神の愛人 1
 ひとつだけ、たった一つだけ言い訳をさせてもらえるなら。

 あの日は、疲れていた。

 だから、顔だけは好青年風の青年に『君が死ねば世界は救われると言われたら、君は死ぬかい?』と問われて、私は『ふざけないでよ。私が死んだ事も知らないでのうのうと世界が生きていくなら、滅んでしまえばいいわ』と答えた。

 そして、世界は一変した。



 神々が住むという天上界。目下、私の日々の生活の目的は、この無駄に広い宮の中を迷わずに歩く事。『無駄だよ』と言われているけど、悔しいからやだ。
 あの日私に問いかけてきたのはこの世界を作ったという創造神でまぁ神様と言う奴だった。
 地球は、神様の箱庭。人形の館だ。
 私だって昔、動物の人形の家をねだって買ってもらった。あれと同じ、らしい。
 気紛れで人間を作って、飽きたら放置。再び見て、勝手に増えていく人間に驚いたらしい。
 でも、楽しかったのは最初だけ。
 勝手に増えて勝手に死んで勝手に殺しあって。
 見かねた神様の臣下が、進言するらしい。『掃除しなさい』と。でもめんどくさいから、一度は水を流して平らにしてしまったらしい。
 そして、また一から。
 どんだけ暇人なのか呆れた。確かに暇なんだって、どういうことよ。
 でもまた同じ。だから。
 適当に種を蒔いて、増えすぎたら全部刈り取って。そんな事を繰り返していた。
 ある日、そろそろ掃除をしようと除いたら、まだそこまでじゃなかったので、遊びにいったらしい。
 違う事を思いついたから。
 勝手に死んでいくなら、最初から作らないほうがいいと思ったから。
 だから、問いかけた。
 娘は喜んで、『この身を捧げましょう』と言った。だから殺して、世界はそのまま。芽吹かせたまま。
 だから、若葉が愛でられる頃、また降りた。青年は言った、『ならば死など恐れはしない』世界の一部に慣れるなら。だから、殺した。
 緑が深くなった頃、老婆に問いかけた。老婆は、『もう老い先短いものよ。最後に役立てるなら』と言った。
 神様が思っているよりも、人は生きていきたいのだと知った。だから、しばらく様子を見ようと放置していた。
 見飽きて、見慣れて、いつもと変わらない箱庭が、少しだけ、輝いて見えた。
 そして緑が黄金に光る頃、彼は私に問いかけた。



 天上界の衣装は真っ白で、私に与えられた部屋も服も真っ白だった。
 目下、私は神様の宮に住んでいる。滅んだ世界では生きられないだろうと連れてこられた。
 かなり、場違いだ。
 なのに頭を下げられる。意味がわからない。問いかけても曖昧に笑って、神にお聞き下さいって、ちょっと!


 しばらくしてわかってきた。
 要するに、私は神の愛人なのだということを。



 今地球は氷河期に入ったらしい。そんな報告を神から聞く。楽しそうだ。
 私は、作り変えられたという肉体に残った食欲を満たすため、目の前のケーキに夢中だ。
 次はどうしようかなと思考をめぐらせる神に声をかけるものはいない。許されていない。
 しかし、私は違う。
「ねぇ」
「なんだ、足りないのか?」
「余ってるけど」




 時折、ふっと影が落ちる。
 そんな時は誰にも見つからないように走って、隅っことか端っことか影とかに隠れて泣く。
 だってそうでしょう? もう会えないの。
 確かに願った。願ったよ! でもあの地球には、私の両親も姉妹も友達も知り合いもいたの!
 なのに、死んでしまったの!
 どうしたらよかったの!? 私が死ねばよかったというの!!
 悲しくて泣く。声を殺す事などできない。ただ、悲しくて。


 誰にも見つからないようにいつも隠れているのに、泣いていると絶対に神がくる。そっといつも気配など感じさせないのに、この時だけは別だ。
 私にだって、わかることはある。
 この天上界の長がそんなに暇なわけはない。だって、いつもたくさんの……人? がうろうろしている。
 神に進言する人たちが数人。それから、いろいろ。すべてを放り出しているのか、わからない。
 だけど泣いていると抱きしめられるから、甘えてしまう。
 だって事実は、悲しすぎて。
 怒り任せに神を叩いた事もある。それもされるがまま。罵っても、静かに聞いている。
 大騒ぎをしてだだをこねる子供のようにいいたい放題言った。なのに、静かに聞いてくれる。
 だんだんエスカレートして、肩を叩いていた。
 気がつくと寝台の上で、あのまま疲れて寝たんだという事だけよくわかる。
 大騒ぎをした次の日は気を使われているのか、朝ごはんは一人で食堂にいる。
 本当に、なんなのだろう。
 なんだか、とても惨めだ。


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