Flowering
 
 ただ静かに地面に手を突いて、合図を待った。
 心臓がどきどきしている。集中させようと、落ち着かせようと頭の中を空にする。
 一瞬、浮かんだ顔がとても、とても――
 はっとした時、合図が鳴った。
 集中させていた力を、結び目をほどくように、花が開くように解放する。
 広く、力が入り込む。
 その代償というように、目の前がかすみ始めた。


 ふっと、地面が光ったかのような錯覚。
 精霊が集まる。立ち上る光が空へ、消えていった。
「――これは」
 わぁと、声があがる。
 誰もが驚くだろう、緑の芝が一面、白い花で埋め尽くされてゆけば。
 輝く緑を埋め尽くすように、白く、白く。
 一面の白花。
 地面を通り過ぎてゆく、力の源。こんなことに力を使えば。
 まさか――
 呆然と立ち尽くす後ろから、声がかけられる。我に返った。
「ラクト様」
 振り返って、自分の手柄だと言いたげな女の顔が、ゆがむ。
「見て下さい。このために――」
 すっと目を細めた。言葉が、もれる。
 ばかもの――
「ラクト様!?」
 走った。


 遠ざかる、意識が。遠く、遠く。ぁあやっぱり、何を犠牲にしても断るべきだったのだ、と。
 そんなことは、理想で。自分がすがっていることは、よく知っている。
 唯一の、支え。
 だから――
 地面についた足が体を支えてはくれない。
 遠ざかる、その先。声が聞こえた。
 ぁあ、いくら、遠ざかるかと言っても、それは残酷よ。
 ぐらりと、傾いた。


 ゆっくりと傾いていく体を支える。寸前で、地面に叩きつけられそうで。
 ひとまず、ほっと息をつく。
 ふわりと香ったのは、地面を埋め尽くす白い花。――握りつぶした。
 疲労の色の濃い体を抱き上げる。
 追いついてきた一行が、騒がしい。
「ラクト様!」
 はっとしたのか、その女の表情が変わる。
「その娘……」
 一瞥もせずに、抱き上げた体を覆う。
「ラクト殿――知り合いか?」
「はい」
「先ほどの術は彼女が」
「ええ、なぜ?」
「……彼女は、開花を生業としているのでしょう?」
「開花と、生育は違う。根もないところから、種もないところから花を咲かせば、寿命が縮む」
 自分でも冷ややかだと思う声に、女が身を震わせた。
「どうやって、やらせた」
「彼女が勝手に」
「ふざけるな! 自ら寿命を縮めると思っているのか!」
 鋭く声を上げれば、女は醜く泣き出した。いらだちが、増す。
「ミリアナ」
 国王はあきれて、そしてすまなそうに頭を下げた。
「申し訳ない」
「答えを聞いていない」
「ミリアナ、お前、彼女から荷物を奪っただろう」


 客室の寝室にその身を寝かせて、続きの間に戻る。
 いまだにしゃくりあげる女の前に、旅人のものと思わしき荷物が、あった。
「これか?」
 女は泣いたまま、頷く。
「ミリアナ、どうやって荷物の中身を知ったんだ」
「それ、は」
「ここにあるだけじゃないだろう!」
 国王の言葉が厳しさを増す。それに比例して、王女と呼ばれる地位を持つ女に殺気立つ。
 泣く泣く女が運ばせてきた物は――見覚えがあり、見慣れたものだった。


 夢の中の私がとても幸せそうに、見上げた視線の先に見ていた人を一緒に追う途中、だった。
 幸せで――
「……ライ?」
「ロウィール」
 なんて、残酷な夢。彼が微笑んでいる。だけど夢なら、さめないで。
「?」
 涙が、こぼれた。
「捨てるなら、拾わないで」
 お願い。
 その顔がゆがんで、きつく抱きしめられた。
「――ぃ?」
 夢じゃ、ないの?
「ロウィール」
「ライ……?」
 ぱたぱたと涙がこぼれていく。止まらない。
 どうして?
「どうして!」
 力一杯、突き飛ばした。
「どうしてここにいるの!」
 うれしいのに、うれしいのに、嬉しいのに! なんで!
「なんで?」
 苦しい。


