〜やっぱり鈍い、城の人〜


 その日も、王子は機嫌がよかった。剣術の指南者から逃げることもなく、この国の歴史を聞くときに寝るでもなく、ひたすら打ち込んでいた。
 扉の向こうで、大臣が涙を流しているにも関わらず盛大に扉を蹴り開けたのはわざとだと思うが見なかったことにする。
 そして今も、馬上で眩しそうに太陽を見上げている。そんな午後のひと時。
 突然、叫び声が聞こえた。何事かと首を向けると、全力でこちらに向かってくる影。
 淡い桃色の服、編みこまれた緑の髪。ひらひらと揺れるリボン。翻るスカートの裾。
 長いスカートの裾を綺麗にさばきながら走ってくる人影、それは――

「い〜〜〜ぅっきゃぁ!?」
 おそらく、ながながと息を吸って長々と吐くついでに名を呼ぼうとした王女様が、突然こけた。それはおそらく、二文字目を口にしたその瞬間。だと思うのだが、叫び声にすべてがかき消されたので真相はわからない。
 ……そして王子の手にあった短剣が消えている……
 いっきに機嫌の悪くなった王子が、馬から下りて近づく。顔から地面にめり込んだ王女様に。
「……藺宇(・・)、なにをしているのかなぁ」
「もうひどいわぁ藺、」
 ぎろりと、王子が王女様を睨んでいる。まるで邪魔だとでも言いたげだ。
「志。私、こんな何もない所でこけるほどベタな過ちは繰り返さないのよ!」
「本当に?」
「〜〜本当だもん! ひどいわぁ!!」
「本当(・・)に?」
「……あ、あのね!」
 突然、王女様が話題を変えた。
「なに」
 王子も、その不自然さには気が付いているがいつものことだとでも言いそうだった。
「私! 藺志をモデルに刺繍(ししゅう)したの!」
 そう言って王女様が広げたハンカチには、身の毛を逆立てて剣を足下の死体に突き刺す王子様が縫い取られていた。
 確かにうまい。糸を刺繍する。という意味ではうまい。これなら裁縫の先生(メイア)は大喜びだろう。王女様はいつも糸を引きちぎると嘆いていたが、願ったり叶ったりだろう。だが、そこに芸術的センスを見出すには……
「もっとそれらしいものを刺繍しろーーー!!!」
 王子の怒声が響き渡った。




 さて、この二人。言わずもがな王子と王女。王女と王子。ただ今の時間は午後ですが、これを朝まで戻ってみよう。

「ふふ〜ふふふ〜」
「ふっふっふっふ」
 同じ文字を使って笑う声。しかし、それは重なり合うことはない。楽しそうに部屋の中を回り続ける王女。歴史書を片手に口元をゆがめて笑う王子。
「ふふっ今日は新作ドレスを〜着るの!」
「ははっ今日は歴代の死刑囚の末路が!」
 互いに向かい合って口をつく言葉。誰か、突っ込め。誰でもいいと思う。この際。
「かわいいのよ〜桃色に、リボンで白いヒール!」
「楽しみだ〜絞首刑、火あぶり、市中引きずりまわし」
「ちょっと〜聞いているの藺宇!?」
 そう言った藺志の真横を、何かが通り過ぎた。ピキシと固まった王女。鋭い目で二本目の短剣を手に持つ王子。
「お前、本番で、間違うなよ」
「平気だもん!」
「というか、何その気持ち悪い組み合わせ」
 冗談じゃないわよ動きにくい。
「そっちよりましだ!」
 不穏すぎるだろう!?
 そして侍女がやってきて、二人は食堂に向かう。迎えるのはおなじみの、笑顔は素敵な例の侍女。
「おはようございます。王子様、王女様。いいお天気ですね」
「おはよう」
「おはようございます!」
「今日の朝ごはんは、料理長が腕によりをかけたポテトサラダのサンドウィッチにジャガイモの冷泉スープにベーコンのポテト焼きにポテトマフィンにジャガバターに……」
「ちょっと待て」
「何か?」
 王子の一言に、茉衣莉は言葉を止めた。
「ポテト以外は?」
「だって、新じゃがですもの!」
 早く食べないと芽が出るらしい。それにしても……朝から、夜まで?
「おやつはポテトフライか? ポテトチップか?」
「さすが王子様。よくお分かりで」
「………」
「え〜コーンはー?」
「王女様。……とうもろこしですか? とうもろこしはまだこの国では取れませんわ」
「やーだー」
「そんなにお好きでしたか?」
 茉衣莉の言葉は、少し意外だと言っている。
「うん!」
 しかし、気にした様子もない。
「でしたら、上の人間に南の国から取り寄せる流通ルートを確保するように仰っていただかないと」
「わくわく」
 効果音を言いながら王子を見上げる王女。その瞳は輝いている。さながら、ほしいものを目の前にした美女。しかし、内容はとうもろこし。そして上の人間と聞いて真っ先に思いつくのがこの王子。いや、間違ってはいない。
「……わかった。大臣に言いつける」
 ぐったりと、王子は脱力した。
「やった!」
 それから、王女様のご機嫌を取るにはとうもろこしだと噂されたとか。


