「発お目見えね」
「錐(きり)様」
「炎の巫女に選ばれて、火傷したなんて、はじめてきいたわ」
「錐、様」
「黙りなさい。桟(せん)」
 ざわりと、空気が揺れる。
「ああ、来たのね」


 絶対的な力の象徴。赤。
 似合いもしない赤い服を着て、顔の半分を包帯で覆った自分の姿の、なんと滑稽なこと。
「人形だって、もっとまとも」
 そう言った時に、だれか、そばにいた?
 もう、覚えてもいない。
 すべての力が集まり、相殺される場所。聖域。
 神が生まれ、力を四つに分けた場所。
 すなわち、火、水、地、風。
 力と、知恵と、時と、癒し。


 ――あ。
「……錐、ねえ様」
「久しぶりね。椎(しい)」
 笑って、言うその顔。――怖い。
「久しぶり、ねぇ」
 上から、下まで視線が動く。
「ずいぶん、元気そうね」
「――ねえ様も、お変わりなく」
 はっとして口を押さえて、遅い。
「なにが」
「巫女姫」
 ねえ様の後ろから、ねえ様に声がかけられる。そう言えば、私、一人?
 目の前で二人が言い争う。
 どこか、遠い。
「だいたい、お前は」
 目の前が、真っ暗になった。
「!?」



「――あれ?」
 しばらくして、慌てふためく声に我に返る。隣にいる人の顔も、……ぁあ自分の手すら見えない暗闇にいるのは、私だけじゃないんだ。
「テラシテ――炎よ」
 両手に浮かぶ、火の玉。
 現れたあかりに、視線が向かう。驚いた。
「あの?」
 怖い。
「巫女!」
 びくっと、体をふるわせた。あの鋭い声で私を呼ぶ、彼らは――
「なぜ炎を」
「そんなことより! なんなのこれは!?」
 ねえ様の怒りが自分に向かわないのが、ありがたい。
「どうやら、食に入ったようでして」
「なんですって!?」
 しょく……食。
 定期的に訪れる。神の力の及ばない空間。まして、人の力など。……あれ?
 これ、は?
「ぅわぁぁっぁあこわいよぉ」
 驚いた。あの幼い声。
 地の巫女が泣いている。あわてて、駆け寄って炎を差し出した。途端。
「あついー!」
 あわ、てた。
 すまなそうに膝を押って、彼女の後ろの一人が言う。
「熱を押さえることは」
 それなら、たぶん。
「できると思うけど、しない」
 だって火は、熱いものだから。
 にらみつけられて、怖い。
「だって、火は、熱いものだから」
 その時の、その人の顔、見てなかった。
 そうだ、と立ち上がって、探す。どこかにあった。
 私が動くとあとをついてくる炎が、ふわふわと浮く。
「あった」
 陶器の入れ物に炎を流して、蓋を閉じる。ほんのり、暖かい。
「はい」
 手渡すと、驚かれた。目を丸くして、そして、笑ってくれた。
「これでは集会どころではありません。食がすぎるまで休息にしましょう――炎の巫女」
「はい?」
 呼ばれた。なんだろう。
「火をいくつか、いただいても?」
「……?」
 なんのことだろうと少し考えて、浮いていた炎を二つに分けた。
 ふわふわと浮かぶそれを手渡そうと差し出すと、少し、ひるんだように見える。
「大丈夫」
 伸ばされた手の上に炎が移って、ゆれる。
 暖かさとほのかな明かりに照らされて、地の巫女と神官が広間を去る。
「椎」
 振り返った瞬間、炎を奪われた。てこずるのか、ねえ様の額に汗が浮かぶ。
 火の勢いを弱めて、いくつかに分けた。
「!」
 くるくるとねえ様の周りを回る炎に、お願い。
「テラシ」
「余計なことをしないで!」
 バシッと、はねのけられた。勢い余って、よろける。
 よたよたと足下が崩れて、ぺたんと、床にしゃがみ込んだ。
 その間に、錐ねえ様と水の神官が広間を出ていく。
 神官は代わる代わる、振り返っていた。
「……?」
「あなた達、従姉妹なんですって?」
「風、の」
「ずいぶん、似てないわね」
「あの」
「彼女もかわいそうね。天才が相手じゃ秀才は適わないもの」
「ぇ?」
「もらっていくわよ。炎の巫女」
 風の巫女はそう言って、風と一緒に炎を持って行った。
 そして、広間に残ったのは結局。
 顔が上げられない。
 何も見たくない。

「……ぁっ……ぇっ」
 よくわからない。けれど――
 涙が止まらない。




 もうわからない。苦しいのか、悲しいのか。嬉しいのか、寂しいのか――




 私は、ねえ様に会えて――嬉しかったよ。




 と、目の前が薄暗くなった。顔を上げて――あわてて、火を動かした。のに。
「!」
 一瞬にして、暗闇に戻る。
「あ、れ?」
 あわてて、火を灯す。けれどそれを引き離そうとすると、消える。
「どう、して」
 さっきまで、できたのに。
 何度やっても、同じ――
「もういいです」
「!」
 びくと、手がふるえた。
「……いいんです。ここにいるものであなたを置いてどこかに行く予定があるものは、いないのですから」
 神が、邪魔をする?
「どうして?」
「何がです」
「なんでもない」
 どうして、私だけ。どうして、私を。
 床が冷たくて気持ちいいけど、そういうわけにもいかない。
 固まって動きたくないと言いたげな足を叱咤する。
「わ」
 足が崩れると、肩を支えられた。捕まれた。
「……?」
 真っ赤な、服。深紅。似合わない。ずるずると動きにくい。
 左右から、まるで猫を捕まえるかのような、そんな動き。
 ひょいと、視線が変わる。お腹に圧迫感。
「!?」
「遅い」
 はっきり言われた言葉に、目を見開く。
 思い出してしまう。足手まといと――
「疲れているから、運んであげると言えないのですか」
「うるせぇ」
「……とろ、いから」
「あ?」
「足手まといに、なるから。だから、だから」
『だからあんたなんて!』
「おい。何へこんでんだ」
 床を見つめる顔をのぞき込まれた。
「少なくとも――今この場で一番役だったのはお前だぞ」
「やく、だつ?」
 ふと、光景が目に浮かぶ。叩きつけられた花瓶、砕け散った関係。
 気がつかず、花を差し出していた。もう、心には届かなかった。
 何度も、手を伸ばした。何度も、差し出した。
 あの花。
 何度、踏みつけられようと。なんど、散らされようと。
 毎年咲く、あの花畑。



BACK TOP NEXT