〜贈りたい、この気持ち〜


 朝から出かけたという藺宇(いう)は夕食時にも帰ってこなかった。
 昼間の訪問者云々はすべて、こういった仕事が好きなだいぶ歪んでいる燕雅(えんが)に任せて、城下を探したがいない。
 どこに行ったのか王子様に問い詰めようにも、それどころではない。と言うより、目の前で繰り広げられる展開に突っ込むこともできない。
 あてもなくさ迷った所で見つかるはずないと悟ったのは、だいぶ時間がたってからだった。

 藺宇の行くところなど、検討もつかない。

 第一、“王子様”は視察に出ることは極まれにあっても、城下に下りる事は一、二度といったところだったのだから。
 祭りも、祝い事も、行事の日もすべて、城の中で書類に追われていた。警護するほうは楽でよかった。
 先代の王は奔放(ほんぽう)な性格で、よく城を抜け出しては屋台で食にありついていたから。

「………」
 次の祭りには、引っ張り出されて引きずりまわされそうだ。

 収穫が何もないまま、しかたなく城に帰り仕事をこなす。燕雅にはまさか見つけられないのですか? そんなことありえませんよね? と馬鹿にされた。しかたないだろうが……
 仕事がすべて終わる頃にはもう夜も遅い。
 それだけは、溜まった書類をこなす藺宇のほうもお世辞にも夜が早いほうだとは言えないので丁度よかった。


 湯浴みをすませて、のろのろと寝室に入る。――暗い。
 いつもならどちらかが早く部屋に入っていて、どちらかのために足下を照らすランプを灯して寝たり、起きていたり。

 ………まだ、帰ってきていないのだろうか?

 真面目に、部隊の二つ三つ総動員して総力戦で藺宇を探そうかと弦鋼は考えた。

「―――?」
 しかし、ふと寝台に目を向けて首をかしげた。
 丸まってうずくまる影。あれは――

「藺宇?」
 近づいて声をかけると、びくりと肩をゆらして震えた。
「―――ご無事で」
 そう言っても、顔を上げない。
「? どうされました?」
 ひざをかかえて、間に顔を埋めて。こちらを見ようともしない。
 寝台の端に腰掛けて、同じく枕の横に腰掛けて背を預けている藺宇に近づく。
「藺宇!」
 少し強くつかんだ腕を引けば、いとも簡単にその身が腕の中に納まる。ぱたっと、乾いた水音に驚けば、おそらくさっきまで溜まりに溜まった涙があふれていた。
「なっ何かあったのですか!?」
 狼狽して問いかける。それでも何も言わない。ただ、
「ひっ………ふぇっ!」
 ただとても静かに、しゃくりあげて泣き出した。

 ――――今度は、何をしたのだろうか? 私は。


 ただ泣いている藺宇に声をかけることもできなくて、涙を止めてあげる術を持ち合わせていなくて、無力さを痛感する。
 いくら剣に優れていようと、戦場ではない場所では無意味だ。普段の生活に、いつ、剣が必要だというのだろうか。守るためにと言っても、それは特殊な場合だけで。暗殺者を殺す事はできても、涙を止めてあげる事はできない。


 長いようで、本当に短い間だけ藺宇は泣いていた。


 しゃくりあげる声の微妙な変化で、もう泣き終わりが近いことを悟った。
「どうされました?」
 問いかけには、ただ首を横に振られる。
「藺宇」
 ゆっくり、腕を伸ばしてその顔を上げさせる。そらされた視線が、とても悲しい。
「藺宇?」
「………」
 何も言わない事が、一番辛い。それでも握られた手の中に私の服が混じっているのでそれは嬉しい。今、喜ぶべきではないが。
「―――どうされました?」
「ふ………」
 また泣かないでほしい。あわてふためく弦鋼に、少しだけ藺宇は笑った。それに気がついてほっとしたように弦鋼が声をかける。
「昼間は、どちらへ?」
「………」
 よけい、泣きそうだった。

 いわゆる悪循環。学習しましょうね。少しは。

「―――今日が、おわっちゃうから……」
「は?」
 そういえば、そろそろ日付も変わる頃か。
「それで、悲しいのですか?」
 わけがわからない。
「だって、何も見つけられなかったの……」
「何を?」
 ほしい物が手に入らないはずがないだろう。むしろ今夜中に用意してもいい。

