王子が王女で王女が王子



「こちらですわ〜〜」
 そう明るく言って、茂みをかき分けた。先には、湖が広がっているので。

ガザァァァ―――
ザバァ!

 押し開けられた茂みの先の視界が広がるのと、水の中から人が顔を出すのは同時だった。

ぱしゃん!
 水音がはねて、音を立てる。

「………! ――――ぃっ!???」

 振り返った水の中の人物が青ざめるのと同じくらい、血の気が引いていくのがわかった。

――まずい―――――

「これは、………どういう事かな」
 訪問に来ていた大国の王子の声が、鋭くなるのも無理はない。

ばしゃぁあ!!
 呆然としていた女性は、腰から下が水の中にあるだけで、自分が何もまとっていなかった事に気づき、水の中に入った。

「あの、創貴(そうき)様―――」
 隣に立つ、ここまで案内していた女が恐る恐る言う。………ゆっくりと、警護の兵士に合図した。
キィン―――
 刃が現れて、そして。
「きゃぁ!!」
 それらしき声を上げた男は、すまなそうに水の中の女性を見た。

「――――男!!?」

 兵士が驚くのも無理はない。今さっきまで自分の隣にいたのは憂麗(ゆうれい)国王女。しかし、切り刻まれた上半身の服の下にあったのは、男の身体。地に落ちた胸にあったであろう詰め物。

「っち……」
 下がドレスで上半身をさらす男は舌打ちした。



 この国、“憂麗国(ゆうれいこく)”の王子と王女は双子だ。
 聡明で、国王の亡き国の王となるにはまだ年齢が足りず。王座につけてはいないが、いずれは王となり、国をまとめることを心待ちにされている王子。
 やさしく、心温かな灯火。幼きころより誰とも平等に接している、接することが当然と城下に下り、人々と言葉を交わす王女。

 外見は同じ。
 同じ長さに切りそろえられた髪。―――――とても、長さとしては中途半端だが。肩についてはいるだろう。緑がかった銀髪。森を思わせる緑の瞳。

 ――――そう、自分は憂麗国にやって来た。何故かとしいて言えば、興味がわいたから。で、ある。
 そう大国でもない憂麗国。むしろ、最近では外交問題にヒビが入っている。
 王女がいるのだから、どこか後ろ盾となる国の離宮にでも入れてしまえばよいものを。

 と、思った矢先――――おせっかいにも自分から結婚を申し込みに憂麗国まで行ったという男と話ができた。
 ――――なんでも、王女自ら追い払うらしい。

 黙っていても腐るほど現れる女共。呼ばずとも自ら従う女共。…………寵姫となった女共とは違う雰囲気を感じて、会いに行ってみることにした。



で、現在。
「…………」
 見た目には、合格だった。ほかでは見ない短い髪。初めてだった。女性が髪を伸ばすことを前提としない国は。
 そして、噂通り。王女が自分を歓迎していないのも見て取れた。

が、いろいろと模索するうちに、これだ。
 ――――――どういう事だ?
 水の中にいるのは、明らかに――――ゆっくりと視線を向けると睨んできた。水は、澄んでいるので………

「服が、着たいんですけど」
 こちらの不躾な視線に、怒り気味だった。
「…………っ」
 あわてて、振り返った。護衛の、兵士も。いくら水の中とはいえ、伴侶でもない者に肌をさらすわけにはいかないのだろうから。―――もちろん、逃げ出そうとすれば気配でわかる。

「………………」
ざばぁ!
 水の中から上がって、

「ほれ!」
 投げられたタオルを受け取った。
「……………あんた」
「ぅう! 仕方ないじゃない!!」
 ――――また、“王女”の声がする。
「黙れ」
 ――――そして、“王子”の。

 それから、二人は視線を合わせた。双子の兄憂麗国王子・藺志(いし)。双子の妹憂麗国王女・藺宇(いう)。………二人が、本来に戻る儀式。

「今日は水浴び遅かったのか?」
「仕方ないわ、大臣が訪問者に対していろいろとね」
「ああ、なるほど」
「何でここに?」
「ああ、案外しつこいもんだから、ここは水にでも叩き落そうと思ってよ」
 そうすりゃあきらめるだろう。
 明るく言う。
「そうね」

 布の、こすれる音がやんだ。
 二人は、並んで。顔を見合わせた。

―――右手を肩に左手を前に―――
 昔の、おまじない。

 さぁ、仕事を。


「「どうぞ」」


 二人の声に振り返ると、そこには――――
 “王子”と“王女”が並んでいた。外見からはまったく区別がつかない。
が、王女のドレスは切り刻まれて、中身は男だった。つまり―――――

「どういう事だ」
「イヤですわ創貴様お怒り気味?」
 男が、女口調でしゃべるな!!
「ようこそ、憂麗国へ。いかかがなものでしょう」
 と、言うことは。この王子がさっきの水の中にいた女だ。
 護衛は、あまりの似かよい差に、口をぱくぱくさせるので精一杯だ。


「俺の一言でこの国に攻め入られたいか」
「「…………」」
 ―――少し、脅しとしては重すぎたかもしれない。憂麗国は、まれに見る小国。各国が大国の保護を求め属国と。もしくはその国自体のものとなる中。この国は自国を保っている。――――王が死んで十年。よくまぁ。

「「……………」」
 沈黙していた二人は、顔を見合わせた。視線が合い、動かない。
「……」
 と、突然行動に出た。

「「ご無礼をお許し下さい」」

「憂麗国王子・藺志と申します」
 と言って、ドレスを着ている男が一礼した。
「同じく王女・藺宇です」
 そう言って、マントをかけている服から、ドレスの横を広げるようなしぐさをして礼をした。

「…………」
 王子が王女で、王女が王子だった。
「だから、どういう事だ」
――――今日でもお何回目か、

「「…………」」
 またも、二人は顔を見合わせて言った。

「「簡単に言いますと」」

「俺は“勉強”が嫌いで、歌や楽器。料理。それに童話や神話。昔話が好きなんだ」
「私は、裁縫や花や歌や楽器が嫌いで、地理や歴史や薬学や拷問とかが好きなの」

 ―――何か、危ない言葉が出なかったか?

