〜手紙を残して逃走だ!〜 後編


 朝食も魚料理で、何の障害もなく終わった。―――それはそれで、安心しきれないのはなぜだろうか。
 昨日は海に行ったが、今日はどこに行きたいのですかと問うと、“山”と言われる……安直な……しかし、それは無理だと言ってみるわけにもいかない。あたりまえだが。
 山らしい山に向かっても、よかったが、それはやめた。海よりの、むしろ丘に近い場所。森の中を歩く事にした。

「―――いたっ」
 少し、丈の長い草が生い茂る道。転がっている石。足下がおぼつかなくなった藺宇が声を上げる。さらに声を上げるのをかまわず抱き上げると、サンダルの間からのぞく足に血が滴っている。どうやら、石にかすったらしい。

 サンダルは歩きにくい。それはわかっていたわよ。それに単になれていないだけだって茉衣莉は言ったし。靴と違って足の指が見えるって変な感じ。涼しいけど、底は低いし。

「はぁ、……こんなもの履いてくるからですよ……」
 だから、登山するわけにも行かない。
「……」
 知ってるわよ!! ――悪かったわね!!
 悔しい。とにかく悔しい。……一度、流れた涙。涙腺は緩んでいる。
「?」
 著(いちじる)しく機嫌が悪い……そうじゃないようだ。不思議に思い顔を覗き込むと睨まれる。今にも泣きそうになっているのが見て取れて、うろたえた。どうも、また何かまずったらしい。
「―――あなたに、傷がつくのが嫌なのです」
 そう言うと、顔を上げた拍子に涙が零(こぼ)れた。どちらにせよ、泣かせてしまったのかと思う。
「このバカ」
「どうしたらいいのかわからないのです。ずっと兵士として生きてきました。前王はよしてくださいましたし、あなた方も……」
「歯切れ悪いわよ」
 さっき泣いたと思った藺宇はもう笑った。やはり、理解できない。




 結局、森はあきらめたらしい。もう海にも山にも用はないと言われる。
 早々に街道に戻り、道を歩く。天気はとてもよい。藺宇の帽子を持参しなかったのが悔やまれるくらいに。

 風が時折、まるで邪魔をするように吹き付ける。その風にまじって、どこかからか声が聞こえる。

『待て〜〜俺を置いて行くなぁ〜〜』

 瞬間、藺宇と一緒に早馬車に乗り込んだ。


 行き先もわからない馬車に揺られる。どうせなら最終地まで行こうと言われるのでそうした。間に四つの止まり場があったが、二つ目からはもう二人きりだった。窓の外の景色がなつかしい――ん? なつかしい……?

 なれないゆれの中、馬車の壁に頭をぶつけそうな藺宇を抱きかかえる。丁度胸の所に頭を置くと安定したらしい。ほとんど藺宇うしろから抱き抱えるような格好で、二人きりの馬車は走っていった。

「終点ですよ」という声に藺宇を揺さぶり起こす。
 馬車を降りて、町を見る。―――やはり。予感は当たっていた。

 ここは、“瑠(る)”。弦鋼の実家のある町だ。

 とりあえず昼食だ。久しぶりの馬車に参った藺宇(普段、移動はすべて馬)の食欲は乏しく。またも昼間から宿で休憩をすることにした。

「な〜〜〜」
「大丈夫ですか?」
「まぁね」
 そろそろと起き上がる。のどが渇いただのおなかすいただの訴えられるので、元気だ。


 一通り食事も終わって、どうやら出かける気も失せてきたらしい。ごろごろと寝台の上に寝転ぶ藺宇。
 どうすべきか、切り出すなら今だと思う。完璧に忘れていたが、両親の手紙には追伸があった。

「藺宇」
「なぁに?」
 ようやくなれてきたらしく、うしろから抱きかかえていても暴れなくなった。首をかしげながらこちらを振り返ろうとするところを遮って、耳に口をよせる。
「それが―――ですね……」
 ちょっと!! わざとなわけ! 耳に息がかかって緊張するのよ! 早くしてよ!!
 どくどくと鼓動が伝わりそうで、身じろぐ。いっそう腕に力が入って困る。
「それが、両親が、あなたに会いたいと……」
「両親……そういえば、会ってないわね。婚儀の時は?」
「そんな危険地帯に行く気はないと。それに結婚すればいつでも会えるだろうと……」
 婚儀は危険地帯なのか?
「そう……両親って、父様の頃の護衛をしていたっていう……」
「そうですね、私は父親の職業を受け継いだので」
「じゃぁ、お母さんは?」
「母は、父よりもずいぶん若く、いまだに幼子のような時もあれば、城に来るどの婦人にも負けないくらいわがままと言いますか……」
「………」
 とりあえず、それが普通の母親像でないことだけはわかる。
「“お母さん”か」
「―――」
 この双子の母である王妃は、双子を出産して亡くなった――あの時の王の嘆きと喜びは忘れられない。
「私、会いたい」
 そう言った声が小さくなり、腕の中でかすかに震えだした。身体の向きを変えて、向き合うようにした。

 って、どこに行けば会えるのよ。早く行こうと言えば、歩いて半刻で着くという。―――はぃ? 何よそれはと睨みつけると、この町は自分の生まれた町ってーーそういうことは早く言え!!!