 助けてと叫んでいるのに、すがりつく先がないと泣く。
 そんな風に苦しめようとしたわけじゃない。悲しませたいわけじゃない。
 だいたい――
「!?」
 ぐいと引き寄せて力を入れる。
「くるしっ――いたっ」
「ロウィール、なぜ……なぜ逃げた!」
「……っ」
 きつくきつく、逃げないように。籠の鳥。
 反応の鈍さに見下ろせば、息ができないと苦しんでいた。
「ロウィール!」
 はっとして解放する。ひどくせき込む姿が痛々しく、柑橘系の香りのする水差しの水を差し出した。
「……っライ……?」
 なぜそんなに悲しそうにこちらを見るのだろう。こちらの心にあいた穴もまた、深いというのに。
「なぜこなかったんだ」
「なぜ……? どこへ?」
 だって捨てたのは、あなたよ。
「式典に、なぜこなかった」
「だって私はあなたを――あなたを愛しているのに、どうして王子様の婚約披露に出席するの?」
 ひどいわ、と続けるはずだった。
 なのにあまりに衝撃を受けて固まってしまったライの顔が衝撃的すぎて、息を飲んでしまった。
 一緒に、いろいろ飲み込んだみたい。
「あの、ライ……?」
 おそるおそる、声をかけた。しかし彼は反応せず、頭を抱えていた。
 そこへ、まぁ丁度よく、ノックの音が響いた。


「休んでいるところ申し訳ないね。体はもう大丈夫かい?」
 そういいながら、椅子を進められる。王杓を持つ人が目の前にいるだけでもあり得ないのに、その人に椅子をひかせている。
 座らない方が、問題だろうか?
 導かれるままに椅子に腰掛けて、またまた丁度よくお茶が出てくる。
 あの扉をノックして入ってきたのは侍女で、服を着替えてここにいる。
 ここは王城だ。まさか目の前にいる人が誰だかわからないほどぼけてはいない。
 そして私が依頼、もとい脅しを受けたのはここの王女だ。
「申し訳ない」
「………え?」
 しばらく、反応が送れた。見れば頭を下げられている。ぇえっと?
「ぇえっ!?」
「娘が無理を言って、無理をさせてしまった」
「いいえ、それは」
「ラクト殿もお怒りだ。まぁもっともな事で」
「ラクト?」
 誰かしらと、首を傾げる。それは、扉が開いたおかげで国王様は気にとめなかった。
 入ってきたのはライだ。席を立った国王様がまた、椅子を勧めている。
 それを断るわけでもなく、静かに椅子に向かう、途中。
「申し訳ない。ラクト殿」
「いや」
 変ね。ふつうに会話している。あれはライなのに。
「ラクトって?」
 声を大きく言うと、国王様が不思議そうに首を傾げた。
「レテナ殿?」
 あ、と、ライが声を上げた。
「おかしな事をおっしゃる、この方はラクト・ディルナ。ディルナ王家の長子でしょう」
 私は、カップを取り落とした。
 ガシャンと割れて、紅茶が広がる。白いテーブルクロスを染める。
「レテナ殿!?」
 国王様が驚いている。そんなこと気にとめることができないくらい、驚いてライを凝視した。
「……ディルナ・ラクト王子?」
 呆然と呟いた。ライが口を開くより先に、扉が開いた。
「ああ、きたか」
 またも、邪魔が入る。私は呆然とライを見たまま、ライも私を、見たままで。
「申し訳ない。レテナ殿」
 国王様が再び謝って、差し出された化粧箱におかれた物はラクトにも、見えているのだ。
「どうして」
 涙が、浮かんできた。
「ロウィール」
 ぁあ、過去と今と彼の表情といらだち――理解した。
「どうしっ」
 後は、言葉にならなかった。どうして、疑ったりしたのだろう。ここまで、私を、迎えに来てくれているのに――
 言葉が、突き刺さる。一度口をついてでた言葉は、返らない。
「さわらないで!」
 伸ばされた手を、振り払った。
「ロウィール!」
 驚くライをおいて走り出す。肩が触れて、化粧箱におかれたネックレスが落ちる音を、遠ざかる部屋の中のこととして聞いていた。


