She want this
(おねだり)


「これほしい」
 珍しく、たいっへん珍しく会議に乱入してきた王妃の一言は、そこに参加していた大臣と長官と隊長クラスの人間を凍り付かせるには十分すぎた。
「セネカ」
 ここは、代表というか誰も恐れ多くて口を挟めなさすぎる……というか国王に助けを求める――もとい押しつける。
 いろいろなものを背負った国王は、ひとまずその言葉に応えるとい事を実行に移した。
「武器は駄目だぞ」
「余ってる」
「毒も駄目だぞ!?」
「いらない」
「呪いの道具も、魔術の書物も、生け贄の生き血も」
「……」
 それらすべてが違うらしい。そうか! ついに、ついに人並みの物がほしくなったのかと希望を持つには無謀すぎる夢を抱き、国王がその言葉を口にする。
「そうか! 宝石がほしいのか!?」
 すたすたと国王の隣まで歩いてきた王妃は、その手に持っていた分厚い図鑑を国王の頭に向けて振り下ろした。

 話は巻き戻る。

 優雅にお茶を飲み、メレンゲの焼きがしをつまみながらその手が暇だというようにテーブルの上に置かれた書のページをめくる。
 しずかだ。
 二分くらい前に断末魔が聞こえてから後は特に。
「ん〜」
 時々、王妃は伸びてぽけっと手を止める。そしてまた、その手がページをめくる。
 と、足下か、うめきご
「ぶるぎゃぁうっ」
 ……。
 真っ白いメレンゲ菓子が、細い指によくはえる。
 しかし、お茶の色は相変わらず、濁っていた。
 ふっと、ページをめくっていた王妃の手が止まる。しばらくそのページを凝視している。
 また、静かな間に――
「どるぎゃっ!?」
 容赦なく何かを踏みつけて、王妃は庭から城の中に向かっていった。
「せ、ぜねか、さま……」
 ひくひくと手を伸ばしたままのエルモアが、ばたりと崩れた。

 さて城内を迷わず歩くセネカ、その足取りは迷うことなく、最短距離を進んでいた。
 その部屋の前には兵士が立っていて、おそらく、彼らの役割としては誰も通してはいけないはずだった。
 しかしセネカはにっこりと微笑んで、ゆっくりとにらみつけた。
 かくして、扉は開かれたのである。


 さて国王の頭に向かって振り下ろされた図鑑はかなり分厚いもので、おそらく王妃付きのあの例の侍女ならばしばらくは目を覚まさないだろう。
 しかし、そこは国王だった。
「だー……違うのか」
 何をする!? と怒鳴ってもいいところだと思う。
 まぁあたり前だろうが。そこら辺の常識はそれぞれに都合よく解釈される。
 全く違う物を欲していることに成りつつあった王妃は、いらっとしてきれた。
「これほしい」
 そういってさっきぶっ叩いた図鑑のとあるページを迷うことなく一回で開く。
 そこのページの一部は、赤く塗りつぶされていた。
「これは?」
 見ればわかるだろうに、国王は問いかけた。見ればわかるでしょうと、王妃が物わかりの悪さにいらついていた。
「トマトガエル」
 しかし、そこはセネカ。例え何度問いかけられようと、いらっとしつつもきちんと話をする。
 ……そこは幸か不幸かいつも話を聞かない侍女のおかげだろう。
 絶対に、彼女のおかげとかいわないだろうし、認めないだろうが。
「赤いな」
「これほしい」
 そしてセネカは、ここに乱入した理由をわかりやすく、大変わかりやすくあかした。
 誰もそんなことで乱入したのかよと、つっこめない。明日がなくなりそうだから。
 ここはもう、ぁあ仲がよくていいことですねー(棒読み)で行くしかない。
「あのなぁ」
 国王は、疲れたように言葉を絞り出した。
「これほ」
「だから、普通ほかのくくりの物をほしがるだろう!?」
 はて、と王妃が首を傾げた。
「武器も毒も呪い道具も余ってるわよ?」
「……」
 国王は心の中で泣いた。確かに、たしかにほしがる物を勝ってやろうという思いは強い。
 しかし、だがしかしそれは武器とか、毒とか呪い道具とか、そういった物に使われて行くものではないはずなのだが……
「セネカ」
「なによ」
「生態系を崩してはいけないだろう」
「逃がさなきゃいいんでしょ」
「生きている物は運んでいる途中でどうなるかわからないぞ」
「それはそれよ」
 物は消えない。壊れるだけ。しかし生き物は違う。死ぬのだから。
「だいたい、なんで蛙なんだ」
「赤いから」
 そうか、珍しいだけか……
「セネカ、動物は止めなさい動物」
「やだ」
「だめだ」
 むかっと王妃がムカついている様子が見える。 タイミング良く、護衛のひとりは吹き出した。セズだ。国王はそっちを睨んだ。
 どこ吹く風で、護衛は視線を逸らした。
「これがいい」
 口調はかわいいものの、びしっと指さされた先は……蛙。
「そんなに蛙が好きなのか?」
「赤いから」
 詰まるところ、別にと言う所か。そうか、ただ赤いからか。そうか。
「セネカ。だからな」
「うるさいわよ。買うの? 買わないの?」
 どこかで、あったようなやりとりだった。
 やっぱり、今度は護衛は肩をふるわせて笑いをこらえていた。こらえきれないというように。
 それを睨んだ視線が四つの目になって、大臣がぶくぶくと泡を吹く。
 まぁ誰でも、命は惜しいですよ。うんうん。
「あれ、は?」
「ぁあ」
 なんだかもう疲れたと、国王は投げやりだ。セネカは再び、図鑑を装備した。
「いやいやいや、死ぬから」
 やんわりとしかし確実にその手から凶器を奪う国王。
「加減するから」
「そういう問題じゃないだろ」
 それこそ、心が痛むんだろ?
「ははっ」
 セネカの笑いは乾いていた。護衛が耐えきれないと、はらをよじって転がり始めた。
「これもほしい」
 それを横目で見ていたセネカが、一見するとお菓子かと見間違うがごとく禍々しい蛙のページを開いて指さした。
「毒蛙か」
「毒蛙よ」
「どうす」
「増やすの」
「で、まくのか? ばらまくのか?」
「ターゲットはひとりよ?」
 にっこりと微笑んだセネカの視線の先で――笑い転げていたセズが冷気を感じ取った。
 さて、国王は考える。
 この場合、まず、優先順位はどちらになるだろうか。それはもちろんというように王妃か、はたまた、必死に助けを求めるがごとくぴょこぴょこはねる護衛か。
「考えどこっ」
 呆れかえっていた国王は、言葉の途中で王妃の「秘技、堅い図鑑」を食らった。
「セネカ……」
 そろそろ我慢の限界か、国王がうめく。
「これほしい」
 話が、振り出しに帰った。




2011.05.06