闇の陰 陽の光

「ねぇ、見て?」
「なんだ?」
 思うほど、自分の声が柔らかいと感じる。おそらく、人々が見れば驚愕する事だろう。それでも。
「笑ったわ」
「………」
 ここまでくれば、もうわが子の一挙一動を見逃すまいと見つめる愛しい人が言う。
「そうだな」
 寝静まる子は、そんな母親がもう見えているのだろうか? 目を開ければ、漆黒の目が光り輝いてこちらを見つめるその視線。
 こちらが、光に照らされたように明るく。陽の日。
 それを言うなら、この人が城に来た時から、そのひだまりはやってきていたのかも知れない。
「柔らかい」
 同じくらい、やわらかい心を持った妻がそのほおをつつく。

 それは、まるで陽。

 ここには、もう闇しかないと思っていた。

「木蓮(もくれん)?」
 ふと、こちらを向いて声をかけられる。
「なんだ? 蓮華(れんげ)?」
「もう、黙ってないで」
「………お前がしゃべりすぎだ」
「……ひどいわ」
 口を歪めて、落胆する。そんなしぐさですら。
「きゃっ」
 引き寄せると、すっぽりと収まった。まるで、そこにあることが本来の姿のように。

「少し、休め」

 そう、無理をさせるなとも、するなとも釘を刺されている。多くの人から。俺を、なんだと思っているのか。

 抱きしめたまま、座り込んだ。木に背をあずけて、蓮華の体を反転させる。髪に口を寄せて、腕を前に回して。
 なすがままだった体の力が抜ける頃には、すやすやと寝息が聞こえた。

 木々が、ひとりでにゆれる。感じた風は、何を運んでくれるのだろうか。

「―――」
 と、そこまで考えて苦笑する。俺が、陽だまりの事を考えているなんて。木の葉が揺れるたびに太陽の日が遅れて差し込む。心地よい、春の日。日向と日陰で休む、か。

 乳母車に目を寄せれば、眠る双子の―――美しいこと。
 闇に住む自分に、相応(ふさわ)しいのだろうか?

 気付かず、眠る妻を敷布の敷かれた芝に横たえる。自分の体が、恐怖に震えていると、気がついていなかった。

 一歩、下がる。
 妻も、双子の子どもも置いて。

「どこに行くの?」

 突然、腕をつかまれた。つかんでいるのは、悲しみにくれた、あの顔。そんな顔を、させたいわけじゃない。
「俺は、相応しくない」
「そんなこと」
「その、子等にも」
「そんなことないわ」
 ぁあ、そんな言葉を、聞きたいわけじゃない。拒絶してほしい。そうすれば、あきらめきれるか?
「置いて行かないで、お願い」
「俺は、“闇”だ、陽(お前)に相応しくない」
 闇と光、陰と陽。
 一度は、引き裂かれた。あの時ほど、お前を愛おしく思ったことはない。

 穢(けが)してしまう。その光を、消してしまう。

 『奪わないで』と、世界に叫ばれたあの日。その世界誰に何を言われようと、そんなもの戯言だと言い切ったあの日は、もうはるか昔のようで。その頃の自分が憎らしい。

 手に入れたものは、眩しいくらいで。愛しくて、愛しいんだ、だからもう放さない。と誓ったのも覚えている。
 生まれた子どもも、なぜか真っ白で光輝いている。

 俺は、相応しくない。

 闇に生きるには、ただ憧れになるしかなかった。憧れを通り越してそれは憎しみに変わり――そして、奪った。
 なのに、いつのまに。その光に照らされてみたいと願うようになってしまったのか。その光に照らされるために、身を削って陽に行きたいと願っただろうか。

 それも終わり。

「―――もう、いい」
「………?」
「俺のことは忘れろ」
 そして、あの輝くままで。――いてほしい。
「勝手な事言わないで! わたしは、わたし、は――」
 感情が高ぶると、制御するよりもあふれるもののが多い蓮華。どれだけ、苦労したか。

 陽は、光に。闇は、陰に。

 泣き出した涙を止めてやる事ない。ただ、地に吸い込まれて、いつか乾く。そんなことを期待している。いつか、俺のことは忘れて、もっと、他の人を。

 また、一歩引く。
 それに気がついたらしく、飛び込んできた蓮華。
「行かないで!」
「………なぜだ? 俺は、お前を」
 この陰の世界に連れてきた。それこそ、泣いてもわめいても帰さなかった。

「私は、あなたと共に生きたいの! たとえこの身が、陰の闇に染まろうと!」
「っ駄目だ」
「なんで!」
「お前は、駄目だ」
 闇に染まってはいけいない。
「どうして!」
「頼む」
 俺のことは忘れてくれ。
「いやよ! ――あなたを、あなたを愛しているの! 一緒に生きたの!!」

 なんの事を言われているのか、理解できない。

 ただ、泣きじゃくるその背に腕を回していた。

「俺は、お前を闇に落としたくない」
「そんなの、今更だわ。私は、闇に落ちてでもあなたと生きたい」

 はっきりとした決意の目で、見つめられた。双子に受け継がれることなかった。蒼の目。

「俺は相応しくない」
「そんなの、自分に言い聞かせているだけでしょう?」
「………」
「私はあなたでないと嫌なの、もう、」
 言葉を遮って強く抱きしめた。まるで、折れてしまうかと思うぐらい力をこめても折れない。その心。
「俺で、いいのか?」
 声が震えていた。はっきりと。

「――怖いの?」
 伸びてきた手がほおに触れた。少しだけ、確かめるように間を空けたあと、蓮華はいった。

 “怖い”?

 怖いのかもしれない。

「はははっ」
 まさか、恐怖を感じることがあろうとは。闇の世界で最強を誇っておきながら。
 手を放して、ずるずると座り込んでしまった。頭を抑えて、一人震えて。

 ふわりと、包み込んでくれたのは、あの日陽から連れ去ってきた光の姫。
自分が陥(おちい)れて、穢して、帰さなかった少女。―――もう、女性だった。

「「愛してる」」

 重なった言葉に驚いたのは、ほかでもない自分。愛されることなど、ありえないと思った。愛しくても愛しいのを、悟られるわけにいかなかった。

 愛しくて、ただそれだけで。

 同じようにしゃがみ込んで抱きついてくる。服が汚れるのも厭(いと)わないように。

 しばらく、お互いの心音だけが聞こえていた。

 木々が再び、ざわめいた。
 はっとして離れようとするのを、強く抱きとめた。一瞬、驚いたように見上げてくる。
 そして、くすくすと、笑い声がもれた。
 陽だまりに、二人。誰か来ようものなら焼き払う。

 どちらからともなく、長い口付けが交わされる。端に漏れる声に、子供達が身じろいだ。

「そろそろ、淡紅(たんこう)と紫白(しはく)がおきるわ」
「二人とも、美しくなるだろう」
 そして、蓮華に似て陽の日のように。









お父さん子どもができて焦りました。しかも双子。
何が書きたいって“木蓮”と“蓮華”という名前でした。なんか、もっと軽い話にしたかったけども。
ってかなんかもう悟りだしたお二人さんで勝手に甘々生活してればいいじゃんみたいな話が、書きたかったんだけど?

あ、木蓮といえば白木蓮(紫もありますが)。蓮華といえばピンク。
ということで淡紅と紫白でした。

Free Will