Her present
(彼女の贈り物)


「白いわね」
「もももんだいないだろう!?!」
「なんで動揺しているのよ」
 真っ白いティーカップを持ち上げて、しげしげとセネカが眺める。それはそれは、とてもとても不思議そうに。
 国王の背中を汗が伝った。
「……何か言ったらどうだ?」
 ついに沈黙に耐え切れなくなったらしい。
「なにを?」
 すかさず、セネカはつっこんだ。意地悪だ。ここにエルモアがいたら、セネカ様はかわらずいじめっ子なんです〜とかなんとか言い切る前に地面にめり込んでいるだろう。
「なにをって……」
 国王は視線を彷徨わせた。そして、言った。
「正直に答えてくれ。どうだ、ティーカップは」
「余ってるわ」
 正直に答えた結果だ。
 国王は頭を抱えた。
「そういうことじゃなくてだな」
「違うの?」
「いや違わないが……」
 語尾が弱く、いろいろ言い切れない国王だった。



「おい何肩落として歩いてんだよ! また国王様は王妃様に言い負かされたようだって城内に噂が走り回るぞ?」
 軽い調子で国王の肩をばんばん叩く、これでも護衛。
 ゆらりと、国王は振り返った。
「なんだよ? で、どうだったんだよ?」
 見る間に、国王はへこんだ。
「………しくじったのか?」
「いや」
「じゃぁなんだよ」
「余ってるそうだ」
「そりゃそうだろう。あれだけ毎日お茶会してるのに、同じカップが出てくるまで間が空くらしいからな」
 くらりと目の前が真っ暗になった国王は、即座に立ち直って護衛に向かってどなった。
「先に言え!!!」
 かなり、お怒りだった。
「いや、おもしろそうだったから?」
「そうか! さぞ面白かっただろうな!!」
「そうだなーその場にいなくても光景が想像できるくらいには」
「ぁあそうか!」
 国王は、切れた。



「セーネッカさま〜……はぁ!!?」
「なによ」
 自室で、手の中に納まっているものを眺めたり傾けたりしていたセネカは、突然(と言うよりも遅刻だ)やってきた侍女――もといエルモアに冷ややかな視線を送った。
「今日はくまさんが迎えに来て一緒に向かってきた途中で森の中に置き去りにされたんでしょう」
「そうなんですセネカ様! くまさんひどいんですよー! おいてっちゃうんですよーー!!」
「忙しかったのよ」
「そうかもしれませんけどー」
 ひどいですーと、しばらく嘆く侍女。そしてふと言ってきた。
「でもセネカ様〜どーしてわかったんですかぁー?」
「秘密」
「わぁ〜世の中の裏社会で人々を欺いてお金を騙し取る秘密結社の裏ボスみたいです!」
 ……ほめて、ない。
「ううっひどいですひどいですセネカ様! 私を置いてったくまさんよりひどいです! なんでケーキを切るためにあるナイフを投げるんですかぁ!!?」
「直接食べるからに決まってるでしょう」
 ざくっと、力をこめてさくらんぼにフォークを刺す。種に当たって、ケーキの中に沈んだ。
「私のぶんはぁーー!?」
「ずうずうしいわ!!」
 そして、しばらく間があいた。もちろん、その間に王妃は思う存分おいしいケーキを堪能していた。
 お茶が空になるたびに舌打ちしていたが。
「……ぅ、うう……」
 かすかに、うめき声がきこえ――
「ぶるぎゃぅっ!?」
 なくなった。
 う〜ん。おそらく、覚醒の途中で再び昏倒させられたのでしょうね。
 残念ですね。
「甘い」
 どうやら、そろそろ飽きてきたみたいです。でも半分は食べてます。
 ワンホール半分、贅沢ですね。
 お茶を飲み干した王妃はん〜と伸びをしてから、再びあの白いカップを手に取りました。それはそれは真っ白です。
 それに、カップの縁際に青いリボンの細工。取っ手は細く伸びていて、中央に水晶。
「豪華ね」
 両手にとって、再び眺める。――少しだけ、口の端が上がる。
「驚くかしら」
 呟きが、消えていった。



「おーい。おーい、いいから仕事してくれよ。滞ってるだろ」
 ずーんと、国王の執務室にはおもっくるしい空気が漂うところか居座っていた。
「うるさい。大体お前はどっちの味方なんだどっちの」
 机に突っ伏して顔を右に傾けている国王がぼやいている。
「そりゃ時と場合によるだろ」
 即答だ。
 しかもあまりうれしくない答えだ。国王の側近がこれなんだから、城のものなどどうしたものか目に見えている。
「はぁ」
「いいじゃないか、大丈夫だって」
「なんだその自信は」
「だって、王妃は貰って帰ったんだろう?」
 ちゃんと。
「いくらんでも目の前で叩き壊したりしないだろう」
「あの王妃でも?」
「………」
 気に入らなければ目の前であろうがなんだろうが叩き壊しそうだった。



「さぁおきなさい。いつまで寝ているの」
 どがっと、蹴り上げた物体がはねる。ぶるごぅっ!? という意味のわからない悲鳴も聞こえる。
 いや、あなたが永眠させたんじゃ……
「はぁ!? セネカ様! お茶の時間ですね!」
 しかもいい具合(?)に侍女の記憶は巻き戻っていた。
「終わったわ」
「ぇえ!? 私のお茶は!?」
「いらない」
「うわーん!!」
「うるさい」
 泣く泣く片づけをはじめるエルモアの、視線が動いた。
「あれセネカ様ーそれなんですかぁー?」
 セネカは、ぴたりと動きを止めた。その手の中にある白い陶器が光を反射させる。
「教えてあげない」
「えー」
 ぷーと、エルモアは頬を膨らませた。
 それを無視して、再びセネカは手の中でカップに指を走らせる。
「ねぇセネカ様〜」
「何よ」
「そのカップひとつしかないんですかぁー?」
「ないわね」
「足りないんじゃないんですか?」
「……そうね」
 続いたエルモアの言葉は、意味深だった。
「今度国王様が来た時、一緒にお茶を飲むんですよね!」
 私、腕をふるいます〜とエルモア。
「呼んでないから」
 ざっくりと言い切ったセネカの言葉に、エルモアが泣いた。



「で、結局どれにしたんだ?」
「知らないというか」
「いや、想像はつくけどな」
「それでいいだろう。それで」
 国王は二度くりかえした。



 肩をがっくり落としたまま部屋に帰る。いつもよりかなり時間がかかってしまった。真っ黒い外をぼんやりと眺めながら、部屋に入る扉を潜って、驚いた。
「まだおきていたのか?」
 薄暗い部屋の中で、寝台に腰掛けている人影。
 その手が遊ばせていたものを、傍のテーブルに置く。ことりと、小さな音がする。
 それは、へこむ原因となったそれで。
「……気に入ったか?」
 不安にかられて、問いかけてみた。
 すると、かなり鋭い視線を一瞬送って、かつかつと早足で近づいてくる。何を間違えたのだろうかと固まっている間に、目の前に来た。
 細い腕が首の後ろに回されて、引っ張られる。引き寄せるままにかがむと声が聞こえた。
 最初は、からかうように、呆れた言葉。
 それから――
「もう一回」
 強く、聞き返した。
「は?」
「もう一度だ」
 もう一度。聞きたいと。
「……もう」
 しょうがないわねと、言っていた。聞こえていなかった。
 たった一言を、確かめるために。
「子供が出来たって、言ったの」


 だから今日は、贈り物をする日でしょう?




2009.08.04