IIII
平穏でいられない地獄に似たこの時間が懐かしい。



 さて、その日は朝から暗雲が立ち込め、雷が鳴り響いていた。嵐の真っ只中。
 なにか不吉なものを予見させる、暗いくらい天気――しかし、魔界では空が真っ黒など日常茶飯事だ。
 そう思った魔界の住人は、まったく気に止めてもいなかったのだが――

「魔王様〜ぁ!」
「消えろ」
「ぎゃーー!?」
 壁の黒い部屋で、同じく真っ黒な服を着ている魔王の目の前に現れた魔物が一瞬にして灰に変わった。

「あっちゃー」
「やりましたね」
「最近は静かでしたのに」
「どどどどっどうなされたのですか、魔王様は? 最近は機嫌がいいと評判で……」
「機嫌がいい理由は、ひとつですね」
「ででですから、多少フレンドリーでも許されると……」

「あの……魔王様、こちらの書類が……」
 ぴしゃーんと、派手な音がしたかと思ったら、窓の外にあった山が消えている。
「ひーーー!?」

「フレンドリーでも、礼儀正しくても同じですね」
「そうだな」
「おたすけーー!?」
「おい、ラーラはどうしたんだ?」
「さぁ、最近見ませんね」
「この前呼び出したんじゃないのか?」
「そうですね。その時からですね、機嫌が悪いのは」
「そそそっそれはどうしたら戻るのでしょうか?」

「まおうさまー? 実はそ――ぎゃーー?!」

 先ほどから、執務室に入っていった魔物たちが悲惨な末路を辿っている。もちろん、魔界の地も。
 雷が落ちて山がなくなるわ、川は氾濫するわ、大変です。

「しかし、懐かしいですねぇ」
「そーだよなー」
「これが普通だったからね〜」

 今も、部屋に入った魔物が固まりました。
 そう、それこそ普通だったのです。魔王様の機嫌ひとつで山が消えることも魔物が消えることも。
 機嫌が悪いので話も聞かずに片っ端から消していくことも、空が荒れることも、家が大破することも、村ひとつ消え去ることも、牛が空を飛ぶことも、タンスが倒れることも、靴の紐が切れることも、マントに引っかかってこけることも、塩が砂糖になってしまうことも、紅茶を入れるとコーヒーになってしまうことも。
 すべて魔王様の機嫌が悪いせいだという一言で済まされるそのすべてが。

「しっしかし、最近はおとなしいと申しますか、機嫌がよかったのでは?」
「それは、ラーラがいないから今日は意味ないねぇ」
「ラーラはどこに行ったんだ?」
「魔王様のことだから、呼び出しに失敗したということはないでしょう」
「それが〜困ったのです〜わ〜」
「うわっなんだお前」
「ラーラのメイドでしたね」
「実は〜あたし〜魔王様がお嬢様を呼び出す瞬間を見てしまったのです〜」
「覗きですか?」
「つーか立ち入り禁止だろ」
「減俸ですね」
「あたしは〜なにも〜見なかった〜」
「まぁお待ちなさい」
「そこまで行って逃げる気か?」
「それとも自分から話したくなるまで仕置きか?」
「それは〜ちょっと魅力的ですが〜」
「本当? じゃぁちょっとぬでぇ!?」
「それで、何があったのです」
「それが〜お嬢様が〜」
「ラーラが?」
「なんでも〜“てすと”というものが近いらしく〜」
「てすと?」
「今帰してくれなかったら一生口聞かない〜と〜」
「どこの子供だ」
「だいたいロリコンの相手なんてしてられない〜と〜」
「ロリコン……」
「あんたっわたしとの歳の差を考えたことあるの!? 十違うだけでロリコンを疑うのに! 千以上違うのよこのロリコン! と〜」
「ほかには?」
「え〜と〜だいたいなんでわたしなのよ! それとも美人の姉さんじゃ駄目だって!? 変態!? 変人!? 異常人物!? って人じゃない!? そうか魔王だからって趣味の悪さは誰もつっこまないわけ!? とか〜」
 くっくっくと、三人は笑いをこらえ始めた。
「だいたい、いっつもいっつも人のこと呼び出して遊んでんだから! たまにはこっちの都合を考えなさいよね!? と〜」
「で?」
「魔王様は、それでも気にしてなかったのですけど〜」
「なんと寛大な……」
「まぁそうだよな」
「そうですね。ラーラに関しては」
「そこで黒焦げになった奴もいるのに」
「今わたしを帰してくれなかったらおじいちゃんて呼ぶわよ。一生。ジジイってと〜お嬢様が〜」
「ジジイ……」
「あの魔王様を」
「ジジイ呼ばわり……」
 ついにこらえきれなくなったのか、魔界三人衆は笑い出した。
「じじい! ジジイかよ!?」
「それは凹みますねぇ。事実ですから」
「ラーラもうまいこと言ったもんだ」
「つーかジジイかよ!!」
「最近ではラーラもずいぶん慣れてきたものですからねぇ」
「反撃か〜」

「ぉい、お前達」

 ぴしりと、何かが凍りついた。
 そう、魔王に謁見予定だった魔物の一人は石化した。
「魔王様」
 しかし、三人は無事だった。
 だがしかし、メイドも凍り付いている。
「……余計なことを……」
「駄目ですよ魔王様。彼女がいなくなったらラーラが困りますから」
「む……」
「しかし魔王様。いつからラーラのわがままを聞いてあげるようになったのですか?」
「いつもわがままだろう」
「それはそうですが」
「そうだ、いつもわがままで騒がしい」
「で、いないから凹んでるんですよね」
「ぐ……」
「言い負かされたから」
「うるさい」
 魔王は、それだけ言って執務室をあとにした。それによって石化の解けた魔物が言う。
「ラーラとは、もしや魔王様のペットですか?」
「ぇえ、かわいい人間ですよ」
「人間……?」
「ラーラもずいぶん慣れてきましたし、いっそ魔界に移住してくれると助かるのですが」
「そうだなー」
「そうだよー」
「でしたら、こちらにも考えがあります」
「「「?」」」



「何これ」
 数週間後、呼びつけられた。また声肺活量を鍛える気かと思うぐらい声の発生してきて、部屋で休もうと思って絶句した。
「魔物の方々からの贈り物ですわ」
 部屋を埋め尽くす箱の数に。
「なんで?」
「たぶん、魔界の平和維持活動のためですわ」
「なんのことよ?」
「魔界の平和の犠牲になってくださいね」
「嫌よ」



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