〜食欲の秋もほどほどに〜


 青い空、白い雲。からりと晴れたいい天気。
 澄み切った空の空気に恵まれたここ優麗国。
 今日も今日とて王女様、お部屋で仕事をはじめます――


「はじめまして王女藺宇。私はロール・スフレ・クリームと申します。ぁあこの良い日和、アナタのように美しい方に会えるとはなんて光栄なのでしょう」
 と言って言葉を締めくくり、レースの間から漏れる光を一心に浴びるその姿。長い金髪、瞳も金。来ている服は青を貴重とした軍服に、金の刺繍がされた白いマント――どことなく目に痛い。
 が、そこはたいした問題じゃなかった。
「……おいしそうな名前よね」
 この、王女様には。
「何か? 王女藺宇?」
「いいえ、何も。あなたの美しさをほめる以外は」
「なんとっ褒め称えるべきはアナタのその瞳、容姿! そして何よりその美しき声!」
「……ふーん(だー長いな)」
 大体、口上が無駄に長い奴はアウトだ。だって、藺志はそんなに長く話を聞いていられるほど忍耐力はない。つまり、
(あーきーたぁー)
 と、語りつくす男はそっちのけで今日のおやつに思いをはせるのだ。
「さて、王女様。アナタの美しさはいまだ語りきれませんが、その前に手土産を持参しました」
(甘いもの!?)
 キュピーン! 藺志の反応は早かった。
「甘いものがお好きだと伺ったので、わが国自慢のアップルケーキを……」
「モンブランがない!」
「――は?」
 ロール王子は、突然叫んだ王女様の言葉に唖然とした。
「だって、だって……貴殿の国はりんごと栗が有名だと伺ってましたの」
 唇に軽く曲げた指を持ってきて、小さくつむがれる言葉。
「だから、だから私――モンブランも食べたかったのに!!」
 喜びを一心に表した後の――悲しさ。しょぼんと頭を下げた王女に、ロール王子はだまされた。
「なんとっ!? 申し訳ない愛しい人。すぐに取り寄せましょう!!」
 いやいやいや、ただのわがままだよーー気がついてーー

 次の日。
「こんにちは王女様。ご機嫌麗しゅう? 昨日は非常に悲しい思いをさせてしまい申し訳ありません。ですが、本日はご要望どおり、アップルケーキとモンブランを用意させ」
「アップルパイは?」
「はぃ?」
「――なぃの?」
 さも当然だと言いたげに、きょとんと首を傾げるそのしぐさ――
「取り寄せましょう!!」
 そして、彼はだまされたままだった。

 その次の日。
「さぁ王女様! 本日はアップルケーキとモンブランとアップルパイを用意させました!」
「まぁおいしそう!」
 ふぅ、これでようやく――とロール王子が納得しかかった、その時。
「ぁ」
 王女が、小さく声をあげた。
「どうなさいました?」
 そして、ここで声をかけた時点で彼の人生の分岐点はなくなった。
「せっかくここまで貴殿の国の特産物があるのに……パンプキンタルトがないわっ! 忘れられちゃうなんて、かわいそう……」
 それがまた儚げに瞳に涙をためて言うものだから、彼はあっさりと頷いた。
「――確かに!!」

 そのまた次の日。
「ご機嫌麗しゅう王女様。昨日も大変残念なことにアナタを悲しませてしまいました。しかーし! 本日はアナタを悲しませることは何もありません! アップルケーキとモンブランとアップルパイとパンプキンタルトをご用意いたしまし」
「ねぇ王子様」
 にっこりと、かわいく、笑顔で、王女はしゃべり途中のロール王子に声をかけた。
「なっなんでしょう王女藺宇!?」
 しかも、近い。真正面で上目遣いに見つめてくるその視線。
「あのね、私、忘れていたのだけれど――」
「なんでしょう!?」
「ぁあでも……王子様のご迷惑になるといけないから……やっぱり」
「何をおっしゃいますか!? アナタのためなら例え火の中水の中」
「本当に、そうおっしゃいますの!?」
 息がかかるくらい近くに顔を寄せて、王女はささやく。
「はい!!」
 王子は正常な思考回路を持ち合わせていなかった。
「あのね、王子様。チョコレートとマロンの組み合わせは最高だと思うの」
「……ぇ?」
 ロール王子は、言葉を理解するのに若干の時間がかかった。
「そうでしょう! だって! 茶色の生地の中に黄色いかわいいマロンが入っているのよ! ココアの生地! 白い生クリーム! 中央にマロン! あの色のコントラストといい味のコラボレーションといい最高でしょう!」
 今まで以上にきらきらと輝き、力説する王女。
「ぁあ王女藺宇。あなたがそんなにも熱い思いを秘めていたとは!!」
「黙っていてごめんなさい。でもっあなたならわかってくださると思って!」
「ぇえ王女! わが愛しの姫よ!」
 だれかーたすけてーーこの会話のおかしさに突っ込んで。