「―――すごいっ」
「そうなのでしょうか?」
 ここは弦鋼の家の前。門とその向こうに館がある。でかいし、長いし、白い。先端に向かって尖った屋根。青い空よりも青い。統制されたように窓が並ぶ。真ん中を中心に、左右対称。建物は三階建て、そう高くはない。二階のバルコニーが大きく突き出ている。
「いきましょう」
「え? うん……」
 一向に動く気配のない藺宇の腕を引いて、ためらうことなく扉を開けた。
「ただ今戻りました」
「お邪魔、しま〜す?」
「いつものようにしていて下さい」
「それはっ」
 そうなんだろうけど……
 入ってすぐはホールだった。正面には左右に向かう階段。その階段の下、裏には扉。ホールの左右にも二つずつ扉があって、それに花が飾ってある。壁にはいくつか絵が掲げてあった。下は石。かつんと、音が響く。
「お帰りなさいませ」
「!!?」
 驚いて声のするほうを見ると、初老の老人が階段を下りてくる。
「すまない――少し急だったか?」
「ここは弦鋼様。あなた様の家です。いつでも帰ってきてよいと思われますが? ……そちらは、」
「ああ」
「藺宇。これはこの家の執事頭だ、何か気に入らない事でもほしいものでも伝えればいい」
「あのねぇ……はじめまして」
 ちょっとだけご挨拶――本番前の予行練習。
「はじめまして、女王陛下」
 その言葉に少し苦笑。
「旦那様も奥様もお部屋にてお茶の時間です。驚かせてはいかがですか?」
「そのつもりだ。行くぞ」
「うん」
 なんだか完璧に主導権を握られている……嫌じゃないけど。うしろを振り返ると頭を下げる執事さんがいた。
 正面の階段を上がり、左手に向かう。廊下は左右に扉があって、長い。同じように花と、剣が飾ってある。

コンコン!
「え゛?」
「どうした?」
「はい、どうぞ」
 なんで階段上がってすぐなのよーーー!! 心の準備とかさーー!
 なんて思っても伝わらない。弦鋼は扉を開けた。
「ただ今帰りました」
「まぁ! 弦鋼!!?」
 その言葉に声をあげた婦人の近くで長椅子にゆったりと座っていた老人が視線を向けてくる。
「お久しぶりです」
「やだわもう! じゃぁその子が……」
「藺宇?」
 だからーー!
 どきどきとうるさい心臓を押さえるわけにはいかない。だって、身体は固まってしまったみたいだから。
 弦鋼が少し身体をどかして、私は二人と向き合うように立つ。女王として礼節はならったしとっさの反応もいつもしていた。なのに、頭が真っ白。
 軽いパニックを引き起こして立ち尽くす藺宇に、弦鋼は焦った。婦人も首をかしげている。とそこへ、老人が立ち上がって藺宇の前までいく。
「こんにちは、女王陛下。息子の妻となってくれたことを嬉しく思う」
 優しい言葉に、ほっとして息をつく。さっきまで息の仕方も忘れていたように。
「大変だろう? これにはもっと、女性との接し方を学ばせるべきだろな」
「父上」
「面差しが王によく似ている」
 この人が“王”と言うのは、父だけだ。父が他界するより少し前から護衛の任を弦鋼に引き渡していた。
「あなた! 独り占めは許しませんよ!!」
「おっと、そうだった。―――大丈夫、あれも君に会えて嬉しいんだ。少し、暴走気味になってしまうことがあるけど、大丈夫だろう? そこら辺は、弦鋼も似てしまった」
 こそっとつぶやかれた言葉に笑う――前の二人が目を釘付けにしていたなど、藺宇は夢にも思わない。
「はじめまして」
「まぁ! 本当にかわいらしい!」
 と、いきなり抱きつかれた。豊満な胸に顔がうずまって苦しい……。
「あっ! あの!?」
「………」
 あのう?
 何か不満そうにこちらを見つめてくる。えっと? あっと?

