長女


 とある国の城の中。家臣を下がらせて王座に座った国王は肘掛けにひじを突き、その手に顎を乗せてため息を付いた。
「……はぁ。一番下の娘(セネカ)は嫁いだにも関わらず上四人の娘はそのまんま。この勢いであと二人くらい嫁がないものか……」
「あら、お父様。その前に自分の政務の腕の悪さを嘆くのが先でなくて?」
「レイネ、それはあんまりではないか?」
 玉座の上で独り言のように呟いた国王の言葉に、真後ろから突然突き刺さる言葉。
 カーテンの向こうから現れたのは、麗しの第一王女レイネ。各国で飛び交う噂のほとんどを、天使と賞されて早数十――数年。
「まぁ、事実でないと言えまして?」
 ころころと笑い声。遠くから聞いている分には楽しそうな親子の会話に見える。その人が普通の思考の持ち主なら。
 まぁでもね。
「レイネ、お前もどこかに嫁がないのか?」
「今度は、絞殺(こうさつ)がいいかしら?」
「……レイネ?」
 国王の顔はひきつっていた。
「あら冗談ですわ。本気になさるなんて」
 ふふふとレイネは笑う。
「そんな野蛮なこと、この手で出来ませんわ」
「で、どうするのじゃ?」
「そうですわねぇ。中和剤を飲んだ上で唇に……」
「何を塗る気じゃっ!?」
 そういえば、今月も一部の費用が消えている――全部レイネの手の中に。
「まさか、無理矢理嫁がされた腹いせにそんなことしませんわ。お父様が、お一人で、この国を維持できるのかどうか心配で心配で」
 よよよと、泣き崩れる。
「神様のお使いの声が聞こえるのです。必要とされる場所に戻りなさいと」
「……」
「そうそうお父様。誰が、どこから、この国のために資金を調達しているとお思いですの?」
「思うのじゃが、いつそんな手腕を身につけたのじゃ?」
「秘密です」
 にっこりとレイネはほほえんだ。他国で、絶世の美姫と賞されるその微笑み。まさに天使に見える――らしい。
 しかし、輝かしいのは笑顔だけということに、国王は気が付いていなかった。
「父親思いの娘が多くて嬉しいことじゃ」
 うんうんと頷(うなず)いている。
「あ、セネカから手紙が来ていましたわ」 
「なっ」
 国王は飛び退いた。が、もう歳らしく年相応に椅子から落ちてしりもちを付いた。
「よかったですわねお父様。嫁いでもお父様に挨拶を忘れない娘で」
「あははは……」
 国王の顔はひきつっていた。だって、セネカからの手紙は、いつも国王にとっては死刑宣告に等しい……
「読み上げましょうか?」
「ぃい!?」
「冗談ですわ。私、わざわざ落ち込む趣味はありませんし」
 レイネは手紙をつきだした。
 いつまで立っても受け取らない国王の手に押しつける。
「渡しましたわよ」
「……」
 国王は、がっくりと肩を落とした。
「レイネ、なぜにセネカは手紙だといつもこっぴどくわしをしかるんじゃ?」
「……(普段と何も変わってないと思うけど)知りませんわ」
「ぁあ。あのかわいいセネカがナイレイルに嫁いだことすら奇跡のようなのに」
「それには同感ですわ」
 あの性格で。まぁあそこの国王様じゃ、ありえるのかしら? 刺し殺すにはもったいなかったけど。
「将来性はありそうだったけど、まさかセネカなんて」
 しかも、あれっきり帰ってこない。
「レイネ、お主ならもう少し頑張れると思うのじゃが」
 わくわくと、国王の顔が輝いている。
「お父様、“もう少し”って、どういう意味ですの?」
 あはははーと穏やかな笑い声が響いてたはずの部屋から、断末魔が聞こえてきた。