 そのまたまた次の日。
「王女様! 本日はアップルケーキとモンブランとアップルパイとパンプキンタルトとチョコレートロールケーキマロン入りを持参いたしました!」
「すばらしいわぁ」
 うれしそうに恥らう王女様。ぁあ、今まで大変だったけれど、この王女様の笑顔が見れるなら――
「あの王子様、提案があるですけれど……」
「なんでしょう王女様」
 やっと、これできっとこれまでの苦労が報われ――
「ここまでケーキがあるのに、王道のショートケーキを忘れたらいけないわ! ショーケーキのないケーキ界なんて! サツマイモの入ってないカレーライスと同じよ!!」
「は? しっしかし普通サツマイモは入れないのでは……?」
「何を言っているの!? サツマイモが入ることによって濃くと甘みを引き出すのよ!!」
「そうだったのですね!?」
 王子は、カルチャーショックを受けた。そりゃそうだ。

 そのまたまたまた次の日。
「本日も相変わらずお美しい。アナタの美しさはこの空のように色あせることを知らない……さて本日はアップルケーキとモンブランとアップルパイとパンプキンタルトとチョコレートロールケーキマロン入りとショートケーキを持ってまいりました!」
 一息で言い切ったロール王子。おつかれ。
「まぁおいしそう!」
 王女は、片手にフォークを装備した。
「王女藺宇……」
 これで、ようやく――
 と、突然王女はフォークを持った手を下げて、深い深いため息をついた。
「どっどうなされました!?」
「それが……心が苦しくて」
 意味がわからない。
「なっ何事ですか!?」
「それは」
「ぁあ王女藺宇。何か悩み事があるなら私に打ち明けてください」
 そう言って、さくっと王女に近づいてきたロール王子は王女の手を取る。
「でも、ご迷惑では」
「そんなことはありません! アナタと悩みを共有できるならば!!」
「――それが……ぁあ! こうやって目の前にたくさんのケーキがあるのに! なぜ! なぜ素材をそのまま生かして食すことは許されないのですか?」
「……は、ぃ?」
 やっぱり、王子の頭はついてこれなかった。
「あの、王女。大変申し訳ないのですが、もう少し具体的に……」
「スウィートポテトですわ!」
「しっしかし、サツマイモはカレーライスじゃ……」
「それは夕食ですわ! 今は、今はおやつの時間ですもの……」
 わかってもらえない……王女は瞳にためた涙を流そうかと――
「ぁああ申し訳ありません!?」
「今は、おやつの時間ですわよねぇ?」
 かすれた、声だった。
「申し訳ありません! 私の修行不足です! 出直してまいります!」
「あっそう」
 その返事は、もう彼には聞こえていなかった。

 そのまたまた(以下略)次の日。
「あいにくの天気ですが、アナタの美しさは一片たりとも損なわれることはありません!今日はアップルケーキとモンブランとアップルパイとパンプキンタルトとチョコレートロールケーキマロン入りとショートケーキとスウィートポテトを用意してき」
「バターケーキを忘れちゃいけませんわ!」

 そのまたまた(略)
「本日も麗しい王女様、さぁアップルケー」
「今日はプリンも食べたいと思っておりますの」

 そのま(略)
「今日こそ! ア」
「おいしい紅茶がなくて台無しになってしまうなんて、ケーキと職人さんに失礼ですわ……」

 そのまた(略)
「王女、アナタの好きなアップルケーキと」
「王子様。フロランタンって知っておいでですか? 私は知らないのですけれど、聡明な王子様なら知っていらっしゃるかと思って」