「おかあ、さん……?」

 にっこりと満面の笑みで微笑まれて、嬉しい。嬉しくて嬉しくて。
「………ふ……ぇ」
 求めるように抱きついて泣いた。ぽんぽんと頭を撫でる手が優しい。いっそう強く震えて、涙が止まらない。
「ふ……ぅわぁぁあ!!」

 いつの間にか部屋には、お義母様と私。二人だけだった。




「どうしたのでしょう?」
「………」
 この、息子の鈍さはどうにかならないものか。
「―――“母親”に会えたんだ、嬉しいだろう」
「………」
「さて、久しぶりに飲むか」
「まだ、夕刻にもなりません」
「お前、そんなんだといつか嫌われるぞ」
 からかいに一つ一つ反応してうろたえる。その姿を見るのが楽しい。こうやってうろたえる姿が見られるのは、とてもめずらしいだけに。しかし、ずいぶんとご執着だな。


 半刻もたてば、母が一人でやってきた。―――藺宇は?

「それが眠ってしまわれたので、弦鋼の部屋に」
「がほっ!?」
「問題なくてよ?」
「は、母上!!?」
「ないな」
「父上まで……」
「もう、本当にかわいいわぁ! ぁあ、この弦鋼にあんなにかわいいお嫁さんが出来るなんて嘘みたい!」
「………」
 ひどい言われようだ。
「だって、あなたと来たら一生独身で終わりそうだったもの」
 まぁ、そうだ。
「そうなると思っていたら、これだ」
 茶化すように父が言う。
「ふふふ! 嬉しいわ!」
 嬉しそうに笑う母を見て、女王が自分を選んでくれた事を少し、嬉しく思った。

「で、馴れ初めは?」
 そして弦鋼は引きつった。






「ぅ……ん?」
 どこだ、ここ? そうだ……確か……
がばぁ!
「何よここ!?」
「私の部屋ですが?」
「あ、」
 “あ”って……
「………」
 何? 私何かした!!
 暗い表情で弦鋼が近づいてくるので、藺宇は焦った。
「―――夜の執務室で――あなたが政務を行なっている時になりました」
 なんの話よ? だから近い! 耳に息かけるな!!
「疲れている時に支えてくれた私に告白したと」
「……」
「母上の趣味です」

 涙で潤んだ目で! あなたに告白をしたのね!!

 激しく違う。

「私が告白した事になっているのね」
「それは……間違いないのでは?」
「……別にいいけどね」
 実際はどうであったか、この際問題にするのはやめよう。

「―――ここ、弦鋼の部屋?」
 何か、確かめておきたい。
「そうですが」
「………何もないのね」
 本当に、必要最低限しかない。
「あなたが、いれば――」
 まるで、別の部屋のようですよ。

こんこんこん!

「―――」
 がくっとした感じ。
「さぁ、夕食よ! その前に着替えよ!!」
 嬉々としたお義母様が……誰が着るのか問いかけたくなるくらいのドレスをうしろの侍女に持たせてやって来た。
「弦鋼! あなたは外よ」
 あっさりと、追い出された。


 城にあった服も、ずいぶんいい物だとは思っていた。ほとんど興味ないし、採寸にだけは私が行っていたけれど、採寸をするのと服をデザインするのは違う人だった。アイディアや来た衣服の色や装飾品はすべて、藺志の趣味。
 まぁ、ね。“瑠”はきっとのちに「織物の町」とも呼ばれるわ。そう言っても過言でないくらいここ数年で布作りが発展してきている。まだほとんど市場には出てないけどね。

 何着着替えても体にぴったりの服。いったいいつ私の服のサイズを知ったのかと聞いてみると、弦鋼の返信に書いてあったわよと言われた……どういうことか問い詰めるか。

 濃い緑色のドレスと、短い髪を飾る花たち。婚儀のとき以上に飾り付けられてまるで人形。――楽しくないというのは、嘘だけど。鏡を見て服を選ぶ、さすがにあれもこれもすると疲れる。お義母様はもっと選びたがったけど。
 それを知っているからか、一時間もすれば弦鋼が無理に部屋から引っ張り出してくれた。

 その所為か夕食までは少しだけ時間が空いてしまう。おなかすいたなといえば、すまなそうにしていた。当てもなく廊下を歩けば、すれ違う侍女たちも男達も皆笑っている。

 お幸せに。

 そんな声が、口々からもれて聞こえる。
 何よりも嬉しい。私、こんなにもあこがれていたのかしら。


 夕食は“瑠”に多い香辛料を使った料理で。気に入った。城ではどうしても“王女様”の嗜好に合わせてしまう傾向にあるから。
 藺宇は見かけよりも辛党だ、と弦鋼は確信している。料理はどうしましょうかとあわてふためく料理長に普段どおりにしてほしいと頼んだのは正解だった。

 やはりと言うか、お義母様がいろいろと質問して、答えている食べる暇もない。お義父様の制止の声がかかって、ゆっくりと食事をすることができた。
 食事が終わって、まだまだ話したりなそうなお義母様よりも早く、立ち去ろうとしていたお義父様が弦鋼に何か言った。その言葉を聞いてから、弦鋼は口を開いた。

「―――すみません、母上。これから、少し出かけてこようかと思いまして」

 どこ行くのよ?



