〜やってきたのは未亡人〜


「こんにちは藺志王子、お噂通りで可愛い方」
「……こんにちは。別に可愛いっていわれても嬉しくねぇーぞ」
「あらまぁ、怒っても可愛いわね」
 そう言って、空慈(くうじ)国の元王妃は笑った。と言っても、もう国もないけれど。なんでも、国王が死んだ時にあれよあれよと尊信国(そんしんこく)の領土になった。そうで。
 そんな国の元王妃――彩絵(あやえ)様。

 ただ今二人は城の中庭の椅子とテーブルでお茶を片手にお話中。もちろん、目の前を埋め尽くすお菓子に必死に手を伸ばすのは藺志。

「本当にかわいいわねぇ。男の子にしておくのがもったいないくらい。そして、あの王女様は、女王様にしておくのがもったいないわ。この国の王様と王妃様は幸せものね。こんな立派な息子と娘に恵まれて」
「おぼえてねーよ」
 と、見事なブドウを房から取りながら藺志。そのまま口に運ばれる。
「そうなの? あなたのお母様もお綺麗な方だったわよ。空慈国に偽絵が届くくらい」
「へ〜」
 今度は、甘い甘い砂糖菓子。色は白、桃、緑、赤で、小さくトゲトゲになっているものを、がりがり噛んでいる。
「国王様も、すばらしい政治の手腕の持ち主でしたしね」
「そーなん? だ。」
 その割には小さい国だよなーべつにいいけど。と呟きながら藺志。その手にはビスケット。
「それに比べて。聞いておくれ、前のうちの旦那はねーー」
 はぁっと彩絵はため息をついた。
「おーー?」
 飲み干すのは甘さ三倍(当自社比)のココア。続いて手を伸ばすのはフォーチェンクッキー。
 ぱくっと……がさがさ……
「………」
 “食べ過ぎ注意!”の文字。ぽいっと紙を投げる藺志。
「もう私より三十歳は年上でねぇ」
「うげっ」
 そうも言いながら、スプーンで透き通るように青いゼリーの身を崩す。
「そういえばここの女王様も年上の方と結婚してらしたわねぇ」
「そうだなー」
 プリンは、食べる前に揺らして楽しむのだ。
「私も、嫁いだときはあのくらい若かったものだわ」
 そうだよなーと言い掛かった藺志の口には、幸いにもプリンが入っていた。
「あまり歳が離れているのも考え物だけど、仲睦(なかむつ)まじいそうで、よいことね」
「そうーなんだ」
 堅いラスクは、少しだけ紅茶に浸す。
「でも、あんまり歳が上すぎるのもねぇ」
 はぁっと、彩絵はため息を付く。
「ん〜なんか問題なのか?」
 クリームたっぷりのシューは食べにくい。
「あら、あなただって、あまり歳が上すぎる相手は困るでしょう?」
「あんまり低いのと比べて悩むくらいには〜」
 鳥と、ネコと、花と、鈴と、ドクロを形作るのはクッキー。
「そうなの。いいわねぇ。歳上すぎて、なかなか話も合わないし、何を話したらいいのか見当も付かないわ」
「へぇ〜」
 洗い立てのイチゴに練乳をかけて。
「困らせようと思って言ったわがままは、全部叶えられるんだもの」
 国王って、ものすごい権力よね。その頃はわからなかったわ。
「ほへぇ!?」
 ナッツとフルーツたっぷりのフルーツケーキを分厚く切って口にほうばった藺志は、むせ込んでいた。
「あらあら、あわてないの」
 そういって、彩絵は藺志にハーブティを差し出した。
「本当に、小娘のわがままによく付き合ってくれた方だわ」
 彩絵の目が遠い。その先で何を思うのか。
「……(藺宇みたいなもんか?)」
 いやいや、そんなわけはないでしょう。



 ぴしりと、女王のほほが引きつった。そんな瞬間に正面にいたので……しかも二人きりなので……
 こういった場合、無視しても相手をしても機嫌が悪い。
「……藺宇?」
 控えめに声をかけてみる。
「今、どっかで誰かにわがままって言われた気がするわ」
「間違ってないの」
 失言を自覚するのが遅れた。最近、口が軽くなっている気がする。――たぶん、安心しているから。
 といっても、にっこりと微笑む姿に冷や汗を流した。