 それが朝のこと。お昼ごはんはポテトグラタン。おやつの時間までもう少し。そんな、先ほどの時間。


「ううっひどいわぁ。せっかく、せっかく先生が何を刺繍してもいいですよって言うから。頑張ったのに」
「どこを」
「この血のり!」
 ハンカチを赤く染める糸を指す王女様。確かに本物に近づけたらしくリアルだ。……いやだ、血溜りをリアルに刺繍できる王女様なんて嫌だ。
「モデルの意味がないだろう!」
 え? そこなの?
「だって〜むつかしいの〜なんて特徴のない顔をしてるの〜」
「お前と同じだ」
 イライライラ、王子の不機嫌が伝わってくるようだ。腕を組み、つま先は先ほどから速いテンポを刻んでいる。
「それで、だから、なんだ」
「うまぁい?」
「ぁあ上手上手」
「棒読みじゃない!?」
「うるさい! 出てけ!」
 そう言って、王子は逃げ出した王女様をあわてて探しに来た裁縫の先生に引き渡した。
「まったく冗談じゃないわ、じゃまばっかりすんだから藺志は!」
「王子?」
 はっと、藺宇は振り返った。頭に疑問符を浮かべた兵士達が多数。藺志? 藺志王子なら目の前に……
「いやっ!? ……あれは意志が弱すぎると思わないか?」
「王女様ですか?」
「そうだ」
 内心で、冷や汗をだらだらと流している。
「そうですね。もう少し興味関心の偏り具合を改めるようにお伝えすべきではないでしょうか?」
 ぴきしと、藺宇の中の何かが音を立てた。つまるところ、これが今までの王女様の評価だから。
「へぇ?」
 この後、この弦鋼の部隊に、理不尽な命令が下ったおかげで彼らはその日徹夜だった。



「まったく、王女様。突然窓を乗り越えるのはおやめください」
 メイアは、王女様を連れ帰って椅子に座らせて、御説教を始めた。
「ごめんなさい先生。どうしても、どうしても藺宇にこれが見せたくて」
 半分泣きながら、顔を覆って言う。
「王女様?」
 よく聞き取れなかったのか、意味がわからなかったのかメイアが聞き返す。しかし、はっとした王女は次の瞬間だーと青ざめてがばぁ!! と顔を上げた。
「そう!! そうなの!! どうしても“藺宇の力作を藺志に”見せたかったの!!」
「……そうだったのですね。うれしゅうございます王女様。これもわたくしの指導の賜物ですわね」
 出来上がった物が、殺人現場であることは、この際無視だ。


「あーぶなかったぁ」
「あ〜ぶなかった〜」
 感極まった(片方は嘆き、片方は喜び)城内の人々には、どう時間の王子と王女のため息は聞こえていなかったようだ。
「次間違えたら藺宇に殺される……」
「こんなところでボロを出すわけに行かないのよね」

