羽の行方
 ほしかったんだ。あの空を飛ぶ羽が。だけど、僕にはないから。
 だから、引きちぎったんだ。ただ、ほしかったから。

 だって、彼らはこの国の奴隷だから。

 そうでもしなければ、弱い人間(ぼくら)は生きていけないんだ。常に頂点にいないと気がすまない人間(ニンゲン)は。

 ただ血が染めていくのを呆然と見つめていた。後ろに人がいたことも気にならない。なぜなら、それは僕が生まれたときから、変わらない後景だから。
 耳障りな声が聞こえ続けた。伸ばすだけの力がある手を切り落とした。
 だけど、一番は羽。白くて、白くて。
 どうしてニンゲンは黒いのだろう。どうして彼らは白いのだろう。
 どうして僕は地を張って、彼女は空に羽ばたくのだろう。

 どうして、裏切ったの?

 赤い、赤い羽根。赤く染まる。絶叫も懇願も聞こえない。僕の耳は君の声を聞くようにできてはいない。
 なぜ泣くの? 人間(ぼくら)を裏切って空に羽ばたくくせに。僕を置いていってしまうくせに。
 知っているさ、なぜ驚くんだ?
 何が違うんだ? どこが、どうして? うるさい。
 ――本当に、羽をもがれると死ぬんだね。
 まだ意識があるんだ。僕に何を命令するつもりなのかな?












 痛い。痛い。いたいいたいたいたいたい。
 なに、なんで、なんでなんでなんで?
 いたい、よ。
 ねぇ、まって、お願い。お願い!
 どうするの!? それでどうするの!?
 やめてよ。白い翼だと撫でてくれたじゃない。どう、して?
 ――本気、な、の?

 やめ――

 ぁあ、まだ生きているんだ。せめて先に目を潰してほしかった。こんなものを、見るのなら――
 どうして、そんなに静かな目で私を見るの?
 羽を持つ者(わたしたち)……私、何かした?
 次は、隣なの。ねぇやめて、もう飛べないから! 羽がほしいならあげるから! だから、だからも――

 裏切ったの? 私が?

 あなたを?
 もう、何も届かないあなたは、裏切れないわ。だってもう、あなたは私を信じていないのだから。裏切るも何もない、わ。
 どうして、かしら。
 ぁあ、とても赤いわ。












 伸ばされた手を、つかめなかった。同胞の羽が切り取られる様を目の前で見ることになるなんて、考えもしなかった。
 だが、なぜ?
 なぜ? 彼女が。
 彼女は親しかったはずなのに。――王子と。
 人が変わったように羽をもぐその姿に、動くことを許されていない。
 ――ぁあ、そうか。

 裏切ったのは自分――

 ここで、同胞が殺されているのを見つめ続けた。自分のために。

 やめてくれ、羽を持つ者(じぶんたち)は羽がもがれれば死ぬ――
 真っ白が赤く染まる。やがて黒に。
 引き裂かれた羽が舞う。彼女の声が終わる。
 澄み渡った青い瞳に、映るもの。にごった瞳に、届かない声。
 肉は切り裂いて、羽はもぎ取る。
 人事には、なれない。
 たぶん、自分もいつか同じ末路をたどるのだろう。
 だから、待っていてくれ――妹よ。
 追いかけるから。
 その時は、今度は、迷わずに。














 首尾よくやってのけたな。
 いえいえ、あなた様のお言葉があればこそ。
 そう立てることだけうまい。
 そんなことは。本心ですよ。
 羽を持つ者(やつら)は奴隷だ。それ以上になりえない。
 裏切り者(それ以下)に堕ちることはあっても。でしょう?
 ――そうだ。
 それで、王子は飛びそうなのか?
 さぁ? 羽にご執心らしいですが、とてもとても。
 どうせ、ろくなことにせんだろう。
 何を仰いますか。
 銀の羽だったらしいな。
 そのようですね。残念ながら、人間(われら)には知覚しえない色ですが。
 美しいのだろうな。
 それはもう。かの国で一番の姫ですから。
 奴隷ごときが、姫か?
 いやいや、すばらしい羽の持ち主をそう呼ぶだけのこと。
 ほぉ?
 そうです、こちらを。
 ……美しいな。
 どうぞお納めください。かの姫の羽ですから。

 王!

 なんだ、騒がしい。
 まぁまぁ、王。聞いてみてあげるべきですよ。
 ……? なんだ。

 王子が……塔から落ちました。




 宰相が、静かに笑った。


 彼は、空を飛んだんだ。


 羽に恋した少年。
 地に下りた少女。
 半身を失った兄。
 策略を練った男。
 息子を消した王。

 残された羽はいまどこに?
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