 ばたばたと広い廊下を走り抜ける。すれ違う人々が、とても驚いた顔をしている。
「ロウィール!」
 あっという間に、捕まった。
「放して! 放してよ!」
「ロウィール!」
 顔を見ることはできないとうつむいているのに、顔を見るようにと上げさせられる。
 嫌だと、首を振る。だけど力が強くて、逆らえない。
「ロウィール」
 やめて。
「ロウィール」
 やめてよ。
「やめて!」
 お願いだから、これ以上私を……苦しめないで。惨めになるわ。
 私は、なんて事をしてしまったのだろう。
「ロウィール、落ち着いて」
「やめて……」
 また泣けてきた。
「ロウィール」
「……なんで、笑っているの」
 ふと顔を上げて、ほほをひっぱった。それすら楽しそうに笑っている。
「なんで」
「忘れ物だ」
 ゆっくりと首に腕が回る。見慣れたネックレスが首にかかる。
「これ」
「驚いた」
 そういえば、どこからこんな高価そうなものを持ってきたのかいぶかしんだ。
 琥珀の、ネックレス。
 あの時、もらった。私がまだディルナ国でライと生きていた頃の、こと。
 ディルナ国を出て、開花の術を生業としている私の、支え。
 何と引き換えにしても――大切で。
 だけど裏切られたと、思い込んで。
「……ラクト・ディルナ王子?」
 泣きながら問いかけると、苦しそうに表情をこわばらせて、頷いた。
「そうだ」
「もう、やだ」
「ロウィール」
 だとすれば、私は。
「どうしてっ」
「ロウィール……ごめん」
 あの時、私は。
「ロウィール、」
「どうして、教えてくれなかったの?」
「驚くと思って」
「驚いたわ」
 そして、悲しい。
「ごめんロウィール。君は、来ると思っていたから」
 だからと、言う。
「あの日、結婚相手を決めないといけなかったから」
「だから、行かなかったのよ」
「そしたら、君は来なかったから」
「あのあと、あなたと連絡が途絶えたの」
「あの日決めると言っていたのに、君がいないんだ。誰も指名できないだろう?」
 あの場所で決めるという約束だと、大臣に詰め寄られた。
「あなたに、捨てられたのかと思って」
 だから、国を出た。一人で生きるには、あの国で作った思い出は残酷すぎる。
「ごめん、ロウィール」
「どうして……」
 言葉が続かない。
「自分の責めるのはやめて、もういいんだ」
「よくないわ」
「いいんだ。君が、ここにいるから」
「よく、ない」
「――聞いてくれるだろう? あの日、伝え損ねた言葉を」
 別にあの式典の日を待たなくてもよかったのだ。それは、ライではなくて王子(ラクト)の都合。
「聞けないわ」
 もう、二度と。すべて。
「ロウィール、ならどうして、これは君の首にかかっているんだい?」
 琥珀のネックレスが、捨て切れなかった思い出の欠片。
「……ひどいわ」
「君がいないと、生きていけないんだ。これくらい許されるだろう?」
「……うそつき」
「嘘かどうか、最後まで聞いてから言ってほしいよ。ロウィール」
 どうして、こう、最後まで。
「愛してるよロウィール」
 どうしてか、言葉が出てこない。言葉にならない。
 ただ最後に囁かれた言葉に、頷いた。


― Fin ―
 

Free Will