「まぁ、だから」
「ある日そんな事を話してみたら」

「俺は藺宇が羨ましくて」
「私は藺志が羨ましい」

「「だって、自分のしたい事をしているから」」

「なのに、私はまた刺繍をしに」
「俺は机にかじりついて」

「「つまらない毎日」」

「だから、ある日!!」
「すばらしい事を思いついた」


「「交換しよう!」」


「母上は生まれたときに亡くなっているし」
「育ててくれた乳母はもういない」
「父上は病気でそれどころじゃないし」
「絶対、誰も気がつかない」

「俺が藺宇となって」
「私が藺志」

「案外うまくいった」
「案外? 絶対うまくいくと思った」

「大臣や先生は真面目に“勉強”してくれるって素直に喜ぶし」
「先生や侍女たちはようやく女の子らしくなったとか言ってたしな」
「……………あ゛?」
「……やべ!」
「ちょっと、あとで覚えておきなさい」
「…………」

「着替えと、お風呂はどうしようかと考えて」
「侍女を追い返した」
「いじめぬいてね」
「王女は女性のほかに肌をさらせる者はいないのに、侍女はことごとく辞めてく」
「仕方なく、着替えは兄に手伝ってもらう」
「その日の服は部屋の中に置いておく」
「だったら、二人の部屋は隣り合っていて、間に衣裳部屋があればいい」
「造り変えて」
「そして、着替え中は誰も入ってこない」
「お風呂も同様」
「一人で入りたいと追い払う」

「……………」

「そのうち父上も亡くなって」
「王子は“まだ”王位には就けない」
「その“王子”が王女だったと」
 話がみえて口を挟む。―――つまり、今までの二人の功績は逆のものであったということだ。

 王子の批評は王女の行動で。
 王女の批評は王子のものだ。

「まぎらわしい」

「俺たちにはそっちのほうが合っていたんだよ」
「そうそう」
「俺は“勉強”せずに歌や踊りや本や料理ができたし」
「私は刺繍をせずに歴史の勉強ができたし」

「そのほうがこの国のためにもなったしな」
 ――――早くに王が亡くなって、王位継承者はまだその歳ではない。大臣が今の国を保っているとはいえ、実際には“王子”の存在は欠かせないことが周知の事実だ。

「問題わね〜〜」
「藺宇の結婚だよな〜〜」
「なんだか知らないけど最近訪問者が増えたし」
「どうせふられるのにな〜」
「…………」
 知らないのか? あの小国の王女にふられた事が、あの国の王女が断ったという事が、ほかの国々の興味を引いていることを。俺が、この国に来たことも知れているはずだ。―――――おそらく、賭けのネタにされている事だろう。
 …………つまり、これは秘密であった事か。

「藺宇いなくなったらやっていけねぇつうのに、大臣共やる気満々だしな」
「『王子、説得してください!』だって、笑っちゃうわ」

「「ね〜〜」」

「「そんな感じですが、何かご質問は?」」
「…………」
 面白い。
「――――従ってもらおうか、“秘密”をばらしてほしくなければ」
「「…………」」
 そういうと、予想もしなかったのか面食らった顔で二人はこちらを見ていた。

「「……………‥‥」」

 たっっぷりと沈黙したあと、言った言葉がこれだ。

「「別にばれてもいいんだよね」」

「っは?」
 こちらが、今度は間抜けにも声をあげた。

「だってなぁ」
「だってねぇ」

「そろそろきついからな〜〜」

「何がだ」
 少し、剣呑(けんのん)な声になった。

「俺が藺宇となるのも」
「私が藺志となるのも」

 いくら双子で外見が似ているとはいえ、男と女。身体の発達と、能力。
 筋肉がつき始めた体と、膨らみ始めた体。
 ―――そろそろ、ごまかしていくのがきつい。

 身長にも、はっきりと差が現れている。踵を上げてごまかすが。――――それに、声。
 低く深く、高く空へ。二人の、声のトーン。

 ―――そろそろ、潮時だ。

「…………ばれたら、どうなると思っているのだ」
 できたら、この秘密をしまって、この二人を、この国を意のままに操りたい。
「どうなる?」
「どうもならんだろ」
「…………」
 特に、動揺も何もない。あっけなく次の言葉を言った。


「ただ、この国初の女王が立つだけさ」



 次の日は、この国がひっくり返った。歴史上、いや、この国の歴史の中で一番人々が驚いた日だろう。

 そして、さらに三日後には――――女王の即位式が行われた。


 大臣共が泡を吹いて寝込んでいる間に、すべて勝手に進めてしまって。反論をさせないようにしたとも言う――――――



目次