 やはり、まだまだ父上には適わない。「このままだと紗璃亜(さりあ)に持っていかれるぞ――」とはな。
 ちなみに、紗璃亜とは母親の事だ。



 ほけっとしている藺宇を馬屋まで連れて行く。本当は着替えさせたほうが動きやすくていいのかもしれないが、もったいないのでそのまま連れてきた。自分の馬は今城にいる。父上の馬を拝借した。先に藺宇を横向きに馬の背に乗せて、自分もまたがる。

「どこに行くのよ」

 見上げてくる視線には、答えなかった。自分でも、なぜあの場所に連れて行きたいと思ったのかよくわかっていないだけに。



「―――ここは?」
 森の一角、そこだけ丸く切り取られたように何もない。草も茂らず、木もない。ちょっと行けば道も森も木々もあると言うのに。
「これを――」
 端にある一本の木を指す。
「?」
 木の幹には剣で削ったような傷がつけられている。
「その昔、この木よりも大きくなろうとしてました」
「無理ね」
「……そうです。それからは、ここで一人剣を振る練習をはじめました」
 興味深そうに、意外そうに藺宇は話に耳を傾けている。
「いつか、父のようにすばらしい方を守るために」
「………」
 木につけられたあとの一番上は、藺宇の背を越えている。一本一本なぞるように指でなぞる。

「―――冷えますね。戻りましょうか」
 何しに来たのかわからないくらい早い言葉。
 昼間は暑いくらいだというのに、森はひんやりとすずしい。鳥達も獣達も寝静まり、風がかさかさと葉をゆらす。夜行性の動物が、目を覚まし始める。

「……もう、少しだけ――」





 まどろみから覚醒へ、またまた目が覚める。小鳥達の朝の合唱とまじる風の歌。光の観客がそれに魅入(みい)られていっそう眩しい。
 朝になったことを告げる窓。腕の中のぬくもり。自分の部屋に、まさか第三者を入れる日が来るなんて夢にも思わなかった。それは藺宇だからであり、他の何者も侵入してこない。自分がもっともくつろげる所にいる、同じく自分がもっとも信頼すべき女王(ひと)――
こんこん、
「なんだ?」
こんこんっ!
 藺宇が、起きてしまうではないか。
ここここここ……
「誰だ!」
「弦鋼! いつまで寝ているの!! 家にいる間まで藺宇ちゃんを独り占めする気!?」
 上半身裸のままで扉を開け放つと、母上と侍女たちが立っている。弦鋼の姿に若い侍女達はほおを染めたが、本人と母親は気がつかない。
「母上……」
 そうは言っても、昨日の夜は遅かったのだから勘弁してほしい。

「騒がしい……」
 体にシーツを巻きつけたままの藺宇が寝ぼけて扉の所までやってくる。その姿に焦って抱き上げるよりも早く、母上と侍女たちに藺宇は連れて行かれた。



 朝食もあわただしい。母上のあれだけの力の入りようといえばきっと初めてだ。しかし、私はいつまでも付き合う気はない。
 あと何日いられるの? と言う母上の問いかけに、以外にも藺宇はこう言った。「今日城に帰ります」。

 ―――初耳だった。

 なごり惜しんでも押し切れない母上を遮って俺と藺宇は馬車に乗り込む。どうしてと問いかける母上に、藺宇の答えは無情だった。

 ――そろそろ帰らないと。無能な大臣どもに国がつぶされる前に。

 実際、帰ってすぐはひどかった。傾いた税制、未処理書類。婚儀の前と終わってすぐよりも忙しかった。大臣たちは領地を没収されるだけでは済まず、殺されかかっている。
 さらに、旅行の時が嘘のように藺宇に触れることもできなかった。ひどいこき使われようだ……

 そんな一ヶ月が待っているとその時は思いもせず、馬車にゆられて城に帰ってきた。兵達が頭を下げる。そんな中大臣達が走って逃げ、られるはずもわけもない。


「まぁ女王さま! おかえりなさい」
 茉衣莉がお茶を出しにきた。もとい土産話をせびりに来た。
「ただいま」
「それで、王子様は?」
「「は?」」
「いまだに、帰られていませんの」




 ………藺志は迷子?






どうも、王子〜王女は藺宇の話が書きやすいんだなぁ。な、歌夜です。
藺志はネタだけならあるのでまた今度。
今回の話はだいぶ“異質”でしたが、いがでしょうか?
迷子を捜しに行ったのはきっと弦鋼でしょうね。燕雅は……?
あ、ちなみに「ギャグ→甘→ギャグ」な展開を目指しました。
しかし、長い…ってゆーか甘すぎ…?

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