「あの女はふさわしくない」
 表向きは、それでも好意的な男達の態度に、甘えていた。
 だからこそ、壁越しに聞こえてきた言葉に身を震わせた。
 “やはり”そうなのか。
 認めたくない。認められない。
 掌で顔を覆う。
 もうやめてと心が叫ぶ。
 やめて、私。
 私が私を否定してしまったら、もう誰も、誰も私を――
 助けても、必要としても、慰めても、くれないのに。
「ど……して」
 どうして、私が。
 私が、“炎の巫女”なの?


 燃え上がる炎、熱。絶対的な力の象徴。
 なのに、私は。
「巫女姫!」
 鋭い声にはっとした時にはもう遅く。支えを失ったものは重力に逆らわない。
 砕ける陶器の音にあわてる。しかし伸ばした手はとがめるようにつかまれ、動けない。
 冷ややかに睨みつける視線。耐え切れず、そらした先に見えたのは、砕け散った陶器の器。
 もう、もとには戻らない。
「ごめんなさい」
「巫女姫! こちらへ」
 あわてて拾おうとして、邪魔だといわんばかりに追い払われる。
 いる意味が、わからない。
 まるで、人形を相手にするかのように感情のない、瞳が私を映す。






「この前教えたでしょう」
 心底呆れかえって、言われる言葉。
 確かに、聞いていた。でも、よく、わからなくて。
 聞き返したり、聞き直そうとは、思えなくて。そのまま。そして次に、困る。
 だって、興味、ないもの。
「……はぁ。まあいいいでしょう」
 そして、先に折れるのは向こう。呆れるか、怒るか、どっちか。
 もう、なれてしまった。
 ただ流れる水の音のように、聞き流すことに。

 てくてくと、廊下を歩く。移動時間。
 朝、起こされて、それはいつも、同じ時間。
 早朝の祈り、食事、午前の学び、食事、午後の学びに、夕暮れの祈り、食事、禊ぎ、夜の祈り。
 決まった、時間。
 夕暮れの低い太陽に、照らされて、影が長い。
 格子のかかる、窓。

 ……檻?



 逃げたい。




「巫女がいない?」
「逃げるほど、元気のある娘には見えなかったがな」
「悠長な!」
「平気さ。あの娘は、神殿を甘く見ているからな」




 甘かった。
「――」
 立ちふさがる高い壁に、言葉を失う。さすが、神殿と呼ぶしかないのだろうか。
 ずっと、囲むように続く壁。石が冷たい。
「……ふっ……」
 どうしてだろう。



 夜になっても戻らないのでしかたなく捜索に乗り出した。
 どうせ、壁際にいるだろうと――いた。
 立てたひざに顔を埋めて――ふるえて?
「いい加減にしろ。冷えるぞ」
 声をかけたのに無視をしたと、引きずり出して。
 泣いて、いた。
 それに――


 次の日、熱を出した。


「役立たずが」
「はいはい。落ち着いて」
「お前が一番悠長……」
 振り返った顔が、凍り付く。
「落ち着いて」
「……はい」



 目が覚めて、部屋の天井。
「のど、いた」
 声は、かすれ――
ドン!
「!」
 真横で響いた音に驚いた。水差し。
「――あ」
 それだけおいて、去っていく人影。
「まっ」
 扉も、閉じる。
「……待って」
 誰か、側にいて。


 果物が入った水は甘く、酸味もあって。おいしいものなのだろう。
 けれど一人。
 寂しい。


 季節は冬に差し掛かっていて、長引いた。



「で」
「怖いから止めなさい」
「あの出来損ないを連れて行くのか」
「事実ですけど、しょうがないですね」
「お前のほうがひどくねぇか」
「何がです? まぁせめて人形の振りくらい。いくらなんでも、できるでしょう」
「お前のほうがひでぇよ」
「そうでしょうか」



「しゅう、かい?」
 なに、それと言わんばかりに、首を傾げる。
「集会です」
「……はぁ」
「あなたが、炎の巫女として多種の巫女と肩を並べるのです」
「――いや」
「だからこっちがせめて恥ずかしくない程度には着飾ってやるよ」
「暦(れき)」
「あ?」
 私はいらないの、私でなくていいの。いや、行きたくない。
「いや」
 もういや――



「………」
「追いかけなさい」
「うえっなんで俺が泣き泣き逃げる女なんか。それにどうせ、壁に当たって終わりだろう」
「追いかけなさい」
「あのなぁ、よ」
「首刈りますよ」
「すみません」



 遅かった。


 炎は、味方だと、神が選んだのだと、思っていたのだ。あの瞬間まで。
 それは、たぶん。
 幻滅しないために、自身を守る期待で。


 そして――

 甲高い悲鳴に、椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。
 それはここ数ヶ月で、よく知ったと思う女の声にして、初めて聞く声だったから。

 赤がちらつく神殿の兵の居場所。壁の近くで、それを見た。

 神よ。あなたが、選んだのでは、なかったのか?
 遠ざかっていく話し声。耳を通り抜けていく。
 高い場所を照らす松明に薪を足そうとして、倒れたこと。
 その先に、巫女が、いたこと。
 そして、その顔を、焼いたこと。


 その事実は駆けめぐり。揺らぐ、揺るがして、揺らいで、波紋を呼ぶ。
 驚き、畏怖し、喜び、悲しみ、怒り、そして――


 しかし後の歴史は語るのだ。それは遠い遠い未来の話。左側に火傷を負った、炎の神に愛された炎の巫女を。



BACK TOP NEXT