A snow crystal

 灰色の髪、灰色の瞳。
 この色が、だいっきらい。

「巫女姫! 巫女姫!!」
「姫様は?」
「いません」
「そんな」
「大丈夫です、隊長がきっと――」

 灰色の空、灰色の建物。
 だいっきらい。

「巫女姫」
 あなたの、瞳(あお)がきらい。

「巫女姫!」
 注意をうながし、怒鳴りつけるかのように鋭い声。正面に立つ男。ふいっと、視線を逸らす。
 あごを掴まれたけど、視線だけは逸らしたまま。
 見ないの。

「巫女姫!」
 いつもそうだ。いつでも。絶対にこちらを見ようとしない。曇った瞳。灰色の中に、生気を感じない。
 かたくなに逸らされる。その視線。
 いらだつ。

「本日は神殿で祈りの儀式です」
「そうね」
 睨んでいるのに、絶対に合わない視線。

 いつも、彼と目を合わせることをさけるから。

 常に、視界に入ったときには逃げられている。

 口元の失笑は、同僚と同じ形をしているはずだった。ここは、この国最高位の神殿。
 その神殿兵。本来、神殿の奥に入れるものと外を警備するものがこうやって入れ混じることはない。
 本来は。
 しかし、この巫女姫が関わると話は別だ。
 神殿で一番力を持っているのは神殿長、祭祀長、ついで巫女姫。二人の長に治められるこの神殿では、巫女姫はほぼ飾りにすぎない。
 かといって、脱走が許される地位でもない。だがなぜか、姫巫女は神殿の奥から脱走を図る。
 そしてまた、この神殿兵の長である隊長に捕まっている。いつものやり取りが繰り広げられるだけに、失笑だ。

 あの青が、きらいなの。
 あの青さが、嫌いなの。
 真っ青な空。真っ白い雲。
 あの青が、私の心を移すの。
 あの青が――

「巫女姫」
「――なに」
「なぜ脱走するのですか」
 灰色の瞳が、一瞬だけ揺れる。その感情が垣間見える瞬間に――ほっと息をつく。
 なぜ?

「絶対におしえない」
 絶対に。ちらりと動かす視線。視界の端に青。はっとして逸らした。
 あの青が、きらい、だから。
 彼の瞳が、一番嫌い。

 思い出すから。
 思い起こすから。
 悲しくなるから。
 この籠の鳥である、自分が。

「巫女姫!」
 ばたばたと走り寄る影にまるで荷物のごとく渡される。その次に待っているのは清めの儀と着替え。それから祈りの儀式。
 月に祈るの。
 雨を呼んでほしいと祈るの。乾ききった砂漠を潤すものを。かつて、雨も雪も降らなくなった時、人々に唯一水をもたらした月。その月を崇める事。
 それは、今ではただ力を持たない巫女姫に与えられる仕事。何もできないことを望まれる巫女姫の。
 誰もがそう思ってる。私もそう思ってた。
 けれど、月に祈ることは嫌いじゃない。
 この国の神様に祈る事も。それは、緑の、神様。

 白い服に白い羽織。
 灰色の瞳、灰色の髪。
 だからこの服が嫌い。

 祈りの間に入る。部屋に張られた水の中央を進み、祈りの場まで行く。うしろに付いていた巫女たちは入り口に控える。
 裾まである長い服を床に広げて座る。
 胸の前で手を組む。自然と浮かぶのは祈りの言葉。
 祈る事は嫌いじゃない。嫌いなのは、籠の鳥である。自分。

 だから――

「巫女姫様!?」
「隊長!」
「――あの巫女!」

 私は、神殿を抜け出した。


 そしてつかまった。
 あっけないもので、数日しか持たなかった。
 あと少しで、山を越えられたのに――悔しくて悲しく涙が溢れた。
 はじめは誰も同情すらしなかった。そんなもの求めてなかったからいいけれど、止められない。
 次第に、本当に泣いていて泣きまねじゃないとわかったらしく、無理やり腕を引きずらなくなった。
 でも、また籠の鳥。きっともう二度と、外に出られないくらいになる。
 自由なのは、泣く事だけになってしまう。今から泣いても、同じなんだ。
 悲しくて悲しくて悲しくて。
 どうして、巫女姫(わたし)だけ外に出てはいけないの?
 悲しくて泣いた。もう、自由なのは泣く事だけだと思い知らされた。神殿でのわがままが通ったって、私の思いは通らない。
 たった、一つだけ。

 最初は、怒りしか覚えなかった。だが、部屋の中に隠すように残された痕跡、そして、手がかり。
 向かった場所が、わかった。だから捕まえられた。
 私を見た時の、絶望的な顔が頭から離れない。そして、泣いている。兵士達の間で、またかとあきらめの空気が流れた。
 私も、そう思っただろう。あの手がかりを探している時に、書き残しを見つけていなければ。
「――巫女姫」
 声は、届いていない。
「巫女姫」
 全身を震わせてなく姿が、痛々しいと初めて思った。
 どれだけ重い物を、押し付けていたのだろう。あの神殿で、彼女を巫女姫として呼ぶ事は。
「巫女」
 彼女は、
「巫女」
 “巫女”と二度呼ぶと、小さく反応した。
「馬車を用意させます」
 それは、神殿を裏切ったと思われる行為。
「ぇ……?」
 何を言われたのか、よくわからないという顔で巫女姫が顔を上げる。
「……行くのでしょう?」
 顔を上げた巫女姫の泣き顔が、驚いて、ほっとしたようにその表情が崩れた。一緒に、緊張の糸が切れたのか倒れこんだ。


「――ぃたっ」
 目が覚めると、違う。何かに頭をぶつけて目が覚める。はっとしてかけてあった布をどかして驚く。
 動いている馬車の中だ。



「隊長!」
「なんだ?」
 大きく、あわてたような声に巫女姫が固くなる。泣いているからか扱いが面倒だと思いながらも報告を聞く。
「――なんだと」
 それは、よい知らせではなかった。





 ぎゅっと抱きしめる。しがみついた先の服にしわがよる。どうでもよかった。
 青い青い、その瞳。
 ――海みたい。
 海が、見たい。
 この籠から抜け出て、いつか。


『レイン!』
『スノウ』
 まぶたの裏を、一瞬、人の影がよぎった。
 青い髪の男性のもとに走る込む女性――真っ白い姿の彼女は、男性の腕の中でこちらを振り返った。
『    ――』
 声は聞こえない。けれど、その口が動いたのは見た。


「シュネー?」
 控えめにかけられた声にはっとする。気がつけば、私は、あの彼女と同じ状況にいた。
「今……私」
「気を失って、どうしようかと」
「ねて、た?」
 あれは、なんだったのだろう。
「シュネー」
「っ」
 まるで、他の事に気を取られること許さないというように強く力がかかる。
「――痛い」
「すまん」
 謝っているが、言葉だけだ。もっともっと、強く抱きしめられる。
「もうっ!」
 すみませんと、またレーゲンが笑う。その彼の、穏やかに見つめてくる瞳を見つめた。

 もう青は嫌いじゃない。

 本当はあこがれていたの。あの青に。
 ずっとずっと見てみたかったの。海を。


― 終 ―

Free Will