〜迷子はいずこ?〜


「……しかたないわね、藺志(いし)探してきて」

 そう女王に言われたのは、今朝。

 でだ。
「お願いしま〜す。隊長」
「なぜだ」
「俺らが王子様のいる所なんて知るわけないじゃないですか」
「私が知るはずないだろう」
「俺だって知りませんよ」
「………」
 だから、私だって知るはずないだろう。
「でも、もしそれが女王様なら探せますよね!」
 似たようなものですよ。

 ―――比べ物にならないくらい違うものだ。



「この近くに、いたのだろうが……」
 あの、藺宇と一緒に早馬車に乗り込んだ乗り合い場。そこから、王子の影も幻聴も聞いていない。
 久しぶりに愛馬にまたがって、弦鋼は街道を走る。

「王子さまー? 王女さまー?」

 ……どっちで探すべきなのだろうか……

「藺志様、いらっしゃいませんか!?」

 無難(ぶなん)に名前を呼ぶことにした。


 街道を走らせると、”“瑠(る)”と“恵(え)”の間にある町にたどり着いた。さっそく、酒場に向かった。

「は? 緑の髪の美男子? 見てないねぇ」
「は? 緑の髪の美少女? ぁあ、見たよ。五日前に」

 それだ。


『確か、星になったよ〜』
 酔っ払いは、まったくもって役に立ちもしない情報を売りつけてきた。

 そして、情報は途絶えた。







 さて、その頃迷子に決定された藺志ですが……

「本当お義母様!」
「ぇえ、もちろんよ!」
 とある家で大量の服に囲まれ、毎日着せ替え。あふれんばかりの宝石、装飾品。ピンクのカーテンがはためく部屋。乗りきらないぬいぐるみ。お菓子の甘い香り。楽器、歌、演舞、料理――ほとんど藺宇が嫌悪しそうな物に埋め尽くされた部屋で、“義母”と楽しく遊んでいた。

 話を数日前に戻してみますか……

「ちくしょーーどこ行った藺宇〜〜?」
 すでに、二人は馬車に乗り込んでいる。
「おっ! あれはなんだ?」
 運よくついた馬車乗り場で、一人行き先路線を見つめる。さて、二人はどこに行ったのかーー?
「お嬢さん、どちらまで?」
 そんな中、偶然人のよさそうな貴族が通りかかり、みすぼらしさよりも儚(はかな)さの際立つ藺志に声をかける。
「それがっ! 妹が連れさらわれて! ―――わたし、私どうしたらいいのかわからなくてっ」
 ある意味で嘘とも言い切れない。
「何!? それは大変だ!!」
 藺志の涙に騙された、世間知らずのお坊ちゃん。
「どこに連れて行かれたのか! ――ぁあ、それもわからないのか」
「……ぅ……」
「ぁあ、泣かないで美しい人」
 そう見えるのだから恐ろしい。
「わたし、妹のことを考えると夜も眠れなくて……」
「わかりました、とりあえず“瑠”に向かいましょう! あそこならしっかりした警吏がいます。何か情報がつかめるかも!」
「本当ですか!」
 輝かんばかりの笑顔に、男は騙された。



「さぁ、つきましたよお嬢さん」
「ぁあ、本当になんとお礼を言ったらいいのか……」
「いえ、本題はこれからです。何が何でも、妹さんを見つけましょう」
(―――あ、そうだった)
 もう、どうでもいいらしい。とりあえず歩くのが面倒になっただけだから。
「いえ、そんなご迷惑は……」
「何を言いますか!」
(うざっ)
 ――おい。
「まずは警吏の所に!」

(早めにばっくれるか)

 そんなこの国の王子様。





「なんだとっ! それは本当か!」
「はいっ! このお嬢さんの妹さんが……はれ?」
 忽然(こつぜん)と、隣にいた少女の姿が消えている。
「ななな、なぜ?」
「部長! 大変です!」
「何事だ!!」
「それが! 訴えがありまして、金髪で青い目のたらしに、少女が誘拐されそうになったから助けてほしいと……」
「何!? その男の特徴は!!?」
「はい、犯人は二十代後半。世間知らずの坊ちゃんみたいで、茶色のスーツを着ているそうです! 髪は襟首に届き、カフスの色は藍色……」
 そこまで言って、書き記した特徴を読んでいた男は二枚目の紙に描かれていた人相書きを見てはっとした。
「部長!! この男です!!」
「なっなにぃーーー!!!?」

