Future

「ただいまー」
「「おかえりー」」

 帰ってきたことを告げる言葉に返ってくる言葉。英語の辞書が入った重たいカバンを玄関に置き、コートを脱ぐ。マフラーと一緒にもう一度外に出てはたき、ついてきた埃を払う。そのまま部屋に向かって、着替えて、また下に下りてくる。そんな帰宅時。

 とんとんとん、と階段を上り、突き当たり右の部屋。六畳の洋室の扉を開ける――

「おっかえりーー」
「………」
 古典的に持っていたものをすべてばさっと落として絶句した。

「………誰?」

 あろう事か私の部屋に、ここ日本ではめったにお目にかかれない金髪に金の目をした男が、いた。
「………やっぱむりか……?」
 ぼそっと、男がつぶやいた。はっとわれに返った私。男の容貌(ようぼう)に見ほれていたのは黙殺! して、そして男がそこにいることにも首を傾げたくなる。それもそのはず、どこかのモデルか映画俳優かと見間違うほどの美貌。しかし、ここは日本。私の机に腰掛け、なんのコスプレかと聞きたくなるようなずるずるの服装。

 どっかの王宮小説の中に出てきそうだ。役柄は、そうね、

「占い師か宮廷音楽師!」
 あ、預言者でも可。そんな感じ。

 すぐ下には母も妹もいるので、叫べばやってきただろう。ってか、騒がしくしているのは聞こえているわよね? はっ!!? 私が一人でむなしく騒いでいるとでも!!!?
 しかし、それでも私は、このどっかのファンタジー小説のような展開になって何かある!! と思っていた。だって、明らか時代違うわ、こいつ。
「………へぇ」
 男の目が細められた。――なによ!!
「けっこう頭いいんだね。見かけより」
 ぴきっ。
「ま、いーや俺はエレイル。さっきお前が言ったように平たく言えば占い師だ」
「え、マジ?」
 うわぁ大当たり。うーん。現実離れー!
「ちょっと逃げる途中でな、ここ空間的に丁度いいから居座った」
「……空間?」
「わかんないならそのほうがいい。ただここは力が集まっている。お前の素質だな」
「………」
 意味わかんない。
「外、黒ずくめの男達がいるだろう」
「? ……あ、ホント」
 窓の下を覗き込む。

「奴らがいなくなるまでここにいさせてくれ」

 ってことでコイツをかくまう事になった。そのエレイルの話だと、何でもコイツは人の未来が読めるらしい。それで、とある人物につかまりかかったんだって。というか、いつもつかまりかかるって。「へぇ〜つかまるんだ、とろいね」と言うと、「いまだかつてつかまった事はない」ときっぱりと言い切られた。

「まぁ、俺くらい完璧に言い当てる奴はいないから、貴重価値を求めて捕らえようとするんだよ」
 お抱えの未来予知者として傍において、知りたいだけ未来を知る。そんな存在になるきはないと。で、逃げてきたんだって、アドルって星から。どこだよ。

「あ、消えたよ」
 変な人たち。
「そうか」
 そのまま、動こうとしないエレイル。
「? どうしたのよ」
 不思議に思って声をかける。
「お前の未来をおしえようか? かくまってくれた礼に」
「なんで?」
「………は?」
 エレイルは驚いた。これまであった人間は自分の未来を知りたがり、俺を捕まえようと必死だ。何年後にどうなる、自分は、いつ死ぬか。この星は地球と言うそうだな。アドルからやって来てこの星でも占いを始めた。俺は人の未来を見ることしかできないが、そのおかげでずいぶんと貴重された。

 人が、何を知りたがっているかよく知っている。時に大枚をはたき、人を殺し合い。知りたがる、自分の、未来を。

「なんでもいいぜ? 自分の死期はいつかとかな」
「いつか死ぬのよ、いつ死んでもいいじゃない」
「………何?」
 何をいきなり聞いてくるのかしら、いつ死んでも構わないわ。事故とかじゃなければ。できれば長生き、するけど。

「じゃぁ、何年後でもいいぜ、未来をおしえてやる」
 これでどうだよ?
「知りたくないから、自分の未来なんて」
 なんだ、こいつ。
「お前、変わっているな」
 星の人間は皆俺から未来を聞きだそうと必死だ。
 くる日もくる日も、人々は俺を探しその力を自分のものにしようする。――この女に未来をおしえようだなんて、なんて寛大(かんだい)なんだおれ。しっかし、何を首かしげたままなんだ?

