I
平和が訪れるための犠牲を犠牲と呼ぶことはない。



「ふ・ざ・け・ん・じゃないわよーーー!!!」
 びりびりと、空気が振動する。そして、遠くから聞いても耳に痛い、あの声。
「……魔王様は、またお呼び出しになったのですか」
「わかりませんね。あんな色気のかけらのない小娘の何がいいのか」
「いや、女というより――暇つぶしだろ。いんじゃねぇの? こっちで遊ばれるより」
 その通りなので、魔城の住人は多少(?)の騒音妨害は耐えることにしていた。


 さて、三人の魔物は置いといて先ほどの怒声の所に向かいましょうか。
「あんた!? ふざけてんの!?」
「ああ」
「真面目に答えるな!?」
「そうか」
「あーーーーもう!!!」
 ここは体育館かと問いかけたくなるほどでかい……部屋? 足元は石が敷かれ、壁には重苦しいカーテンがかけられている。
 その部屋いったいに描かれた文字の羅列。魔力が高まるように作られたこの部屋は、魔王が儀式や召喚魔法を使うときなど特別なときに使われる。――普通は。
 しかし、この第四千四百四十五代目魔王は頻繁に乱用していた。
 理由は、ひとつ。召喚の儀式に使うのにもってこいの部屋だから。
 さて、何を召喚するかというと……これ。我等が誇ることない一般市民。平凡を絵に描いたような女子大学生。
 といえば聞こえはいいかもしれない。
「いつも思うのだが、なぜそう声がでかい」
「あんたが聞いてないから!!!」
「聞いているぞ」
「じゃー帰して」
「嫌だ」
「なーーんーでぇーーぇえ!?」
 感情と感情のぶつかり合いなので、話が進みません。
「だーー耳いてぇ」
「もっと苦しめばいいわ!!」
「冗談だろ。つーか疲れねぇの?」
「つーかーれーるわぁ!!」
「まぁ落ち着けって。ほら」
 突如、部屋の真ん中にテーブルと、椅子。ついでにお茶。忘れちゃいけない、茶菓子。
「わ〜おいしそう」
 そして、彼女は今日もだまされる。

 しばらくして……

「――はっ!?」
「ん? なんだ?」
 茶菓子を片付けて(腹に)、お茶をおかわり(四回)した彼女は我に帰った。
 目の前には、にこにことうさんくさい笑顔の男。かなり機嫌がいい。いいのだが……
「だまされないわよ!?」
 バン! と彼女はテーブルを叩いた。
「まだあるぞ」
「やった!」
 ………。
 あ、上座に座ってもくもくとお菓子を食べる彼女を、なまぬる〜い感じで見つめる男は。魔界の王様。魔王様です。
 そしてていよく下座に座ることになった彼女は、人間ですよ。まぁ見飽きた感じの黒髪で黒い目の彼女。名前――なんでしたっけね? 誰も名乗ってないので、飛ばしますか。
「って、だからーーー! 違うーーー!」
「なんだ、いったい」
 魔王様の目の前にある。手のつけられていないお茶のカップの中身が振動で揺れます。紅茶です。香りが漂っていい感じなのに、怒声のせいでだいなしです。
「だから! わたしを呼ぶなってなんども何度も言ってるでしょう!?」
「それがどうした」
「きけよ!?」
「嫌だ」
「なんでよ!?」
「暇だから」
「仕事しろよ!?」
「それもそうだが、問題ない」
「なんでよ」
「片付けた」
「まだあるでしょう!?」
「明日の分だ」
「取っとくなよ?!」
「取ってなどいない」
「誰が出し惜しみしろと!?」
「うるさい。それは俺が決めることだ、が……」
「が?」
 わくわくと、彼女の瞳が輝きました。
「そんなに仕事をしてほしいか」
「うん!!」
「じゃ、行くぞ」
「わたしは行くなんていってなーーーい!!?」
 彼女は抱え上げられて連れて行かれましたとさ。


 沈黙の執務室。
 (完)と付きそうな題名ですが、現在この場の状況を表すのにもっとも適した言葉はこれしかありません。
 ぇえ、沈黙です。
 実は、こっそりとこんな会話が繰り広げられています。
「……ぉい、あれは?」
「しっ聞こえるぞ? なんたって耳だけはいいんだから」
「お前のほうがまずいんじゃないのか?」
「だべってないで、手を動かしたらどうです?」
「だがよぉ、あれ、いいのか?」
「それは、魔王様が決めることでしょう?」
 こそこそと、会話を続ける三人。それは視界に入っているし、話も聞こえているのでしょう。魔王様には。
 しかし、彼の関心はそこにはありません。
「ずいぶん不機嫌だな」
 ほら、違う方向に話しかけてます。そう、執務机に座る彼の隣に急遽設けられた椅子に座らされた、彼女に。
「そーよ」
「言われたとおり仕事をしているが?」
「なんでわたしまで」
「お前が仕事をしろと言ったんだ。手伝うのは当然だろう?」
「本職でしょうが。わたしは関係な・い」
 “ない”を強調しました。彼女。
「あるだろう。お前が仕事しろと言ったのだぞ」
「だ・か・ら、一人でしてよ!?」
「お前が言ったんだぞ」
「だぁーーかぁーーらぁーーー!?」
「うるさい」
「あんたに言われたくない!!」
「騒がしいな、いつになく」
「じゃぁわたしを呼ぶな!」
「嫌だ」
「帰して!」
「嫌だ」
「このわからずや!」
「誰のことだ?」
「あんたよ! あんた!」
「はて、俺はあんたという名ではないのだが?」
「私の中ではあんたで十分なの!」
「それは気の毒だな。そう思われている誰かが」
「〜〜〜」
 彼女、話術では魔王様に勝てません。たぶん、歳の差の問題だと思います。軽く数千年単位ですが。
「だから……ぁあもう!」
「そろそろ疲れただろう。湯に入って寝たらどうだ」
「それは気持ちよさそうだけど、違うわよ! わたしは家に帰ればお風呂もベッドもあるんだからね!」
「それで? そちらがよいのか?」
 あ、彼女の心がちらりと動きました。なんたって、魔王城のお風呂は広いのです。でかい、広い、最高。それしか言葉が出ません。
 その心地よいお風呂が、彼女の頭の天秤にかかりました。危ない。危ないです。
「いいのよ!? 自宅なのよ! 落ち着くに決まってるでしょう!?」
「そうか」
「そうよって完結してどーするのよ!?」
 一人で会話につっこむ彼女。かわいそうに、魔王様は始終笑っています。
「とにかく! 早く帰して」
「嫌だ」
「どこの子供だあんたはーー!!」



「まぁお嬢様。お久しゅうございますわ」
「前会ってから一週間もたってないんだけど、嫌味?」
「日々顔を合せていないだけでずいぶん久しぶりな気がしますわ」
「そりゃそうでしょうよ」
「それで、今回はどれほど滞在を」
「帰れるなら今すぐ帰るわよ!」
「魔王様のお心に従うというわけですね」
「勝手に決めるな!!」



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