 あわれ、この男に幸あれ。


「それは恐ろしい目にあったんだね」
「帰っては、いけませんの?」
「それは、」
「おかぁさま……」
 目は伏せられ、涙が溜まる。もう、今にも零れ落ちそうに。
「送って行こう! 家はどこだい?」
「大きくて、白いお家ですの(そんな所に住みたいねぇ〜)」
 “城”だ、城。“しろ”違いだ。
「大きくて、白……」
 何か、思い当たる節でもある……
「よし、馬車の準備だ!!」
 ……のか。ま、いーやどこでも。あ、それと、
「怖かったの……」
「心配しなくていい! 犯人は拘束してある!」

 ―――もう、追って来ないな。

 恩を仇(あだ)で返す藺志だった。



「そういえば、君が“白の武家”の新しいお嬢さんなのかい?」
「えぇ?(何のことだ?)」
「そうかそうか、あそこのご子息はずいぶんと……いや、なんでもない」
「……?」
 かわいく、ごまかすために首をかしげた藺志だった。




「ここまででいいのかい? どうせなら中まで、」
「いいえ、お忙しい警吏の方のお手を、そうわずらわせるなんていけませんわ」
 そう言って、微笑む。―――最後の最後まで。
「そうか、ではまた。お気をつけて」
 そう言った警吏の口調は、もう……目も当てられないくらいとろけていた。さながら、孫娘と祖父。
「ありがとう警吏さん!」
 そう言って、馬車が見えなくなるまで見送る。

「―――で、なんじゃこりゃ?」
 自分で言うなよ、自分で。

 目の前には知る人ぞ知る弦鋼の家。知っていますか皆様? もちろん藺志は知るはずもない。

「う〜〜ん」
 腕を組んで悩む。
 と、そこへ……

「ひどいわぁ、本当に帰ってしまったのよ!!」
「そう言うな、(大体、もう三日は前の事だろ)」
「だって! もっと遊びたかったのに!」
「次だ、次」
「あなた、人事だと思っておりません?」
「(そうだな)あれは新婚なんだ、あきらめるんだな」
「あなた!」
 そう言って、老人は歩き去った。あ、ちなみに藺志は木の陰に隠れたりしてました。
「もう、」
 婦人は、苛立っていて、こっちに来る。
(――あ、やべ)
 藺志がそう思ったときにはもう遅い。
「………あなた、」
 はっきりと藺志と紗璃亜(さりあ)の目が合う。瞬間、紗璃亜の中でぴーんと音がした。
「藺志王子ね!」
「へ?」
 女装した王子はその反応の速さに少しだけ凹(へこ)んだとか。

 だって、女装してるのに……




 で、現在。
「………」
 唯一まともな思考を保とうと弦鋼の父親、静弦(せいげん)は頭を抱えようとしてやめた。
 あれは、どう見ても王子……おそらく、妻とその侍女たちは事実を黙認しているんだろう。

「ほら、藺宇ちゃん!」
「なぁに、お義母様!」
 結婚して数日で弦鋼を見限って、女王は夫の実家に入り浸っていたらしいという噂は、流れなかった。のは、一重に静弦のおかげだ。

 なんたって、藺志も紗璃亜もかわいいものも服も宝石も歌も演舞も楽器もぬいぐるみも甘いものも大好きだから。





 今度は、情報の途絶えた弦鋼さん。

「女王……」
「だから、何?」
「無理です……」
 見つかりません。
「は?」
 あ、そうだ。そういえばムカついた仕返しにいてもいなくても構わない藺志の捜索をさせに行かせたんだっけ? 忘れてたわ。それで最近、書類の運搬(うんぱん)がスムーズじゃなかったのね。
「そう、わかったわ」
「――女王?」
「今は二人よ?」
 いろいろと試されているような気がする……





「さーーて、藺志ね」
 ねぇ、藺志。私に寝首をかかれたい?




 数日後、王子が帰ってきた。なぜか、弦鋼の家の馬車で。
 本人が帰ってきた理由は、曰く、「身の危険を感じた」と。

 なんだろうか、それは?


「なにこれ?」
 そして城では、藺宇の衣裳部屋の服と宝石の数が倍に膨れ上がっていた。



 そのうちに、請求書が送られてきたらしい。



いったい、いくらつぎ込んだのか藺志……
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