「……贈り物を」

「贈り物?」
 どなたに?
「だから! 誕生日だって聞いたから……」
「誰のですか?」
 たっ頼みますからランプは投げないで下さいっ!
「自分の誕生日でしょうがぁ!!」
 泣き叫ばれた。
「―――私の?」
 さて、考える事数分。
「……。そういえば、そうでした」
 ような? そうでした!
 ぎろりと、潤んだ目で睨まれる。

「つまりーー私の誕生日の贈り物を探しに……買いに行って、見つからなかったのですね」
 事実をありのままに言うと、またもショックを食らったようだった。当たり前だろうに。

「うるさいわねぇ!!」
 枕が引き裂かれて中の羽根が舞った。
 私に向かって物を投げてくるのと同時に、水滴が落ちる。

「すみません」
 にわかに信じられなくて、確認したかった。そのことがとても嬉しいと、伝わらなかったのだろうか?
「もうやだぁ!!」
 今度は暴れだした藺宇の様子に、これは伝わらなかったらしいと悟る。振り回される腕と飛来する物体を避けて近づく。もともとがとても近い位置にいるのに、遠い。――心が。

「藺宇」
 名を呼ばれる事が、呼ぶ事がとても好きだった。―――夜に呼ばれる事はあまりないが。
 一瞬、力のぬけたような体を引き寄せる。

「―――贈って下さい」

 気持ちを。

「―――?」
 しばらく、おとなしくなった藺宇は弦鋼の腕の中。
 考え込んでいたようにうつむいていた顔を、弾かれたように上げる。さっと赤みが顔に差した。
 もう泣く事はないというように、泣き顔は見られたくないというように、両手で目をこする藺宇。

 そんなにこすったら赤くなる――
 弦鋼ははらはらしていた。

 と、顔を上げた藺宇が笑った。
 夜にあって月のようで、日の下で咲いた花のように。


「誕生日おめでとう」





※ ※ ※





 次の日、早々に今日の弦鋼は使えないと判断した燕雅は、自分の隊の隊長を訓練場から追い出した。
 だって、いわゆる集中力にかけるなと思ったら、見ている先が女王の執務室だし。なんだか、しまりのない顔を引き締めるのに必死だし。
 正直、幸せなカップルには近寄らない事が身のためだ身のため。とばっちりいを食らわないように、あてられないように。ってことで遠まわしに追い出した。

 そして、迷わず弦鋼は女王の執務室にやってきた。

コンコン
「どうぞ?」

「―――さすが、ですね」

 執務室に入って弦鋼は確信した。だって、昨日向こう側も見えないくらい積み上げられた書類が、今は全部処理済。この部屋にもない。あの王子が自己判断で処理したという名目の未処理書類も。

「ふふっ私の偉大さを思い知った?」
「ぇえ。本当に」
 うなだれていると、笑われた。
 それが自然と言うように、弦鋼は藺宇に近づく。机の向こうから伸ばされた手はまだ届かない。
 椅子の真横に着けば、細い腕が伸ばされる。絡みつくように昇ってくる腕をつかんで、その手のひらに口を寄せる。びくっと引かれそうな腕をつかんだまま離さない。
 くすくすと困ったように呆れた藺宇が笑う。

 ぁあ、もっと。

 静かに屈んで顔を近づける。頭の上に疑問を浮かべた藺宇にお構いなしに、左耳より上の髪にキスをすると……

「女王!!?」
バァンと、東大臣が入ってきて絶句。なんたって、二人の姿勢は変わらないから。まぁ、一人は怖い顔して睨んでいるけど。
「しっ失礼しました!!」
 ようやく動いて扉を閉じる。そろそろ扉も付け替えるべきだ。
 そうして頭を抱える。見てはいけないものを見てしまったかのように固まってしまった。初めて見てしまった。

 少しだけ恥ずかしそうに照れていても、これまで見たことないほど幸せそうに微笑む、女王の顔など――



 あまりの甘さに耐性のついていなかった東大臣は、数週間寝込んだとか。

 さすが、老人。







なんだ?
藺志→ギャグ
藺宇&弦鋼→甘

って感じの担当は……

目次