トカゲ


「いい天気ですね〜セネカ様!」
「……そうね」
「昨日までの大雨が嘘のようです〜!」
 そう、空は晴れ渡っていた。真っ青な空、流れていく灰色の雲。モクモクと膨れ上がる白い雲 。流れる風。
 ――しかし、
「まずい」
 呟かれた言葉はいい風ですぅ〜とぐるぐる回るエルモアには聞こえなかった。
 真っ白いテーブルクロスが引かれた屋外のテーブル。真っ白いカップにソーサー。
 皮肉にも、セネカがソーサーに戻したカップの中身は、この世の地獄と血液を混ぜたかのように赤黒いお茶だった。
 白いテーブルクロス。青い空。――赤黒いお茶の色が空によくはえる?
「ふふ〜気持ちいいのです〜」
 お茶を入れた張本人は、天国に上る気持ちです〜とかなんとか訳の分からんことを言いながら庭を突っ切ってゆく。
「そのまま地獄にでも堕ちればいいのに」
 と、もう一口お茶を飲みながらセネカの顔が再びゆがむ。
「まずっ」
 カラメルのかかった甘いプディングを、取り分けることなく、そのままフォークを突き刺して食べていた。口直しだから。
「ぁあまったく」
 そう言いながら、お茶は三口も飲まれずに地面に吸い込まれる。
 前日まで振った雨のおかげか、最近、このあたりの植物の生長が早く、元気であるように思える。それは降り続いた春の恵みのおかげなのか、それとも得体の知れない肥料のおかげなのか……
 芝は青々とおい茂る。
 エルモアがこちらに背を向けているうちに、セネカはカップをソーサーに戻した。
「あセネカ様ー!」
 そこへ、何ともタイミングよくやってくるこの女……
「………っはっセネカ様!!」
「なによ」
「おかわりですね!!!」
 目にも留まらぬ早さで次が注がれ、カップには再び、赤と黒の混じり合うワルツが……
 そして、一文目に戻る。セネカの顔に青筋が浮かぶ以外は。
「今日のお茶には秘密兵器が入っているんです! 絶対にセネカ様きにいると思ってましたー!」
 ゴッという何かが剛速球で飛んでくる音がして、メイドは冥土に行き掛かった。
 風が通り抜ける。セネカの髪が風に流れ、テーブルクロスも揺れる。どこからか花びらが飛んできて、鳥が羽ばたいた。小川のせせらぎが聞こえ、木々が芽吹く音が聞こえてくるようだった。――もちろん、王妃のお茶会の場所から、遠く離れた、森の中で。
「せっセネカざまーー」
 ぴくぴくと、腕が上がった。ひくひくと痙攣する体が起きあがれずにうめく。セネカはそれを一別した。
「今、昨日夢の中でお友達になったカエルさんのひいおじいさんに会いました――」
「そう。お花見してくれば」
「誘ったんですけど〜それどころじゃない!? 帰りなさい! って追い返されました〜」
「何回も誘われたかったのよ。もっと粘りなさいよ」
「でも〜ぉ」
「なに?」
 さめ始めたお茶を一口、口に運ぶセネカ。
「帰れなくなるよぉ〜って」
「(帰ってこなければよかったのに)どこへ?」
「ん〜わかりません〜」
 でももう帰って来ちゃいましたぁ〜と笑うエルモア。セネカの顔にもう一本青筋が浮かぶ。
「まっったく」
 そう言って、カップを持つセネカ。ふと、顔を上げる。するとわくわくと効果音をつけたエルモアの顔。
「なに」
「おいしいですよねっお茶!」
「まずい」
「なぁんでぇーー!? 最終兵器を入れたのに!!」
「二回目――兵器?」
 今頃ですか? そうですよね。元からまともな会話でないので、今更兵器とか聞いてもぴんときませんよね。
「はいセネカ様!! 企業秘密です!」
 冥土は旅だった。
 ちゃりらり〜
 セネカは、足下に転がるものはまるで元からない。見えない。存在しない。とでも言うように一人優雅にお茶を続けていた。と言っても、もっぱら減るのはテーブルの上の大きな(取り分けて食べられるよう)のプディングで、直接フォークによってその身を崩されていく。
「ん〜おいし」
 お茶に手を伸ばしかけて、引っ込めた。
「なんで飲まないんですかぁ!?」