「そんなことより、お父様」
 手に持っていた定規をパシッと鳴らしてレイネは言う。
「ななななんじゃっ?」
「そろそろ、リノルとアイレが帰ってくる頃ですわ」
 二人は、例によって例のごとくお師匠様の所に修行に行っていた。
「ひぃっ……そうじゃな……」
 そしてこれも例によって例のごとく最初の生け贄は国王……早くも逃げようと国王は立ち上がり――
「レイネおねぇーさまー!」
 ばぁんと、扉が開かれた。会話と行動は打ち切られる。
「エリス、そんなんじゃ扉は壊れないわよ」
「壊してほしくないんじゃが……」
「何をおっしゃいますのお父様。あの装飾、いくらで売れるとお思いですの?」
「守銭奴(しゅせんど)!?」
「……しゅ? なんのお話ですの?」
「いいのよエリス、お父様は異国の文章を読んでいたの――ねぇ?」
「そっうじゃなぁ〜……」
 語尾が弱い。
「それで、どうしたの?」
 会話の主導権を握るのはレイネ。
「そうだわ! 聞いて下さいお姉さま! またセネカから肖像画が送られてきたの! ひどいと思わない!!?」
「そうね。肖像画を勝手に送られてしまった相手がね」
「でしょう! ――ん?」
 微妙な言葉の言い回しに、エリスは一瞬首を傾げた。しかしそれも一瞬のこと。
「あの子! 私に対する嫌がらせよ!」
 怒り狂ったように畳みかけるエリス。ひたすらセネカを罵っている。まぁここにセネカがいるとしたら、「まだ独り身なの?」の一言で一蹴されそうだが。
「それで、どんな顔なの」
 話を半分以上聞き流していたレイネは、ふと問いかけた。
「それが聞いてよお姉さま!! 今度手紙を送ろうと思っているの!!」
 一瞬にして態度が変わった。それはもう、さながら獲物を見つけて逃がさない肉食獣……
「大変ね」
 勝手に肖像画(美化済み)を送られてしまったせいでエリスに言い寄られたあげく顔が違うとはり倒されるのでしょうから。
 しかし、つぶやきはエリスに届かない。聞いてない。
「そんな訳なのお姉さま! 私を止めないでぇ!」
「ぇえ」
 そんな無駄なこと、しないわ――いない。
 エリスは飛び出して行ってしまった。
「………」
「どうなったんじゃ?」
 国王の呟き。レイネはため息を付いた。
「当分帰ってこないわね」


 さて、そんなことはどうでもいいと、国王を伴って城の入り口に現れたレイネ。ガラガラと音を立てていた馬車が止まり、降りてきた二人はその姿を見て動きを止めた。それはぁもう、おもしろいくらいに固まった。
 そのまま、砂となって崩れようとしたが――できなかった。
「おかえり、リノル、アイレ」
「お姉さま、」
「わざわざ、」
 ぎしぎしと、二人は仲良く同じ方向に首を傾げた。
「「お出迎え?」」
「不満でもあるのかしら?」
「「ないです」」
 双子は首を激しく振った。それが自分の命を左右すると知っているから。
「そう。お帰りなさい――お父様何しているの?」
 またまた笑顔で、前を向いたまま、うしろでこそこそこそと逃げようとしていた国王に声をかけた、その瞬間。
ボン!
 怪しい紫色と桃色の煙が立ち上り、国王はトカゲになった。
「ぎゃーー! ーー!」
 叫び声は、最後まで聞こえなかった。
「くけっけっけっ」
「きゃっきゃっきゃっ」
 そして双子は顔を合わせて笑っている。
「成功」
「ばっちり」
「「セネカに送りつけてやる」」
「セネカ、トカゲは大好きよ」
 びきしと、双子が石像とかした。
「飛び退くどころか、大喜びね」
 がらがらと崩れる音の後に、さらさらと風に吹き飛ばされる。――砂。
「それにしても、よくできているわね」
 と、レイネは逃げ腰の国王の尻尾を捕らえた。国王はたぁすけてぇーと声にならない声を上げて、両手両足をバタバタと動かしている。
「お父様、おとなしくして下さい」
 暴れるので、おもしろくないらしい。
「本当にセネカの元に送りつけますわよ?」
 バタバタと暴れていた国王(トカゲ)はおとなしくなった。そのかわりにがたがたと震えだした。
 セネカの愛玩動物――?
「ひどい」
「生き地獄」
「あなた達がしたのよ?」
「「ごめんなさい」」
 ちらりと視線を動かしただけだが――双子は震え上がった。
 レイネは国王(トカゲ)の尻尾をつかみ、ぶら下げたまま。
 茶色く心持ち太いトカゲはつぶらな瞳でレイネを見つめるも、視線は逸らされた。
「それで、元に戻せるのでしょうね」
 ぷら〜んと、トカゲの尻尾を振りながらレイネ。国王はひたすらあっぷあっぷともがいている。
「「カエルなら」」
 双子の答えは、簡潔でわかりやすすぎるくらいだった。
「……トカゲは?」
「わかんない」
「やったことない」
「何を習いに行ったのよ」
「蛙の戻しかたと」
「蜥蜴(とかげ)に変えかた」
「………それ、お師匠様はなんて?」
「「止めなかった」」
「そういうことになるわね」
 レイネはため息を付いた。国王(トカゲ)と双子は当然の事ながら、周りにいた兵士にすら緊張が走った。
 レイネのため息――?
「来る……」
「前触れ……」
「「神の怒りがっ」」
「まぁしょうがないわね。問題もないし」
 ないんだ……
 周りのもの達は、忘れかかっていた息継ぎを思い出した。双子は、紬(つむぎ)かかった言葉を全力で飲み込んだ。
 抗議するように、トカゲが左右に体を振って暴れ始めた。
「水槽(すいそう)と鳥籠(とりかご)、どちらがよろしくてお父様?」


