「巫女姫」
「あ、はい?」
 あれ以来、神殿の人達がこちらを敬ってくる。
 馬鹿にして遠巻きにするのと、敬って距離をとるのは同じねと、どこか他人事。
 沼と歴だけ、違うのは。
 それは哀れみだと知っているのに、すがりついていた。
「おい?」
「え?」
 ぼけっと歩いていたら、通り過ぎた。
「どこ見てんだ」
「ごめんなさい」
「まぁいいさ」
 じっと、見つめた。
「なんだよ。何も出ないぞ」
「期待してない」
「おい」
「知らない」
 少しだけ、笑う。ほんの少しだけ。
「巫女姫、こちらです」
「ごめんなさい。沼」
「いいえ。歴、置いて行きますよ」
「は!?」
 くすくすと笑う――


 今日は、炎の神に祈る日だった。舞はまだつたないと、神の前では禁じられた。
 今でも信じられない。食の時に力を使ったと崇められても、ただ炎は側にいてくれたという感覚しか。けれど頬に残る火傷はそれ以前に火に嫌われた証拠で。
 神なんて、いるのだろうか?
 いるとしたら、ひどく――

 ふっと、明かりが消えた。あれ? と顔を上げた。静寂に、神官のざわめきが波紋のように広がっていく。
 風もないのに、誰が消した?
 腕を振って、明かりを点す。点いた。なら、今のは?
「炎の神よ……巫女姫!」
「はい!?」
 鋭い声に身をすくませた。
「何か違う事を考えてはいませんでしたか?」
「――いいえ」
 なんで、わかったのだろう。
「……そうですか。これだけは覚えていてください、炎の神はあなたを――巫女姫を見ているのだと」
「私でなくても――よかったのでしょう」
 はっとした時には遅かった。息を飲んだ神官から逃げるように祈りの間を立ち去った。


「巫女姫」
 寝台に突っ伏して、泣きたいような気持ちを持て余していた。外で扉を叩いているのは――沼だ。
「……」
 どうせ逃げられないなら、怒られていたほうがましなのかもしれない。
「なに」
 だけど、部屋の扉を出て沼の顔を見た時口をついて出たのは、言いなれた謝罪ではなかった。
「――」
 自分が、驚いた。
「巫女――神官が怒りをかったと言って、首をくくると」
「大袈裟ね」
 本当に――少し前と大違い。
「巫女」
「ねぇ沼」
「なんでしょう?」
「力があれば――巫女姫なんて誰でもいいのでしょう」
「……椎」
「それは言わないで」
「あなたはすっと、巫女姫です」
「いらないわ」
「椎」
「呼ばないでって言っているでしょ!?」
 ふいに引っ張られた。え? と気がついた時には沼に抱きしめられていた。
「沼! 放して!? 誰かに見られたら」
「しばらく、誰も来ません」
「そういう問題じゃない」
「椎」
「――」
 帰れば、籠の鳥。籠の中に戻せばまた鳴かないだろうと想像していた。
 けれど、すべてから一時、逃れた鳥の歌声が――耳に残っている。
「椎」
「――どうしたの、変よ」
「どうかしてます。あなたのせいです」
「どうして」
 なんで私のせい?
「あなたが――笑ったから」
「は?」
「笑ってください。ここでも」
「馬鹿なこと言わないで」
「……椎」
 囚われる――力が強い。
「それは言わないでって言っているでしょう!? 放して!!」
 力いっぱいたたき付けた。一瞬の隙間。
「神官には首はくくらないように。それと、明日から迎えは歴をよこして!!」
 扉を――閉じた。


「珍しいな」
「なにが」
「いや、沼があんなにあわてふためくのも――見物だったぞ」
「あっそう」
「聞きたくないのか? 書類はぶちまけるは、角に足をぶつけるは、夕飯の盆は取り落とすし」
「聞いてないから!!」
「そうか、で、何喧嘩したんだ?」
「うるさい!!」


「痴話喧嘩か?」
 そう言うと、長く同じ神殿で巫女姫の護衛兼教育係を共にしてきた同僚は飲み物を吹き出した。あぶねえ、かかりそうだった。
「歴、巫女姫はきちんと祈りの間に連れていったのだろうな」
「いや同僚を信じろよ〜で、なんかしたんか?」
「………何も」
「いやでも俺、二人が抱き合ってるの見ちまったし……おい、大丈夫か?」
 椅子から転げ落ちるなんて喜劇の主人公か?
「……そうか」
「ぁあ……これは?」
 この剣の切っ先は?
「いや、今どうやったらお前を目立たず葬り去れるか考えている」
「おいおいおいおい、マジでなんかしたんか? え? マジで抱き合ってたの!!?」
「……」
「いやまぁお前の態度からしてまさかねぇーとは思っていたけど……マジで?」
「うるさい」
 それも、椎の言葉と一緒だと言ったら、マジで身を切られそうだなと思った歴は、口を閉じた。


