「おやすみなさい」
 ぺこりと、頭を下げた。
「おやすみ」
 ひらひらと手をふって、廊下にいる彼らが――困らないように。
 心が動くのと、火が灯るのは同じだった。蝋燭のない燭台に火が灯る。
 ただ、明るく灯したかっただけ。暗闇を。
 だから、まさか思いもしなかった。
 どれだけ異常で、どれほど必要であったか、なんて。


 期待を背負って、答えるのはすべて――ねえ様だと思っていたから。



「巫女」
 何者かに荒らされたのかと思うほど粉々に砕け原形をとどめていないものが散らばる、床。
 部屋を埋める鋭い空気を作り出す人物。
 控えめに、声がかけられる。
「巫女」
 彼女は、答えない。振り返らない。
「だから、嫌いなの」
「巫女」
「あの子が、大嫌いよ」



「巫女、寝ましたね」
「寝たんじゃないのか」
「でしょうねぇ」
「……まさか、な」
「あんなに有能であったとは思いませんね」
 絶対的な力の象徴。炎。
「あんな気弱でひ弱で最弱な小娘だと驚きましたけどね」
「お前も、言うよな」
「なんです」
「食で力を使うなんて、どういうことだ?」
「あれでも――名だたる候補を押しのけて巫女になっただけあると言うことですか」
 力の象徴である炎の神を、疑ったあの日。
「まだ、試す必要があるだろ」
「試す必要はないです。ですが、また一から身の振りと知識を教えろと言われても、苦にはなりませんね」



 目が覚めて、真っ暗。
 あれ? 夜? でもだいぶ寝た気がする。
 ……。
 ………。
 あ、そうだ。
 “食”だ。
 地上に恩恵をもたらす四の神が、その存在を知らしめるために存在する。食。
 明暗の神の時間。
 最低限の明かりで着替える。顔を洗って、鏡。
 目をこする。
 ずらりと並んだ化粧品に、途方に暮れる。こんなもの、いつから?
 いいや、もう。



「巫女」
「おはよ」
「おはよう、ございます」
 何か、変。
 でもなにが?
「もう食も終わるでしょう。それまではお茶と食事を」
「……」
「巫女?」
「なんで、いるの?」
 こんなに甲斐甲斐しいなんて、嘘だ。
「……巫女」
 そう、この女なんて認めないと言いたげな、どこか決定に従えと威圧的で、相手をすることにいらだちを感じている態度が、いつも。
「どうして――そんなに私に構うの?」
「「………」」
 重苦しい空気に、口を閉ざした。そう、これが、正常で。
「確かに、虫が良すぎましたね」
「どうかな、自業自得だろう」
「?」
 言ってる意味が、わからない。
 だけど違う。一変した世界は、真っ黒に染まっている。
 促されて、食事にでる。

「おはよう」
「おはよう、ございます」
 にこやかに挨拶をされて、返す。風の巫女の長い銀の髪は高い位置で束ねられて、背中に流れていた。
 青い空を思い出す瞳が、私を見た。
「寝付きが悪かったの?」
「――え? っいいえ」
 のぞき込まれるように聞かれて、驚いた。
「そう」
 そして、何事もなかったかのように彼女は食事を進める。
 せっかくなのに、会話が終わってしまった。もくもくと食べる風の巫女を少しだけ、盗み見る。
 ああ、お終いね。

 食べ終わった風の巫女が立ち上がる。
「もう、はれるわ」
「え?」
「さぁ、行きましょう」


 行き先は決まっているようで、ぞろぞろと巫女と神官が進む。
 遅れないように、ついて行くので必死だ。
「ほら――みて」
 目的地に、ついた。
 美しさに目を見開いて、言葉を忘れる。
 展望の塔の上。見渡す周囲。東の端から、晴れ渡っていく。
 暗闇を薄くする光、濃い緑から緑に変わる境界。そして、一瞬。
 世界が、輝いて見えた。

 遠ざかった暗闇。光の中に手を伸ばす。

 何かを、つかめそうで。
「巫女っ」
 鋭い声に、はっとした。強く後ろにひかれて、倒れる。青い青い空が見えて、きれいで。
「無様ね」
 冷ややかに笑う、錐ねえ様の表情。
「大丈夫? 炎の巫女」
 風の巫女が、のぞき込む。
 沼に手を取られて、起きあがる。
「巫女っ!」
 怒鳴り声に、首をすくめた。――遠くで、くすくすと笑う錐ねえ様。
 ばんやりと見送りながら空を、外を見る。
 ああ世界は輝いていて、きれいね。



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