「大体、いきなり病気でぽっくりよーー」
 あれだけ離れていればねぇー
「あれまぁー」
 ごくごくと飲み干される、冷たく冷えたレモネード。
「毒盛ったんでなくて?」
 シャーベットは紫色。……紫。
「………」
 彩絵はちょっと、口を閉じた。
「藺宇ならやりそうだぜ?」
 マドレーヌに手を伸ばす。
「今の夫に?」
「大臣に」
 がりっと飴が噛み砕かれた。
「女王様もご多忙で、お忙しいのでしょうね」
「たぶん」
 たぶんて、なんだ。



ガッ
 そう音がして、机の上に傷が付いた。白い紙を彩るはずの黒いインクが傷ににじむ。凶器は黒い羽の付いた先のとがった羽ペンで、実行犯はそのペンを折るのではかという勢いで震えていた。――何かに。
「……女王?」
 どうされました、か?
 先ほどの事があるので距離を取っていたのだが、ここでも、また、誰か声をかけなければならない。当然の事ながら。
 その場に居合わせたのに無視は出来ないよね。さすがに。
 そしてこれもまたその役目を負わされる人も一人しかいない。
「今、すっごい不愉快なことを言われた」
 ひぃっと丁度今まさに部屋に入っていた南大臣が悲鳴を上げた。まぁ予想できた事ながら、女王の震えの原因は怒りだ。逃げかかる南大臣をまぁまぁとなだめて、問いかける。
「藺志王子ですか?」
 なんというか、わかってきた気がする。この双子の持つ感覚を。それとも単純に藺宇が地獄耳――
「弦綱?」
「……いえ、なんでも」
 不機嫌で、さらに低くされた声、くるくると動く目が睨みつけてくる。大臣達は悲鳴を上げるが、怒ったところもかわいいと思えるようになったのは、最近。



「それにほら、お国はもう属国になってしまって」
「はぁ」
「私が嫁がなきゃならない理由なんてなかったのに、お父様が」
「ん〜実は運命の人なんですとか」
 そういう、ちまたで一般市民の女性にはやりそうな夢物語でなくて?
「それは考えられないわ。もうお歳でしたもの、私と結婚したこともおかしいくらいだったのに、お父様に押し切られてしまったの」
「へぇ〜大変」
 チョコレートはお酒入り。藺志が食べようと手に取ったら彩絵がさくっと奪って口に入れた。
「ぁあ、私だって順調に行けば、あなたくらいの子どもがいたのに!」
 怨みがましい目で再びチョコレートに向かう藺志の手をびしっと叩き落とした。
「そう思うでしょう? まだ普通に政略結婚をしていたら子供がいてもおかしくないのに。まだ毒も盛ってなかったのに」
「………」
 藺志の手が、一瞬止まった。しかし、すぐに動き出す。遠目にこちらを見ている兵士は異変に気が付かない。
 やっぱり盛るんだ――
「あら? 冗談よ」
 藺志の様子をたっぷり楽しんだ彩絵は笑う。
「そうなんだ」
 藺志はチーズパイにかぶりついた。
「かわいい女の子がほしかったの」
「遅くないんでないの?」
「どういう意味かしら?」
「いや、えっと」
 そんなに歳取っているように見えると。そう。
「ふふっそんなにあわてなくてもいいわ。そのつもりで寄越されたのだから」
「?」
「わからなくていいのよ。私も、もう利用される気はありませんもの」
 疑問を浮かべたまま、パイを片手に持ったまま首を傾げる藺志。彩絵は立ち上がって、藺志の真横にやってくる。
「本当にかわいいわね。男の子も、よかったのかもしれないわね」
「おー?」
 顔を見ようと首を向けた藺志が止まった。言い切ると同時に彩絵は藺志のほほにキスをして笑う。
 振り返って固まったままの藺志その向こうに、政務を終えてこちらに向かってくる藺宇が見えた。



「それでは、ごきげんよう女王陛下」
 もう時間ですと、彩絵は言った。滞在してもかまわないのに――そう言いかけて、彩絵が小さく首を振ったのを見て藺宇は言葉を飲み込んだ。ここまで馬車を呼ぶ。
「短い時間でしたが、ご訪問うれしく思います」
「本当ね、あっと言う間だったわ」
「お楽しみいただけたようで、うれしく思います」
 藺宇の言葉に、ふふふと意味深に笑って彩絵は馬車に乗り込んだ。
 その馬車ががらがらと音を立てて遠ざかる。その姿が遠ざかり、もう見えない。

 その頃にようやく動き出した藺志は最初に口を動かした。もぐもぐ、ごっくんとパイを飲み込んで藺宇に近づく。
「なーいう」
「………、何?」
「あのおばさん何しにきたんだ?」
「……あんたとお茶しにきたんでしょ」
「おーじゃぁーまた来るのか?」

 藺宇は沈黙した。


2009.09.27
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