Parent and Child
(親子)

「おかあさんー」
 呼ばれている。
「おかあさんー!」
 泣きそうだ。
 今行く、と答えることができない。
「……ん」
 いい加減にしろと、足を上げた。

「どうしたの?」
「おかあさんー!」
 泣きべそをかきつつ、つっこんできた。ぽすっと受け止めて、よしよしとなでた。
「なんだいったい」
「まだいたの」
「……」
 ぐすぐすとぐずっている息子を抱きながら、後ろに返す言葉は冷ややかに。
「で、どうしたの?」
 にっこり笑って問いかける。一瞬流れた冷たい空気には気がつかせない自信がある。
「ぅわーー!」
 と、なぜか――というか、確信犯のせいで泣きがひどくなる。
 背後を振り返って、「消えろ」と言い切った。


「どういうことだと思う」
「いや、お前“が”悪いんじゃねーか?」
「どういうことだと思う?」
「だから、何度聞かれても同じだから。ほかに期待するな」
 この場合、正しいのは王妃だと、護衛が言う。
「だいたい、自分の子供だろ」


「ミスト」
 ひとしきり泣くので好きなようにさせていた。遠目に、この光景が目に入らないのかエルモアがまたいつものように頭に花を咲かせたとしか思えない動きでお茶を入れていた。
 万年花畑め。
「どうしたの? 大臣が気にいらないの? おじいちゃんが嫌いなの? それとも頭の弱い侍女のお茶を飲んだの? それともエリスおばさんからはた迷惑な手紙でももらったの?」
 ふるふると首を振る息子。――ちっ、違うのか。
 対処が楽そうだったのに。
「おかあさん」
 ぎゅっとしがみつかれた。ふふっと笑った。
「なぁに?」
 ここに、いるわ。
「一緒に、行く?」
「なんの話?」


「ちょっと」
「どうした、セネカ?」
 打って変わって、にこにこと機嫌のいい王――不気味だ。
「ミストが、視察に行くの?」
 びきしと、王の顔に亀裂が入った。
「あ〜それはだな」
「なら私も行くわ」
「ぇえっ!?」
 王の口から、素っ頓狂な声がでた。
「何よ」
「嫌いじゃなかったのか……?」
 王が視察に出かけるたびに同行を拒否していた王妃だ。そう取れなくもない。
「嫌いよ―――ね」
 王妃は故意に口を閉じて、理由を言わなかった。
「ななななら俺も行く」
「そう、じゃぁ行ってきて、一人で」
「……」
「今行くって言ったわよね。聞いたわよ。ねぇセズ?」
「黙秘権を使ってもいいでしょうか」
「なんでよ」
「なら俺はミスト様につくということで」
「ならいいわ」
「セネカ」
「なに?」
「そんなにこの国が嫌いか?」
「あんた、バカじゃないの?」


 さて王妃に捨てぜりふ――もといとどめを刺された王は、現在へこんでいた。
 俺は変更となった予定の調節に追われていた。
「王、机と仲良くなるのは願ったりかなったり感じですが、急ぎませんと出発に間に合いませんよ?」
「嫌みか」
 その口調。
「まぁていよく息子を追い出そうとしてたんだし、自業自得だろ?」
「お前は誰の味方なんだ……」
 そんなの、被害がかからないほうに決まってるだろ。
 とまでは、言わなかった。黙秘権行使中だから。


 数日後。


「おかーさー」
「せーねーかぁぁさまぁっぁあーー」
 とりあえず、殴った。
「いたぁ〜セネカ様〜何するんですかぁー」
「わからないの? そうねあなたよりもミジンコのほうが物わかりのいい頭を持っているかもしれないわね」
「ミジンコは単細胞生物なんですー」
「あなたのことでしょ」
「私は多細胞生物ですー」
「ダサいって?」
「セネカ様の耳が遠くなったぁあーーだいっ……なんで殴るんですかぁ?」
「殴らないと?」
「足、長いですね……」
「もちろん」
「ぅわーん!いじめるーー!!」
「うるさいこの単細胞生物! 沼地で干からびてこい!」
「ひどいーー!」
「うるさいっ」
 っていうか、黙れ。……ぁあ!
「ごめんなさいミスト、どうしたの?」
 目を見開いて、ぱちくりと瞬きをする息子。固まっている。何度か呼びかけると、はっとしたように見つめてきた。
「お父さんは?」
「自業自得よ」
 さくっと言うと、意味がわからなかったのか首を傾げている。まぁ一人で視察に行ったけど。セズとかと一緒に。
「お土産に期待するといいわよ」
「国王様かーなーりへこんだまま出かけましたよ〜セネカ様喧嘩したんでげぐぎゃ!?」
「けんか?」
「なんでもないわ」
 にっこりと笑顔。もちろん、エルモアは吹っ飛ばしたわ。ぁあ世の中平和ね。あれ? いない。
「大変ですセネカ様!! お茶こぼしたら地面が焦げましたぁぁああ」
「誰に飲ませるつもりよ!!?」


