III
人の話など聞いているようで事実聞く必要はない。



 魔王が、退屈しなくてすみそうだと娘をペット扱いしてから――数日。
 もちろん、この数日間に起こったごたごたの詳細は省く。
 今日も、魔王様と彼女の争いは騒音妨害となっている。
「だから私を家に帰せーーー!!」
 彼女、ラーラはその持ち前の必殺技、“耳に痛い”を食らわすことで、魔王様の寵愛を妬んだ悪魔達の攻撃に対抗している。
 実際は、彼女、成城樹里に魔王の寵愛を受けようという意志はありません。
 魔族と違って、エネルギーを体外から吸収する人間というのは、とても不便なものだ。
 餌の時間になると、嬉々として魔王様は執務室を去る。
 そして、怒声が響きわたる。
「しかし、ホンキか?」
「私もそれを案じているのです」
「まさか、我らが魔王様があんな小娘の相手など、ありえません」
「なら現実はどーすんだ?」
 視界のだいぶ先に、じゃれ合う二つの影。ペット宣言は、忠実に実行されている。
「殺(や)っちゃいましょう」
「そんなことしたらお前の首が飛ぶぜ?」
「首が飛ぶだけですめばどれだけいいか」
「ぐちゃぐちゃじゃ見苦しいしな」
「そうです」
「では、ほっときましょう」

 そんな会話が、魔界三人衆の間で交わされている。違う場所では。

「だーーー!? なんなのよあんた!?」
「魔王だ」
「だからなんなのよ!?」
「何も言ってない」
「私を帰せ! 戻せ!」
「そーだなー」
「考えるな!?」
「いや、おもしろいし」
「私は楽しくなーい!!」

 何日経っても、騒がしいまま――

 と思った、ある日。
「魔王様? あの小娘はどうされたのです?」
「帰した」
「そうですか……はぁ!? 帰した!?」
「なんだその面白い顔は」
「驚きました」
「いっつも、ペットはぐっちゃぐちゃになるからなぁ」
 魔王様の反感を買って。
「喜べ、おまえたち」
「なんでしょう」
「あの娘は何をしてもへこたれない」
 確かに、この性格の悪い魔王と共にいても、あの騒がしさは衰えることはない。
「よって一度帰してやる。また呼び出せば、見物だろう?」
 哀れ、彼女はよほど気に入られたものかと、三人は首をひねった。

 それから数ヶ月。……魔界には明確な時間の認識はないが、便宜上そう言わせて貰う。
「いい加減にしろぼけーーー!?」
 城の中には、騒音が響きわたる。

「また、きましたね」
「お気に入りだなぁ」
「はぁ、今回の被害は安くすむといいのですが」
「魔王が暴れるより安いもんだろ」
「芸術品が危ないのですよ。ラーラは手当たり次第おいてあるものを投げつけるので」

「まぁ落ち着け、ラーラ」
「だ・か・ら! 私の名前は成城樹里だ!!」
 こいつに呼び出されて、数日の抗議の結果家に帰してもらえたと思ったら!!
 また呼び出しやがった!!
 しかも、一回や二回じゃない!
 一週間に一回とか二週間に一回とか!!
 なんで呼ぶんだって聞いたら! 信じられる!? 気分とか!!!
「あり得ないはバカ!」
「また、一段と口が悪い」
「うるさーい!」
「耳が痛いんだがね。ラーラ」
「だから、ラーラじゃないーー!」
 呼び出されるのが何回目かわからなくなった頃に、突然こいつは言ったのだ。
「そう言えば名はなんという?」
 ぷっつーんと、切れたわ。
 なんど呼び出されたかわからないのに、今になってそれか!? 一行に聞いてこないから、だったらこっちも意地でも名前を聞き出さなかったのにそれ!?
「それはお前の都合だろう」
 ――ぁあ?

 相変わらず面白い。そういえば名前を聞いた時も、こいつは一通りいつものように騒いだあとだった。かなり不機嫌なまま言ったのだ。
「成城(せいじょう) 樹里(じゅり)」
 と。
 正常?
 この娘の、どこが? と思ったので、
「……それが名前か?」
 聞き返してみた。
「そうよ。成城樹里!」
 セイジョー……。
 ………。
 長い。
「よし、お前はラーラだ」
「なんでよ!?」
 呼びやすくてよい。といった所、花瓶が飛んできた。そんな攻撃が無駄なことだとわかっていてやるのはこの娘くらいだ。
 はじめに不覚を食らったが、そもそも魔王に向かって何かを投げるなど殺してくれと同義だ。
 だから、面白い。

「しかし、“ラーラ”とは」
「魔王様直々ですからねぇ」
「一番ありがたく思ってねぇのは本人だけだろ」
 今の魔王が魔界を統治するようになって早数千年。ラーヴィス・ヴィントである彼の名の文字を頂く魔界人など、ほぼいないに等しい。
「さて、メイドに部屋の仕度をさせないといけませんね」
 もう常連となった彼女の部屋には、メイドまでついている。といっても、メイドも魔界人。
 ある日、多次元世界である地球に行ってしまったほどの空間転移の力の持ち主だ。
 少しでも快適にしようという魔王様のお心なのか、ラーラの生活は保障されている。
 なにせ名に魔王の力を持っているのだ、ラーラに危害を加えることは、魔王に逆らうことになるから。
 名前がそのまま力となる。この魔界では力こそがすべてだ。
 そしてその魔界の頂点にいるのが、魔王様なのだが……

「ラーラ、いったい何が気に入らない?」
「だから、ラーラじゃないっつーの!」
「ラーラだろう?」
「あんたが勝手に決めたんでしょうが!?」
「だからラーラだろう?」
「だから話をきけーーー!?」

 その魔王様の機嫌が一定に保たれるなら、多少の犠牲もまたありえると、魔界人は納得している。



BACK MENU NEXT