IIIII
今や日常と呼ばれることに疑問を持つ者はいない。



「はよ……」
「遅刻ですよ」
「うっせぇなぁ。どうせ誰も……ん? 魔王様は?」
「魔王様ならラーラと戯れてますよ」
「朝からずっとだそうですよ」
「そうか」
「そうです」
「そうなんです」
「平和だな〜」「平和ですねぇ〜」「平和だ〜」

 およそ魔界に似つかわしくない言葉が聞こえた気がする。


 さて、仕事をしなくても魔王様。は、いつもの部屋にいました。今ではおまけと呼ぶにはお粗末で、ペット呼ぶには騒がしく、普通に人間と呼ばれない彼女と一緒に。

「あーーーーんーーたぁーねぇーーー!!」
「どうした」
 片方の耳を押さえながら、律儀に言葉を返す男と、
「このバカーー!」
 さっきまで静かだった彼女。
 なぜ静かだったかといえば、目の前のテーブルにある真っ黒い皿が空になってます。
 余談ですが、ここ魔界のトレンドなカラーは黒です。というか、黒推奨街道まっしぐらです。
 仮に国旗があれば黒、国の色を一言で表せといわれれば黒です。ほら空も黒いし。
 そんなわけで黒い皿に乗ったランチを堪能していた彼女。食べている間だけは静かです。
 楽しいくらいに静かです。口を塞げば、叫べませんものね。魔王様はどれだけ理解してやっているのか、ただの確信犯というには甘すぎます。
「なんだ、料理が気に入らないのか?」
「料理はおいしいのよ! おいしすぎるのよ!! 乙女の敵よ!?」
「誰がなんだと?」
 耳を塞いでいたので、魔王様に言葉が聞こえていないようです。そのせいだけじゃないと思いますが。
「おーとーめーーーよ!?」
「おとめ座か?」
「わたしはいて座よ!」
「歌にあったか」
「それはさそり座!」
「水瓶を持っている」
「それはみずがめ座だ!!」
「――ぁあ」
「そうよ!」
「羊か」
「だからなんでっだってのーーー!!!!」
「料理は魚だったじゃないか」
「うお座かよ!?」
「今度はかにを取り寄せようと思っているんだが」
「今の季節はなべよ! かになべ最高!」
「そうか」
「って違うーー!」
「いらないのか?」
「食べる」
 彼女の中で、蟹と常識が天秤にかかりました。
「そういえば、」
 まだぜいぜいと息を切らす彼女の前で、ちっとも意に介した様子もなく魔王様は言います。
「何よ」
「センドールは双子の兄がいる」
「どうでもいいわーーー!!」



「あら〜お久しぶりですお嬢様」
「掃除?」
「はい。お嬢様が、いつ来ても、いつまで居座っても、むしろ永住希望! でもお役に立てますように」
「しないから」
「残念ですわ」
「そこっ! そんなにしょぼくれない!!」
「そ〜なのですーかぁー?」
 彼女が叫んだ背後から、背後霊のように現れた男。
「ぅわぁ!? 誰よ!?」
「こちらに永住していただけないのですかぁ〜?」
「だれ?」
「どちら様でしたか?」
「お忘れですか、この前共に凍りついた」
「……………あの影の薄い方ですか?」
 メイドが考える間が長かった。
「魔界にもこんっなに影の薄い人がいるんだ」
 正直な感想を漏らした彼女。
「魔王様と魔界三人衆が特別なのですわ」
「あの〜?」
 そして、男は会話に花の咲いた女性人に忘れられた。



 次の日。

「いーいかげんに、しろーー!!」

「どぅっわ!? なんか怨念が聞こえるなぁ」
「また遅刻ですか、その癖、いい加減で治したらどうです?」
「いいじゃんかよ、別に」
「だいぶゆれましたねぇ。なんか、日に日に声がパワーアップしますね」
「日に日に魔王様の機嫌がよくなるんで、いいんです」
「そうですよねぇー」
 あっはっはーととても楽しそうな笑い声が響きわたった。


 さて、そんな魔界三人衆が笑う、真上の部屋では。
「ラーラ、そう言えば」
「話聞いてた!?」
 叫びだしたラーラの息が切れる頃、魔王様は声をかけました。
 その前にすでに会話ははじまって(ラーラが叫んで)いましたが、かるーくスルーです。
 さすが魔王様。ビバマイペース、キングオブ自己チューです。
 余談ですが、きっと魔王様がこんなんですから、魔界三人衆も、自分じゃなければそれでいい的な感じに育ったのでしょう。
 部下の教育は上司に一任されてますから。
 それもまたよし。
「またよしじゃなーーい!!」
「誰に言っている?」
「うるさーい! ってこの際あんたでいいわぁー!」
「はて、誰だったか」
「そんなデジャビュかな? ですませるなーー!!」
「耳鳴りが……」
「もっと苦しめばいいんだから!!」
「いやだな」
「じゃー私をっ、帰っせっーー!」
「暇つぶしがなくなってつまらないじゃないか」
「そんなの私に関係なーいっ!」
「関係あるだろう暇つぶし=ラーラなんだから」
「私で遊ぶなーーー!!!」
「ラーラ、ラーラで遊ばなかったら、いったい何で、誰で、どうやって遊ぶんだ?」
「しーごーとーしーろーーー!」
「部下が優秀だから問題ない」

 だ、そうです。

「おいーどーするよこれー」
 ぴらりと、一枚の紙。一別して、彼らは口を開く。
「あー面倒な奴だねぇ〜」
「そうですよね〜今度でいいんじゃないですか? ほら、魔王様が帰ってきてからとか」
「じゃ、この提出日はあれだな、来月だな」
「そうですね。書き間違えでしょう。直しておくべきです」
「だな」
 ……優秀な、部下達です?


