「帰省?」
「巫女としてつとめを半年――それに集会参加。条件は満たしている」
「かえ、る?」
 あの、家に?
「帰ってもいいですし、実際、遊び回る巫女もいるみたいですね」



 持ち運ぶものがほとんどなくて、笑ってしまう。
 用意されていた馬車に乗り込んで、窓の外を振り返る。
 壁に閉ざされた神殿。
 と、馬車が動き出した。


「ここで、いいんですね」
「はい」
「では、お迎えは?」
「大丈夫」
 たぶん。
 がらがらと馬車が去っていって――
「……そと」
 ひさし、ぶり。
 本当に久しぶり。



 花畑があったこと、覚えてる。
「あった」
 花はいくつか、もう時期を過ぎていた。


 白い花を束ねて、まとめる。
 ふわりと、香りが漂う。
「……甘い」
 うれしい。


 花を抱き抱えて、進む。その足取り――
「っ椎(しい)お嬢様」
「こんにちは。入っても、いい?」
「どうぞっ」
 あわてたように扉を開く、墓守。
 まっすぐ、向かう。迷わない。
「ねぇ。お母さん」
 白い花を置いた。
「――」
 なんと言っていいのかわからずに、口を閉じてしまう。はっと手を口に当てて、握りしめる。
 なんと言っていいのか、わからない。
 はじめから答えなど、帰ってこないのに。白い墓石はいつも、きれいに磨かれているのに。
「わたし――」
 何、してるんだろう。


「椎お嬢様? 神殿にいるはずだろう」
「それがっ! そこに!」
「困ったものだな。……放っておけ」
「よいのですか?」
「何かしても何もしなくても、同じ事さ。さぁ、仕事に戻りなさい」
「はい」
 そして彼は、信じられないものを目にする。

「まったく、さすがですね」
「もっと労ったらどうだ?」
「当然です」
「なななななにしてるんです!」
「おや、見つかりましたね」
「だから言っただろう。人がいるはずだと」
「遠回りって、嫌いなんですよ」
「だからって人に柵を乗り越えさせるか? ふつう」
「仕事が速いですね」
「お前のせいだよ」
「いい加減にして下さい! なんなんですか」
「炎の巫女は?」
「椎お嬢様? あなた達は保護者ですか? 早く連れ帰って下さい」
 そう言った時に、細められた、二人の瞳。
「……なんですか」
 彼は、言葉を濁した。
「疑問です」
「なんだよ」
「確かに世間知らずですが――従姉は違いますね」
「知るか。でかい家だけに、めんどくさそうだな」
「同感です」
「なんなんですか!」
「ここはなんなのですか?」
「ここはなんだ」



 話したいと思っていたことが、たくさん、あったはずなのに。
 駆け寄りたいと思うこともたくさんあるのに。
 墓石の前で、立ち尽くすのは、なぜ?
 どうして、泣いてるの? 誰の前で泣く必要も、ないのに。
「おかぁさん」
 私、ここにいるよ。


「斥(せき)、いったいいつまで――」
「師匠〜ぉ」
「……炎の神官様方。巫女はこちらではなく――」
「巫女に用はない」
「そうですか。監視ですか」
 一瞬、彼らは言葉につまった。
「言いますね」
 かっとした一人を押さえて、一人は冷静で。涼しげに言ってのけた。
「あえて言うなら違います。ストーカーですね」
「は?」
 ぽかんと、味方を巻き込んで三人は唖然とした。
「誰がストーカーだ!?」
 味方が復活した。
「おや? 違いましたか?」
 楽しそうに、彼は何かを含むように聞いてくる。
「お前はどうなん」

「庵(あん)、斥、ずいぶんにぎやか」
「椎お嬢様」
「沼(ぬま)、暦(れき)……?」
「ぁあお嬢様。彼らは心配してついてきたみたいですよ」
 その言葉に、暦が庵を鋭く睨みつけた。
「――心配?」
 次の椎の言葉は、とてもとても、冷ややかだった。
 一瞬、斥が背筋をふるわせた。そして、驚いていた。この墓を持つグリンヴィティルの中にいて、椎お嬢様の無表情以外は、ほとんど目にすることができない。
 それが、どうだ。
 あの、冷ややかで冷たい視線は――
「そう。心配をかけてしまったのね」
 さっきの冷たい表情を消して、妙なことを言う。
「……ごめんなさい」
「心にもないことを謝らなくて結構です」
「……」
「お前! お嬢様をバカにしてんのか!?」
 やりとりにいらついた。それは、たぶん。
「いいのよ、斥。騒がしくしてごめんなさい。もう行くわ」
「そうですか」
 明らかに、ほっとしたように――庵の安堵の表情をみるのは、久しぶりで。
「っ」
 静かに微笑んで、立ち去る。
 なぜいらだったのか。それは普段、普通、自分が椎お嬢様をさげすむのと同じように、全く同じように、彼が接するから。
 白で消して消して、分厚くなってしまった何かを刺激される。だから――
「まったく、心臓に悪いわい」
「師匠」
「一番安全な方法は、無視する事じゃ。今までも、そうしてきただろう?」
 だからこそ、いらだつのだ。どれほどまでに――相手を無視していたのか、よく見えるから。


「巫女」
 墓地をあとにする巫女に呼びかけると、ぴたりとその足が止まった。信じられないものを見るかのように振り返って。
 ――悲しそうに。
「なにか」
「……なんでも、ない」
 その、触れてはいけない何かに押されて、当初の目的を忘れた。
 伏せられた目が、前を向いて歩き始める。
 いらだちが、抑えきれない。
「な、ん、だ」
 暦が無理矢理、振り向かせて睨みつける。すると驚いたのか、涙を飲み込む途中で失敗したと、滴がこぼれた。
「……おい?」
「私を振り返らないで下さい。自業自得です」
「ひでぇ」
「どこがです」
「あーのな」
「はい」
「どうした?」
「なんでもない」
 答えは、早い。
「なら――なぜ泣く!」
 怒鳴りつけて、ふるえる。変わらない。いつもと。
 はっと、した。
「だっていつもと――同じじゃない」
 静かに言葉をこぼして、泣いている。


 ぼろぼろ泣く姿に罪悪感がなくなったとはいえない。
 ぶち壊しにしたのは、自分、たち。
 結局、一番信用していないのは自分。
 突き刺さる風の冷たさにふるえる姿を目に映して、行動した。
「!?」
「冷えるぞ――宿は」
「ないですね」
「使えねぇ」
「そっくり返しますよ」
 互いに、思い知らされる瞬間。一時の、間。
「……おろして」
 抱き上げた巫女が、言ってきた。



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