 なんと言っても、楽しいから。



「ふふふ〜」
 さて、刺繍の時間が終わって自由になった王女(心はいつでも自由)は城内の庭を歩いていた。一口に庭と言ってもあちらこちらにある。しかも、今王女が歩いているのは城壁の真下、だ。中庭と言うより、端っこだ。
「ららら〜」
 そして王女。歌ってます。
 そんな王女から隠れるように、柱の影に兵士がいます。等間隔に。なぜって、警備していたのですが……後方から歌いながら踊る影を見てしまったので、反射的に隠れてしまったのです。
 だって、だって、この国の王女様。逆らえない……
 そんなわけで関わらない方向で!
「まったくも〜あらぁ?」
 何かを感じたらしく、王女がぐるっと柱を一周する。だらだらと汗を流す兵士も一緒になって回る。
「変ねぇ」
 そう言いながら、次。やっぱり回る。
「変ねぇ〜?」
 首を傾げて、王女は行ってしまった。一人の兵士がほっと一息……
「わぁ!」
「ぎゃぁ!?」
 ここに生贄が一人。
「なーにしーてーるの?」
「ぇえっとですね」
「うん?」
 にこりと、笑顔。
「だって〜決めたじゃない。ここにいるのと、あっちと、そっち。なんでいないの?」
 そう、それはまだ藺志が王子のころに決めた配置。もうすぐ変更になるはずだが。
「……? 王女様。お詳しいですね」
 王子は、警備のことは王女には伝えていないはずだ。だってそうでなくても逃げるんだから。教えても教えなくても逃げるんだから。
「えっ!?」
 不思議に思って問いかけた兵士のまん前、藺志はぎくっと汗を流した。


「王子、弦鋼です」
「ぁあ?」
「王子、机に足を乗せるのはおやめ下さいと仰ってますが」
「そうだったそうだった」
 だから、変わらず足を乗せて置くようにしたんだから。
「……王子」
 がっくりと、弦鋼は頭を下げて王子の机に書類を積み上げる。
「これが明日まで、こちらは一週間後、こちらは」
 簡単に説明をする。
「ふ〜ん」
 そう言って、一番上のものを取り上げてみる王子。それを見送って、……?
「王子?」
「なんだ?」
「そちらは、王女様のものですよね?」
「はい?」
 指差された方向、藺宇の手の中。細い羽の付いたペン。
「………あらま?」
 だらだらと、藺宇の背中を汗が流れていった。


「えっと、えっとー」
 同時刻、城壁の一角。柱の前。桃色のドレスの下で汗をかく藺志。
 その目の前に、いる兵士は盛大に汗を流す藺志の様子に気が付いた様子もなく、こう言った。
「ぁあみなまで言わなくてもわかってます王女様。王子様を脅迫するのもほどほどにして下さいね」
「……ぇ?」
「え? って、まったく王女様。そこまでして逃亡を企てないでほしいと――」
「そうなのよね!!」
 王女が逃げるために王子を問い詰めて聞き出したのよね!
「はぃ?」
 突然詰め寄ってきた王女様に、兵士はあわてた。混乱している。
「そうよね!!」
 しかし、なおも同意を求めてくる王女。なぜか背筋が寒い。イエスと言わないと後で何が起こっても知らないぞと声が聞こえた。
「はいっ!」


「………王子?」
 自分の一言を聞いて、一言呟いたまま固まったように動かない王子に声を掛ける。どうしたのだろうか。お茶の時間はまだ早いが、休憩にするべきだろうか?
 疑問を持ちつつ、様子がおかしいと判断した弦鋼が休憩を促すべきか悩んでいたその時。藺宇の頭はフル回転していた。もちろん、焦るように汗をかきつつも。
「藺志か!」
「はい?」
 いきなり王子が叫びだしたので、弦鋼は声をかけるタイミングを失った。
「いや、なんでもない。ペンは朝藺宇に持っていかれてしまった。寝ぼけるにもほどがあるだろう?」
「は――そうですね」
 いきなり話が変わったので辟易した弦鋼だが、すぐに先ほどの自分の言葉のことだと思い当たる。しかも、王子は再び平静を取り戻していつもと同じ口調と声で答えた。
 疲れているのは自分の気のせいだったのかもしれないと弦鋼は思った。
「おかげで使いにくくてしかたない。次」
 気が付けば、王子の机の上の書類が消えている。変だ。普段はもっと時間をかけるはずなのに……
「ただ今」
 まぁ、早く終わる分には問題ないか。そう思って弦鋼が部屋を出た瞬間、藺宇は窓を乗り越えた。