「何黙ってんだよ。いつ結婚できますか? でもいいんだせ?」
 けっこう、この星の人間には切実な願いらしいな。

「何よそれ。未来はわかんないからいいんじゃない。だって、未来の一部を知ってしまったら、そこに向かうために必死になるわ。目の前には道も何もないの。だって、道は自分で作るんだもの。
 もしその結果で、私がもし二年後に結婚するなら、そのために頑張るわ。相手とかいろいろ。きっとそれ以外の未来はもう選ぶ事も決める事もできない。そんなの嫌。私の未来はわからないからこそ、私は幾億通りもある未来に進めるんじゃない。先を知るのはつまらない。自分で決めた道に進むの」

「………」
 まさか、な。こんな人間もいるのか。

「でも、確かに未来を予想する事は大切よ。だって、そうじゃなきゃ料理なんてできないし。砂糖を入れれば甘くなるとか、塩だとしょっぱいとか。数年後の自分の未来像を描くのもいいし、先の時代を予想するのもいい」

 でも、私が未来でどうしているかわかることはいらない。

「それが、失敗に終わっているなら、確かに知っていればいいかもしれないけどね」
「そういう奴が多いな」

「だって、いろんな道を作っているのよ。走って、歩いて。止まって、曲がって。先の見えない道だから、進んでいくんじゃない。行く場所がわかっているなんてつまらない」

 それに、答えがわかっていることをやっても、つまらないわ。
 今更、1+1がいくつであるとか、すでに答えの出ている研究を人はしないでしょう?

「何もわからない道だからこそ進むの」

「お前……」

「もう道は目の前に広がっているの。何本も何本も道があって、太かったり、曲がってたり。時々、ぶつかったり交差したり分かれていたりするの。どの道にも進む事ができて、どの道も戻ってこられるの。

 でも、先は見えないの。道の終わりは見えないの。

 もし、どこか終わりが見えたら、そこに進んでしまうでしょう? 他にもいくつも道があるのに、そこにしか進めないのって、もったいない。

 終わりなんて、ゴールなんていらない。

 目標はいくつあってもいい。だって、それは通過点だもの。いくつもある通過点を、通るの。いろんな道を通って。時には戻って、曲がって。あっちにもこっちにもあるの。

 いくつもいくつも道があって、いくつもいくつも目標があるの。

 どれを通っても、どれをとってもいい。

 だから、未来なんてわからなくていい。だって、知ってしまった未来に向かって進むのは、とてもつまらない。

 先がわからない未来だからこそ、私は進むの。

 ゴールなんてわからなくていい。
 たどり着いたそこがゴールなんだから。

 だから、絶対。私の未来はおしえないで」


「………変わった女だな、お前」
「そう?」
「だが――」
「?」
 立ち上がって近づいてくるエレイル。あごをつかまれて、触れるだけのキスをされる。
「ななっなーー!!」
 左手で平手打ちしようとしたら、逃げられた。
「ちょっと!! 何するのよ!!」
「何って、き」
「ぎゃーーー!! 聞きたくない!!」
「お前が聞いてきたんだろ。ま、いーや。お前、名前は?」
 まだ顔は熱いし、心臓はばくばくしている。こいつ、けっこう見た目はいいから……って違う!
「私のファーストキスをかえっ―――んんん!!!?」
 また、奪われた。
「お前、名前は?」
 答えなきゃまだするって顔してる……

「明華(めいか)」

「生きている人々が皆、お前みたいだったらよかったのにな」

「何、それ?」
「いや」
 ふっと、エレイルは笑った。どきっと、私の心が揺れ動く。だって、かっこいいんだもん!! もうやけだ!!
「じゃぁな明華!」
「え? はぁーー!!?」
 ぽんと頭を叩かれて、下を向かされる。むっとしてがばっと顔を上げると、もうエレイルはいなかった。

「――なんだったの?」






 そして、数年がたったのか?






「お迎えに上がりました、明華様」
「はぃ?」



「ようこそ、アドルへ」
「はぃぃいいいーーー!!?」



「王子様の姫君」
「誰の事?」
「あなたのことですよ」






「明華!」
「………エレイル?」

 そこで、二人の物語がはじまる。





 ――――かもしれない。



Free Will