II
空が晴れていようが雨が降っていようが関係ない。



 暗闇に、ひとつの光が浮かび上がった。青白く細い光は徐々にその輪郭をはっきりとさせて行く。
 遅れて、静かな声が響き渡る。言葉は石造りの床にしみこむことなく、厚いカーテンにさえぎられることなく宙に場を設ける。
 一言ひとこと言葉が続くたび、床に赤い光が浮かびあがる。それは円形を模し、詳細な文字と形で描かれる、魔方陣。
 低い男の声に、いっそう力が入った。
 青と赤の光は輝きを増し――そして部屋の中を白く彩った。
 眩く、輝かしいほどの光の爆発、それが収まり、また部屋に暗闇が戻りかけた、その時。

「いったぁ〜いったいなに〜?」
 魔方陣の中央に座り込んだ、彼女。
「あ、間違えた」
 彼女を見て目を見開いた後、冷静に言った魔王。

 それが、二人の出会いでした。

「……間違えた、だぁ?」
「魔王様! 成功ですね!」
「いや、失敗だ」
 地獄耳のごとく聞きとがめた彼女の声とかぶさって、扉を蹴り開けて入ってくる影に魔王は答えた。
「は? しかし……なんですこの貧弱な娘は」
「だから失敗だ」
「なるほど、ほら娘。さっさと去れ」
 しっしと、その手で追い払うしぐさ。魔王様はすでに関心がないといったように背を向けてます。
「は?」
 ぽいっと部屋を追い出され、廊下に捨てられる。視界の先に、黙々と歩くあの男……
 彼女は、迷わなかった。
「ふ・ざ・け・ん・なーーー!」
 はじめて、魔王様の頭にパンプスがクリーンヒットした一日です。

 さて、彼女が力一杯投げたパンプス、魔王様にヒットです、クリーンヒットです。ナイスコントロール!!
「ままっ魔王様!?」
 あわてた男が、魔王の元に走ります。
 しかし、魔王も負けていませんでした。駆け寄ってきた男とすれ違うように、彼女の目の前に現れます。一瞬のことで、彼女はかなりびっくりしました。
「ぅわっ!?」
「よほど殺してほしいらしい」
 低い、低い声に、彼女はぺたりと座り込んでしまいました。
「なっなによ!? 人のこと誘拐しといて、何言ってるのよ!?」
「誘拐……?」
 ふと、魔王は彼女をまじまじと見つめました。
「な、によ」
「魔王様?」
 あまりに真剣にのぞき込んでくるので、彼女はひるみました。ついでに近くまで来た男も怪訝な顔をしています。
「お前――人間か?」
「は?」
 何を当たり前なことをと、彼女は答えた。
「ニンゲン!?」
 男が、驚いたように声を上げた。
「? そうよ」
「魔王様、まさか」
「だから言っただろう。間違えたんだよ」



「間違えたですってーーー!?」
 所変わって灰色の壁紙に彩られた部屋。壁際には本棚。窓はなし。机には乱雑に書類が積みあがっている。
 またその乱雑な書類の積み上がりかたといえば、むしろ芸術。
「お前、その声のでかさはどうにかならないのか?」
 きーんという響きに耳を押さえた魔王は言う。バサバサと、書類が床に落ちる。
「ふざぁんじゃないわよ!? 私を誘拐しておいて! 間違いですって!!?」
「召還したんだ」
「同じ事よ!!」
「違う」
「どうでもいいわーーーー!」
「少し、黙れ」
 耳が痛いと、魔王は言う。
「ふざけんじゃないわよ!? 黙れと、この状況で!?」
「なぜ黙れない? 口が二つ以上あるのか?」
「ないわ!」
 はぁと、魔王は盛大にため息をついた。
「……ぇえっと、つまり、魔王様がペットを召還しようとして、我らが偉大な魔王様の魔力が強すぎて多次元の人間をよんでしまったと言うことですか?」
「多次元でも人間の次元は近い。ちょっと力を奮発したからだ」
「最近は何がご不満でいらっしゃるのか……」
 男は、ぐったりしている。
「ちょっと奮発したからっじゃないわよ!? 私を帰してよ!!」
「断る」
「ふざけんなぁーーーーー!!」
「お前、」
「何よ」
「疲れないか?」
 何かが、切れました。
「あんたのせいにきまってるでしょーーがぁーーー!」



「私をよんだのがあんたなら、私を地球に戻せるでしょう! 帰して!」
「断る」
「なんでよ!?」
「うるさい……疲れるからに決まってるだろう」
「このぼけーーー!!!」
「うるさい……」
「まぁまぁ、魔王様。とりあえず黙れ、小娘」
 かちんと、した。
「だいたい、俺はペットがほしかったんだ」
「そうでしたね。獣がよろしかったのでは?」
「騒がしいものでなければ、なんでもよい――そうか」
「は?」
「これもペットであることに変わりないか」
「私は人間だーー!」
「難点は、騒がしすぎる」
「そうですね」
「おなかすいた!」
「ついでに世話もかかりすぎる。しかもわがままだ」
 この時、男は思った。どんなわがままも、この魔王様には負けると。
「まぁいい。しばらくは退屈しなくてすみそうだ」
 そう言った魔王様の顔は、それそはそれは楽しそうだったとか。



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