわからないものは食べられないわ!」
 なんの話だよ。どこぞの加工食品か?
「……あ、歌がお好きだとお聞きしておりますが……」
「情報漏れ!?」
「ぇえ!!?」

 ……以下はかわいそうになってくるので省略しよう。




「やっぱり王女様がいらしたのですね」
「そうですよ」
「で、甘口のお肉を?」
「御所望されました」
「ならお茶の時間には、さっぱりした果汁を入れたお茶にしますわ」
「それがいいですなぁ」
「ありがとうございます。総料理長!」
「いやいや」
 厨房から小走りで出て行く茉衣莉を、燕雅(えんが)が見ていた。




「何か、見たいものはないのですか?」
 いい加減で、さてどうしたものかと悩みつつ、藺志は紀導王子に問いかけた。
「ええ、あなたを」
 この期に及んで懲りない紀導王子。そこだけは賞賛してくれるかもしれない。
(帰れ)
 藺志以外の誰かなら。
(とりあえず外に連れ出すか)
「では中庭に行きましょう」
 またもあっさりきっぱり交わされて(相手にされなくて)悲しんだ紀導王子。
「いいですね」
しかし、二つ返事で頷いて。

 果たしてそれは運の尽き?



 さてこの城の中庭には、色とりどりの花が植えてある。花壇に、そこかしこに。いつも庭師のおじさんや、侍女たちが世話をしている。
 花より団子状態の藺志のために。
 まったくもって興味の湧きようはずもない、藺宇のために。
 いや、別に二人とも花が嫌いなわけじゃない。だが、あの二人に花を愛(め)でる趣味があるかどうか……

 警備の兵士があくびを噛み殺している。そんな感じで特別普通の兵士には何事も起こらない。それが日常。視界の端に王女様を見つけて背筋を伸ばしていたけれど。


(どうやって追い返すかねーーあそーだ)
「あ、何かに躓(つまづ)いてっ」
「王女!?」
 ぐらりと、揺れた藺志の体を支える紀導王子。傾いた体は支えられ、二人の距離が近づく――
ドスっ
「「……――?」」
 鈍い音、地面を見ればすぐそばに、黒く輝く包丁一振り。
 はらりと、紀導王子の髪が舞った。
「「……」」
 恐る恐る、空を見上げる二人。――雲ひとつない、いい天気。
「「……」」
 何か、恐ろしいものを見たように顔を見合わせる二人。と、
(――!!?)
 かろうじて、藺志は悲鳴を飲み込んだ。
 なんだって、そりゃぁ誰だって、ふと見た向こうの窓に人影が映っていて、しかもそれは、黒い顔でこちらを睨んでいる藺宇! と、目が合えば叫びたくなるよね!
 しかし、そこは藺志。まったく何もないようにただ前を見ているだけ。ほらほら、紀導王子は気がついていないし、ただ苦笑いですよ。
 引きつった笑みで返しつつ、藺宇の様子を窺う藺志。

 そして、ぼんやりと浮かんだ藺宇の口が動いた。

 ご・ま・か・せ――

「――!!? あ、ああ!? さっき躓いた時に挫(くじ)いた足が痛くて歩けない!」
 そう言って、藺志はいきなりしゃがみ込んだ。
「大丈夫ですか王女!?」
 しゃがみ込んだ藺志にあわてて紀導王子が手を伸ばす。
「……もう歩けない」
 目に涙をいっぱいためて、上目遣いに見上げる藺志。そりゃぁもう、儚(はかな)い? 可愛らしい?
「大丈夫です! 私が運びます!」
「まぁ!」
「何をしている」
「藺志」
 はっと紀導王子の背が伸びた。
「これは、王子様」
「どうしたものか?」
 低い声で言いながら、王子藺志が二人に近づいてくる。
「何か?」
 足が痛くて動けない王女を抱き上げようと、紀導王子は手を伸ばしたままだ。
「どういうことだ? まさか、俺の半身に怪我を負わせてくれるとは」
「いえ、それは――」
 さっと、藺宇は藺志の腕を引っ張って抱き寄せた。
「ふざけるな! そんな不注意な奴に俺の半身は預けられない」
「なっ何!?」
 何もしてないのに!!?
「馬鹿を言うな。躓かせるなど言語道断!」
 自分からこけたんだけどね〜藺志。
「それはっ」
 うわぁ、紀導王子言葉に詰まっているよ! おかしいよいろいろ!!
「つまみ出せ」
 無慈悲な、王子の言葉。
「ちょっと待ってくれ!」
「待てない」
「おい? 何をするっ」
 いきなり現れた弦鋼。強い力で紀導王子の腕をつかんでいる。
「申し訳ありません。しかし、王子の命令ですので」
 苦渋の決断を迫られたようにあきらめた声で、弦鋼が紀導王子を掴んで引きずっていく。
「なっなぜだーーー!?」

 紀導王子が確実につまみ出されるまで、憂麗国(ゆうれいこく)の王子と王女は抱き合っていた。



「……なーー藺宇」
 つまみ出されていく影を見送って、藺志は藺宇に問いかける。
「何よ」
「あれ、なんだ?」
 地面にさっくり刺さったまま光る包丁。
「私のコレクションよ」
「……」
 なんのための?

 ふと、視線先に、無様に走ってくる影が見えた。
「「「「王女さまーーぁ!」」」」
「来たっ」
 さっと藺宇の腕の中から抜け出して、走り出す藺志。
 大臣はきっと、また王女が求婚者を追い出したのだと察したのだ。
「王女さーーまーーなぜですかぁーー?」
「あの方の何が気に入らないのですかーーぁー」

「顔」

 わかりやすい(?)藺志の一言ですべてが片付いた。

「「ななんですとーー」」
 なんですとーーなんですとーーなんですとーー……

 大臣の声がこだました。




「あら? 山びこ?」
 仕事の手を止めて茉衣莉。
「もっと風情のあることを言えばいいのに」
 何事もなかったかのように、手を動かす。
「あ、そろそろ(お昼の)お茶の時間ね」
 今日のカップは、何がいいかしら。


 そして何事もなかったと、憂麗国の一日は終わる。


一言
王女(藺志)のお仕事=求婚者を追い返す事


目次
2007.06.21