「だって〜藺志がね〜」
「え、と?」
「ひどいでしょう」
「何がだ」
「きゃぁ!? いいいいい……し! もう! おどろいたのー!」
「うるさい。行け」
「は!」
 王子の鋭い一瞥に、兵士はさっと距離をとった。これで、よほどの事がない限り声は届かない。
「あ〜ぁあ〜」
 怒ってる。確実に怒ってるぅ〜置いてかないで〜
 藺志は本気で泣いていた。
「ううっどうしたのよぉ」
 まだ何もしてないもん!
「持っていろ」
「?」
 きょとっと、王女は目を丸くした。かわいい感じに。
「ペン? なんでだ?」
 疑問に思ったのか、藺志は受け取らず首をかしげている。
「うるさいわね……」
 あれから大急ぎで部屋から持ってきたのよ。そう言いながら、手の中のペンを握り締める。ミリミリと、鈍い音が聞こえてくる。
「まて!? まて落ち着け!! 壊すな!!」
「止めないで」
「いや待て!? 何事だよ!?」
「ちょっといらついて……」
「なんで俺のペンを折るんだよ!?」
 先ほどと持ち方が変わっている。
「まだ折ってない」
 さらに力をこめる。
「やめろーー!?」
「王子? 王女様?」
 ぴたりと、双子は話をやめた。騒ぎ立てる声は聞こえていても、姿は見えない。現れた弦鋼には、王子様と王女様が会話していた。と推測することはできても、どちらが話していたかは見ていない。
 だが、先ほどの会話から、きっとペンを持っているのは王女様で、止めようとしているのは王子様で――
「ぁあーー!? 侵入者!?」
「なに!?」
 突然、王女様が城壁の向こうを指差したので剣を抜きつつ振り替える。すると……あほーあほーと飛び去る。鳥が一羽。
「………」
 なんだったのだろうか……?
 首を傾げた弦鋼が振り返ると、王女様がペンを片手に、王子様がそれを必死に……?
「あ、見まちがえちゃった」
 こちらに気が付いた王女様が言う。
「王女様」
 遊ばないでほしい。
「どうした、いったい」
 王女様の右手から手を離した王子が言う。王女様の右手にはペンが握られている。
「ぁあ、そうでした。王子、部屋を抜け出すのはおやめください」
「そうだな、戻るか」
「いってらっしゃ〜い」
 王女は元気に手を振って、二人を見送った。
 先を歩く王子の背を追いながら、ふと、弦鋼は茉衣莉に呼ばれたことを思い出していた。そのせいで捜索が遅れたのだ。


 それは、王女様が城壁の近くを歩いていた頃のこと。弦鋼は原稿を運ぶために部屋を出た。もちろん、この時王子は部屋の窓を乗り越えた。
「あ、弦鋼様!」
「なんだ?」
 背後から、茉衣莉がかけてくる。その様子を見る限り誰か探しているようだが。
「お忙しいところ申し訳ないのですが、王子様のお部屋まで来ていただけませんか?」
「今の時間は掃除中だろう」
「そうなのですが、それが、不思議な物が出てきまして」
「不思議な物?」


「確かに不思議だ」
 なんで、王子の部屋のベッドの下に王女様の宝箱があるのだろうか。しかも昔船の上にでもありそうなレトロで現実味を帯びた木箱に、赤いペンでらくがきがしてある。
『持ち出し禁止!』
 しかし、閉まりきれない蓋の間から、レースや色とりどりのリボンが挟まっている。中には、お菓子の包み紙まで。
「これは、王女様のですね」
 趣味が。
「そうですね。それで、こちらに……」
「まだあるのか?」
 寝室を通って、王女様の部屋。双子の部屋の中の装飾は同じだ。配置が逆なだけで。他にも試着室や他の場所に続く扉がある。
 さてその王女様の部屋の机の裏と、花瓶の下と、ソファの中には、なぜか短剣と毒物の山。
「………」
 いや、どうして見つけたんだよ。むしろ見なかったことにしたい。
「どうしましょう?」
「気まぐれだろう?」
 宝物を見せたくなくて、隠しておきたくて、どこに隠すのか考えたのだろう。
 そこで相手の部屋に自分の宝物を隠して、ここなら見つからないと確信しているはずだ。灯台下暗し! とでも言いそうな二人の顔が思い浮かぶ。
 そんな遊びで気まぐれだ。たぶん、互いに互いの。






複数問い合わせ申し訳ありませんでした。ようやく書きました。
なんか、はじめに思ったのとズレたなぁって気はするけど、思い出せないのでこんな感じで☆
もうちょっと城の人を活躍(?)させる予定のはずだったのに・・
二人とも存在主張しすぎ!・・最近出番すら少なかったからか?


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