「ぇえーい! 部下が優秀だからって上司がさぼっていいという事になんかならないのよ!」
「そういうものか……?」
「そーよ!!」
「そういうものでよかろう」
「話を聞けーーーっ!!」
「ラーラ、そろそろ疲れてくる頃じゃないか?」
 その、騒音妨害的な怒鳴り声に。
「あんたのせいだぁーーー!!!」
 いろいろと。
「ラーラ、別に誰も騒音妨害のように騒げなどと頼んでないぞ」
「頼まれてもごめんだわーーー!」
「そうなのか。……趣味か?」
 彼女、ラーラもとい成城樹里の中で何かが切れました。
「だれっの、趣味だってのーーーー!!!!」


「ぅわっ一段と耳に痛いですね」
「なんだ? 怪音波か?」
「ラーラの特技ですねぇ〜」
「ですかね」
「というか、必殺技じゃねぇのか?」
「う〜ん日に日に攻撃力を増すものですから得意技でしょう」
「ついでに何か割れる音が」
「誰か、止めてきてください」
「「お前が行け」」
「なら、このままで良しですね」
 今更、誰も驚かない。


「ところでラーラ」
「なに」
 そこは無視すればいいものの、ラーラの性格上さくっと無視はできません。なのでいつも、魔王様に遊ばれるのです。
 学習能力! どこに!?
「そろそろ仕事に戻ろうと思うのだが」
「まじで! 今すぐ帰って、早く行って、っていうか私を地球にっ」
「そうか、大賛成か」
 そう言った魔王様は、ぱっと消えてしまいました。
「……っちがーう!! 私を地球に帰してからにしろーー!!」


「なんか、わめいてますよ」
「なんだって?」
「私を地球に帰せとか」
「つまり?」
「お前達、進んでいるか?」
「魔王様」
「ばっちりです」
「それよりもなぜここに? 魔王様の仕事はすべて終えているのでは?」
 あのーさっきの書類は……?
「いや、ここにいれば」
 と、魔王様が言い掛かったその時、ズダダダダっと廊下を走る音が聞こえてきました。
「ほら」
ばん!
「その前に私を、帰っせーーー!!!」
「げっ」「ぐげっ」「だっ」
 壁越しに聞いていた魔界三人衆に直撃、必殺ラーラの叫び。
 魔王様はタイミング良く耳を塞いでます。
「どうした? ラーラ?」
 そして涼しい顔で話しかけてきます。
「どうしたじゃなーい!」
「ぁあすまないね。ラーラが望むので仕事をしようと思ってね。せっかくだけどその間はかまってあげられないよ。まぁラーラが自分で望んだんだから、いいよね」
「よくなーい!」
「よくない? 仕事をさせておいて構えというのかい? わがままだねぇ」
「だ・れ・がっわがままだってのー!」
「ほかの誰に言われても、魔王様には言われたくないよな」
「聞こえますよ」
「残り少ない命を全うするといいですよ」
「なんだいきなり」
「いーいからわたしを帰せー!」
「仕事をするのだが」
「わたしが帰ってからすればいいでしょーーー!」
「え〜」
「え〜ってなに!?」
「遊んでるなぁ」
「楽しそうですね」
「いいことだよなぁ」
「ですねぇ」
「だよなぁ」
「ふざけんなぁーーー!」
「がっ」「ぎゃぁっ」
「今のも直撃ですね……」
「ラーラ、誰と遊ぶ気だ?」
「あそんでなーい!!」
「戯れるのは結構だが、奴らは仕事中だぞ」
「お前が仕事しろーーー!」
「まぁまぁ、ほら」
 そして唐突に、椅子、お茶、焼き菓子。
「騙されないんだからねっ!」
 いい加減で。
「……そうか」
 そうかと、魔王様は一言。そして残念そうにため息。
「なら、残念だがこれはもういいな」
「え゛、あ」
 ラーラが何か言う前に、テーブルも、お茶も、お菓子も消えてしまいました。
「どうした?」
 とても晴れ晴れしい笑顔で、魔王様はラーラに声をかけました。
 ラーラはふるふると震えています。だって、例え乙女の敵でもラーラは魔界特製の甘いものもお茶も大好きです。
「このバカーーーー!」
 ありったけの怨みを込めて(たぶんこの場合、食べ物でしょうね)、ラーラは魔王様の執務室兼魔界三人衆の仕事場から走り去りました。
「そうだ、夕食は牛肉がいい」と呟きながら、魔王様もさくっと執務室をあとにします。
「なんだったんだ?」
 最後に呟いたのは、誰だったのでしょうかね。



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