 さて、広い広い部屋の真ん中のテーブルに、麗しの姫君が陣取って――座っていた。窓は大きく開かれて風を運び、花々の香りは運ばれる。穏やかな昼。もうすぐ夕暮れ。
 一枚絵にでもなりそうな状況だった。その姫君の前に置かれた水槽と、壁際にたたずむ双子と。輝かしいくらい美しい笑顔の寒い姫君でなければ。
 どうやら修行の成果なのか、それから国王は数時間もそのままだ。その間、丸い水槽の中に入れられ、レイネに遊ばれる始末。水槽はつるつるしていて、上れないので、逃げられない。
 勢いをつけてガラスを上っては滑り落ちる様を、テーブルにひじを突いて楽しそうにレイネが見つめていた。ほほえんでいる……
 これも端から見れば、さながら異国の珍しい熱帯魚を眺める姫君――
 時折、餌を与えているのだから完璧だ。ちなみに、蟻(あり)とか。元は国王様なんだから、まかり間違っても蟻なんて食べないよぉ……
 そしてレイネの後ろの壁際には双子が立っていた。さっきから、レイネが必要とするものをかき集めるために。
 だがしばらくして、双子は姉に声をかけた。
「「ねぇお姉さま」」
「なぁに」
「ずいぶん静か」
「迷惑の固まりは?」
「セネカは嫁いだままよ。ぁあエリス? 今また振られに出かけているわ」
「また?」
「しつこい」
「相手もかわいそうよねーー」
 そう言いながら、トカゲのいる水槽に蟻を入れるづけるレイネ。
「あ、お父様。お相手も必要かしら?」
 なんのための……?
「それともお友達?」
 話し相手?
 ざーーっとトカゲの顔が青ざめた。国王はトカゲになったがトカゲは嫌いだ。ネコも嫌いだ。
「大丈夫ですわお父様。もし、高い確率でお父様が元に戻らなくても――」
 と、レイネが最後まで言い切る前に、ボボンっと音がして部屋の中に黒い煙が充満した。
「ぉお! 戻ったぞ!!」
「それはよろしゅうございましたわお父様」
 かすかな舌打ちの後に続く、無駄に丁寧な言葉。だが国王は身の危険を感じ取れなかった。
 なんたって、それより前に下の娘につめよったんだから。
「おまえ達! 相変わらずいたずらが激しいんじゃ! いい加減黒魔術など足を洗って……」
「むりー」
「やだー」
「そんなことしたら、何も残らないじゃない」
 ねぇと、双子にほほえむ姉――それは果たして妹を思って出た言葉なのか……?
 三人の娘にブーイングを食らった国王は一瞬言葉につまったが、まだ頑張った。
「文句を言うな! 今日という今日はどこかに嫁いでもらうぞ!!」
「えー」
「横暴だー」
「二人とも?」
 片方だけって、無理あると思いませんの? でもその方がどこかで入れ替え可能だからよいのかしら。どちらにしてもまとめて相手をしてもらえる所でないとねぇ。
「どこか大国でも小国でも身分の高い貴族か王族を見繕ってやる!!」
「「職権乱用」」
「なっななっわしはおまえ達の将来をだなぁ」
「「将来?」」
 双子は、そろって首を傾げた。そして二人して腕を上げる。リノルは右腕、アイレは左腕。人指し指を突きつける――国王に。
「「生け贄がいればいい」」
 国王はふらりと倒れ込んだ。しばらく沈黙する。
「ぇえいとにかく! 今度他国に紹介してやる!」
 意気込んで、声を上げる国王。立ち上がってガッツポーズ! と、そこに鈴の音。
「あらぁ? まったくひどわぁお父様。これ以上私の玩具(妹)を取り上げる気ですの?」
 一瞬にして、周囲の空気は凍り付いた。







最凶長女……

2008.04.24