「――ちっ」
 もうおきたか。
「ひどうですぅセネカ様! 私がセネカ様のためだけに入れたお茶を残すなんて!!」
「自分で飲んだことある?」
「ありません!」
 空に向かって、テーブルクロスがはためいた。ひっくり返ったのはテーブル。粉々に砕け散ったのはカップ、ソーサー、ティーポット。
 はでな、音もした。
「ぅにぃ〜いたいです〜」
 そう言って、小動物が顔を毛繕いをするように顔中をなで回す、テーブルとキスをした女。
「いい天気ね〜」
 天気だけは。と、庭を散策するために歩き出したセネカ。ぴくぴくと痙攣(けいれん)する何かは目に入らないようだ――と、きゅぴーんと、なにかが反応した。突然しゃがみ込んだ王妃。おそらくこの場にまともな侍女がいたら、あわてて駆け寄ったところだろう。
「………」
 王妃は何度か手を出したり引っ込めたりした後、満面の笑みで振り返った。
 が、誰も見ていない。いらっと口元をあげて、いまだいたいんですぅ〜優しい気持ちが奪われるんです〜と嘆く侍女の元に向かう。
「ほら〜見てぇ〜」
 その口調は、かつてとある国でとある王女が国王に天敵を差し出したものにそっくりだった。というか本人なのだが。
「ほら」
 どがっと鈍い音に続いてうめき声。それから見上げる視線。の先。ぷらーんと、その人指し指と親指でつまみ上げられたもの。
 細長く、茶色い。つぶらな瞳と短い手足。
「とっトカゲぇ!?」
 ずざっとエルモアは飛び退いた。
「ふふふ〜まだ動きが鈍いのよねぇ〜」
 日向ぼっこしてるくらいだし。とセネカ。
「この時期は捕まえるのが簡単なのよねぇ〜」
「せっせねかさま!?」
「なに?」
「煮るんですかっ」
「――ぁあ?」
 ぺたぺたとトカゲでエルモアの頬を叩きながらセネカ。
「だってトカゲですよ!」
「そうよ」
「しっぽがはえてくるんですよ!?」
「業(わざ)を盗みなさいよ」
「無理なのにぃ〜」
「できるでしょう。便利よ?」
「セネカ様。そんなに頻繁に腕がもげるってどんなことなんですか?」
「私が見てる分には楽しいわよ」
「ひどいですぅ!」
「なにが?」
「だって、私の腕がーー」
「私を楽しませるのが仕事でしょう?」
「そんな命知らずいませんって〜」
「そうよねぇ〜」
 あはははーあははーと、庭に笑い声が響いた。
 乾いている……
「で、エルモア。私思いだしたんだけど」
「な゛ーんでずがぁーー」
 セネカの足下で声が聞こえた。トカゲはゆうゆうとエルモアの頭の上にいる。
「頭切ったら二つになるのってトカゲじゃなかったわよね」
「ううう……私は分裂できません〜」
「あなたが二人もいたら気持ち悪いわ」
 しかも、被害も倍増。二倍ですむだろうか。むしろ、二人にしておいといたらよくない効果をもたらしそうだ。
「早さが二倍になると、曲がる時にかかる付加は三倍になるのよ」
「なんですかそれ?」
「あなたの存在が迷惑だって話」
「ひどですぅ! 私が加われば百人力ですよ!!」
「百人分迷惑って事ね」
「セネカ様のひねくれ者ーーぉ!」
「だれが、なんだって?」
 にっこりと効果音――二回目。そしてエルモアは星にはなれなかった。
「燃え尽きちゃえばいいのに」
「あの星のようにですか?」
「まだ星でてないから」
「心の目で見るんです!!」
「……大変。幻覚が見えるわ」
「そっそんなセネカさま!? どこですかっ?」
 ああ、このままフィードアウトしないかしら。エルモアが。
「もうセネカ様〜こんな真っ昼間からお星様なんて見えないんですよぉ〜」
 一般常識じゃないですか!
「あなたに常識を問われることほど不愉快なことはないわね」
 と、セネカは指を鳴らした。
「ぁのうセネカ様」
 一歩後ずさりながらエルモア。
「なんなのかしら?」
「身の危険を感じるのですが……」
「あら、そーお?」
 空に響いた絶叫を残して、トカゲは草の中に消えていった。







2008.04.17