 その(略)
「アップ」
「このテーブルクロスが気に入りませんの、どうして、どうして総レースじゃありませんの?」



 あれから一週間。
「最近は静かだな」
 執務室でいつものように書類にサインをしていた王子が、言った。
「そうですね」
 部屋の中には王子と弦鋼しかいない。自然、返事をするのは弦鋼となる。
「城内も焼き菓子臭くなくていいことだ」
 王子の声は、苦々しかった。
「王女様は機嫌が悪いそうですが」
「放っておけ」
 城が菓子臭いと王子の機嫌が悪くなり、王女の機嫌がよくなる。
 城が菓子臭くないと王女の機嫌が悪くなり、王子の機嫌がよくなる。
 はぁと、弦鋼はため息をついた。
 そこへ――
「王子様! 王女様に来客が――」
 王子の手の中の羽ペンの先が、砕けた。


「ご機嫌麗しゅう王女様。お久しぶりです。ぁあ、アナタに会えなかった日のなんと長かったこと! しかし! 私はアナタに見合う男性になるために修行をする身……つらかった、とても辛かった。ですがそれも! アナタに会うための第一歩だと思えばこそ!」
「わぁ待ってましたわ!」
 ケーキを。
「王女様」
 笑顔でよってくる王女に、ロール王子は感激の涙で瞳を潤ませつつ口を開いた。
「本日は、アップルケーキとモンブランとアップルパイとパンプキンタルトとチョコレートロールケーキマロン入りとショートケーキとスウィートポテトとバターケーキとプリンとフロランタンと紅茶と総レースのテーブルクロスを用意してきました!!」
「ホントに用意しちゃったんだーー」
 ぼそっと、王子がお菓子の紹介に浸っているときに本音をつぶやく王女。
「王女?」
 これはどこ産の……と紅茶について語っていた王子は質問かと問いかけた。
「いいえ。さすがですわロール王子。やはり、頼りになる方は違いますわ」
 にっこりと微笑む優麗国王女。
「いやぁ、そんなことは……」
「あ」
「え゛」
「栗の甘露煮が……」
「渋!?」
「まぁ、だって私、栗は大好きなのですわ」
 氷菓子の次に。
「ふっふふふ……」
 ロール王子は、低く笑い声を上げた。王女は、ついに壊れたか。と一歩引いた。のだが、
「ふっふっふ王女。私は負けません。ここまで来たからには負けませんよ!」
 そう言って彼は走り去った。

 次の日。
「さぁ王女様! 今日こそは食べていただきますよ!! 栗の甘露煮は渋皮付きと渋皮なしを用意させました!」
「――っち」
 文句つけようと思ったのに。
「王女?」
「さっすがロール王子! 修行の賜物ですわね!」
 そう言って、王女はロールの王子の腕の中に飛び込んだ。
「おっ王女!?」
 案の定王子は慌てふためいている。ふっごまかすにはこれが一番手っ取り早い――と、うつむいた王女の顔がにやりと笑っている。
「本当にありがとうございます、私のわがままを聞いてくださって」
 ホントだよ。
「ああ愛しい人! アナタのためならこんな苦労なんてことありません!」
 瞳に涙をためて、腕の中で歓喜に震える王女――を彼は抱きしめたまま。
「さぁ食べましょう!」

「――おい」

「誰だ!?」
 突然うしろから聞こえた侵入者の声に、ロール王子は剣を引き抜き、王女を背にかばいながら怒りに震えつつ振り返った。
 邪魔をする気――
「まぁ、藺志?」
「王子藺志!?」
 なんと!?
「どうしたの突然?」
 王女は、首を傾げた。
「ななななんと王子藺志。このたびは――」
 甘い匂いの漂う部屋が不愉快だと言うように顔をしかめていた藺志は、さくっと男を無視して、藺宇を見た。
「休憩の時間にイカの塩辛を食べようと思って誘いに来たのだが、どうだ?」
「あら本当! もう甘いものばっかりでしょっぱいものがほしかったの〜さっすが藺志! よくわかってるわぁ。これくらい気が利かなきゃ、ダメよね」
 さくっと、そんなことを言って王女はロール王子の腕の中から抜け出した。

 甘い香りの漂う部屋の中で、ひとり取り残されたロール王子は固まっていた。




副題「塩辛に負けた男」

カレーにサツマイモ入れますか?
一度妹が入れて作ったときは衝撃が走りました。
入れちゃうんだ?!ジャガイモのごとく!?
藺志曰く濃くが出るそうです。歌夜は知らないよそんなこと。
この国に明確な季節があったかどうかは疑問です。
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