 数日間は顔を合わせずに過ごしたが……所詮巫女と教育係。一生顔を合わせないなど――無理だ。
「……巫女姫」
「なにか?」
「……い、いえ……では次の祈りの総指揮は沼殿でよろしいですか」
「いやです」
「……巫女姫……?」
「次の指揮は沼以外で、決まったら連絡して」
「みみみ巫女姫!!? 沼殿!? いったい」
「巫女姫がそう言うなら私は用なしですね。失礼」
「おいおい、頭二人いなくなってどうするんだよ」
「ぁあ丁度いい歴、お前に任せた」
「は!!?」
 そう言って消えた二人。残された面々。
「歴殿!!? いったいなんなのですか!? 今まで通り巫女姫の操作はお二人に任せ……」
 そこまで言って、その今までのやり方がどれほど巫女姫を馬鹿にしていたか思いあたった神官は口をつぐんだ。
「……まぁいんじゃねぇの? 巫女姫が、そう言うんだから」
「それは……通常そうですが」
「だから、沼も言ってただろう。俺に任せると」
「そうですね」
「つまり、巫女姫が沼ではないほかの人と言い。沼が俺に一任したんだ。ほかに何を迷う?」
 それでいいのか……? 神官達は不安を飲み込んだ。


 そして、数日後。
「どういう事!!?」
「どうと言われてもねぇ」
「………」
「いやいやいや!!? なんで剣に手をかけてんの!?」
「やっちゃって」
「巫女姫!? 死にますから!!」
「じゃぁどういう事なのよ」
「どうとは?」
「だから!! どうして沼がいるの!」
「次の祈りの教育を沼がする事になりました」
「私は、沼じゃいやって言ったの!」
「ぇえ。聞いてました。だから総指揮は俺です」
 ぐ、と、巫女姫が何かを飲み込んだ。
「だから、二人とも俺の指示に従うんですよね?」


 結局、沼から祈りの書の講義を受ける事になった。二人で。
 だけどそれは、思い起こしてみれば日常のひとこまで、いつもと変わらなかった。
 そう、いつも私は下を向いて――話を聞いていた。ほかにする事がないから、一所懸命話を聞いて、覚えた。
 それくらいしか出来なかった。だからせめて祈りの言葉の暗記くらいは――必死だった。それでもそれすらも覚えが悪いと陰口を叩かれていた。
 本当は祈りの言葉を覚える事は、何よりも嫌いだったのに。

 祈っても願っても恨んでも嫉んでも、結局、何かを変えるには自分が必要だった。
「……ねぇ沼」
 信じたのは、自分だった。
「……なんですか」
「もう覚えたから」
「……」
「だから舞いたい」
 信じられない神が私を選んだ事は、後悔してもしかたないから。


 それから、やっぱり歴の策略でずっと沼が祈り書を講義する事になっていた。
 どこかずれた歯車は、少しだけ、自分が望む方向に向かっていた。祈りの講義を終えて、ただひたすら教えを受けたのは――


「今日は祈りの日ですね」
「そうだな」
「結局、巫女姫と沼殿は和解されたのですか?」
「しらねぇ」
「歴殿!!」
「わからんが――まぁ祈りの日をぶち壊しにするような子供じゃねぇ事は確かだろ」
「そういう問題ではないのですよ」
「まぁまぁ」
 と、祈りの間に入ってきた巫女姫はいいつも通り白い巫女服で、静かに下を向いていた。あの瞳が志強く何かを求めた時、その縋り付いた先は――
 ざわりと、揺れた。
 一瞬、反応が遅れた。まさかそうでると、思わなかった。かつて一時、羽を伸ばした歌った、あの時と同じ微笑みを向けられて、心が揺れた。
 高い笛の音は空に導くように澄んでいて、心地好い。つたないからと言ったのは、誰だったのだろう?
 シャンと、腕の飾りが音を鳴らした。音が響き渡るように、広がっていく。それは、祈りの舞。
「――そうきたか」
 歴に目を向けた椎が笑った。

 笛の音にあわせて足を運ぶ、腕を振る、一番好きな振りと共に歌いだす。歴が驚いた顔をしている。
 ……知らない。

 巫女姫の舞の動きに合わせて炎が揺れる。大きく、小さく、動きはじめる。最初に気がついた時は何事かと驚いた。
 舞に合わせて踊る――炎のゆらぎ。空へ、地へ。暖と恐れを抱いて舞い上がる。
 その軽く人一人燃やしてしまいそうな火に囲まれて歌う――姿。
 ぁあ彼女は――炎の神の巫女姫なのだと、誰もが思う。 それは不可侵のものだと、認識する。

 彼女が舞終わった時、神官はみな平伏していた。
「――っどうしたの」
 声に、一斉にみながさらに頭を低くした。
「沼……歴?」
 説明を求めるように、名を呼んでくれる――
「巫女姫」
「どうしたの? 変よ」
 変なのかも知れない。彼女にしてみれば。
「申し訳ありません、本当は最初から、迎えるべきでした。炎の巫女姫」
「意味がわからないわよ!」
 そう言って――椎は、笑ったんだ。




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