「ぁあ、空は青いなー」
「おい、現実逃避現実逃避」
「なんだ、お前、もっと護衛らしくしたらどうだ?」
「いや、仕事が進まないから休み時間が減るだろう」
「現実主義者か?」
「お前は現実逃避だろ」
 国王は再びへこんだ。
「……」
 護衛はため息をついた。
「なっがい口上も聞き終わったんだから、王妃と息子にみやげでも買ってき――?」
 言い終わる途中で、目の前から国王が消えていた。
「さっさと行くぞ荷物持ち!」
 先ほどまでどん底までへこんでいた国王が意気揚々と出かけていくので、城からついてきた兵士がぽかんと口を開けたまま固まっている。
「……」
 護衛は、ため息をついた。


「セーネカさまー! でべぎゃ!?」
「静かにしなさい。ミストが起きるでしょう」
 ぱくぱくとエルモアが口を動かす。訳すと、『こっそり入ってきましたぁー』になる。
 セネカは、不法侵入という言葉を飲み込んで乳母を振り返る。彼女は静かに頷いた。
 ミストが生まれて――子育てのほとんどを乳母に任せていたセネカ我が子にべったりなのも最近になってからだ。
 子供部屋を離れて、青空の下木陰でお茶会。
「セネカ様〜どーして視察に行かないんですかぁ〜?」
「気分」
「“土瓶”ですかぁ?」
「なによそれは」
「土をこねて練って焼いて作った瓶です!」
「き・ぶ・んだーー!」
 まぁおよそ半年近くかまってあげなかったおかげで、子供の世話をすべて乳母に任せることになったのだが。
 まぁそれはいいにしても明らかすぎるから。
「うっうう……土瓶のいいとことは割れても土に返れるって事なんですよぉーー」
「まねしなさいよ」
 割れるところだけ。
「私だっていつかは土に返るんですー」
「腐るわ」
「ぅわーーーん!?」
 なんか、子供が二人に増えたみたいだわ。


 目下、国王は頭を抱えていた。
「王妃にはこれがいいんじゃねぇか?」
 城から連れてきた護衛、兵士、が選ぶ“王妃へのお土産候補”は……毒、武器、術具、で構成されていた。
「なんだこれは」
 ぷらーんと、つまみ上げたもの。おどろおどろしい。
「なんかそれ、呪えそうじゃねぇ?」
「誰を、だれが」
 国王様。声に力が入りました。
「いやぁ、愛だねぇ〜」
 うんうんと頷く兵士たち。
「ごまかすな!?」


 そして、
「おかえり」
「おかえりなさい!」
「ただいま――お土産は部屋に届けてあるから、もう戻りなさい」
 さくっと言いきると、がんっとショックを受けたように固まる息子の表情。流れる空気が重い。
 ん? と首を回すが、部屋の中には誰もいない。(エルモアは就寝時間だ)
「部屋に届けてあるなら、明日でいいわミスト。もう寝ましょう」
 そう言って、王妃が息子を手招きする。その言葉に反応して、国王が言う。
「ここで?」
「ここで」
 セネカは即答だった。
「……俺の寝室なんだが」
「私の寝室ね」
 返答にかかった時間。コンマ零点二秒。
「ミスト、部屋に戻れ」
「いいのよ。今日まで一緒に寝ようって言ったんだから」
 暗に、明日帰ってくるはずの国王が予定を繰り上げた事への嫌みだ。
 おろおろと、ミストが首を母親に向け、父親に向ける。もう、ばちりと火花を散らす二人の目に、息子は映らない。
「俺は疲れたんだ」
「だったら……私が出て行くわ」
 立ち上がって歩き始めたセネカの腕を、クラウドがつかんだ。
「どういうことだ?」
「どういう? どういうって、なに」
「うわーー!!」
 びくっと、二人の肩が動く。寝台のそばで泣く、息子。
「ミスト?」
「やーだぁー! けんかしたらやだー!」
 両親は驚いて、固まった。
「ごめんなさいミスト、泣かないで」
 よいしょっと抱き上げて、セネカが寝台に腰掛ける。その間もしばらく、ぐずっていた。小さいてで握りしめる、拳、セネカの服にしわが寄った。
 気まずい沈黙と、視線を、両の親が交わしあう。
「ミスト?」
 国王がそばによると、ミストは手を伸ばしてその服の端をつかんだ。
 両手に、にぎる――
 はっと、セネカとクラウドが息をのんだ。
 くすんくすんとぐずりながら、疲れたのか眠たいのかかくりと落ちる首。
 あわてて、支えようと伸びた腕は、二人分。
 それに気がついて、笑った。交わされた視線、もれたのはほほえみ。
 クラウドがミストを抱え上げて、寝台の中に寝かせた。それから、抱え上げたセネカを左側におろす。そして回って、反対側。
「……大きく、なったな」
 小声は、眠りを妨げることはない。
「そうね」
 クラウドの手が、ミストの頬にふれて、前髪をならした。
 その一瞬を見計らって、セネカが動く。
 唇が触れたのは、頬だったか。
「おかえり。おやすみ」
 虚を突かれたようにクラウドが頬に手を当てる間、顔を隠すようにセネカも息子の隣に横になった。
「………ぉい」
 取り残されたクラウドは苦笑して、ろうそくの火を消して回る。
 だけど彼はしばらく、眠れそうになかった。





おまけ
2009.08.04